第88話 「アゲナの目利き」
「何……………?」
アゲナの表情が一瞬凍り、無になった。
だがすぐにその反応は朧に霞んでいき、目を剥いて驚きを表した。
俺へと向けられた視線はまるで商品を見ていた時のような、鑑定しているようなものにも感じられた。
少し俺に対して好意的な態度ではなくなったような気がしたが、気のせいだったか。
そして少しの間を置くと、興奮して俺ににじり寄ってくる。
だがそこには此奴のなよなよした性格らしい、少し気後れした感じが残っている。
うん。これが普通の反応だな。
俺、有名人だもん。
「これはこれは…………!お会いできて光栄です!!!我らが英雄殿に、私の店にいらしてくださるなんて……これ以上ない誇りです!!!」
「ふふん♪苦しゅうないぞ♪」
「これは王国の英雄に相応しい品を見繕わねば……!私の腕によりをかけて商品選びをいたします!!!」
「ああ。フリチラリアの紹介だし、期待はしておこう。早速、品揃えを見せてほしい」
「かしこまりました。店内でどうぞ座っておくつろぎください。少々お待ちいただければ、王国でも選りすぐりの逸品を運んでまいります」
「頼んだ」
「お任せください。それでは一旦失礼いたします」
俺は気をよくして、ソファーに座る。
しかしフリチラリアがウインドウショッピングの誘いをしてくると、それに着いて様々な品々を見て楽しむ。
バリエーションに富んだ様々な商物が所狭しと並んでおり、顧客を飽きさせない。
目を引く物品を見るだけでも楽しく、ワクワクしてくる。
「――――――――こちら、最高級バッグとなっております。王国のファッション界にセンセーションを巻き起こした、最高峰のデザインはもちろんのこと。美と実用の調和した縫製から、耐久性・防水性に優れております。どのような用途、環境にも対応できる絶品です。装飾のオプションも数百種類の中から自由にお選び出来、同じバッグはこの世に2つとない代物です。王都にて他のバックを押しのけるように席巻しており、貴婦人方にも想像以上のご満足を頂けることかと存じます」
「はえ~~~すっごい」
「王国社交界でもずば抜けた評判を得ているヒールが、当商品です。お足元から存在感を引き立て、履くだけで姿勢制御まで難なくこなしてのけます。ご婦人方も一層麗しく演出されることでしょう。色合いの美しさは独創性に溢れた屈指のモノであり、なんでもさる公爵家の奥方が当時の品を買い占めて、市場に全く出回らなくなったという逸話があります。今尚とてつもなく根強い人気を博す、自信を持ってお勧めできる品でございます」
「へぇ~~~これが」
「贈答品としてはオーソドックスですがお求めになられる方が後を絶たないのが、王国の誇るブランドであるレザーベルトでございます。スタイリッシュな外観はもちろん。頑丈でありながら柔らかい肌触りと機能性もよく、肌身離さず着用できる品であることを保障いたします。ワンポイント際立ったファッションをすることで、貴族様の格を強調されることでしょう。アルタイル様のご家族へ、期待通りの喜びを必ず提供できるかと」
「いいな……なかなか」
丁稚と共に商品を携えたアゲナが、広いテーブルの上に次々と商品を並べる。
どんなもんかと品定めしてやろうかと思ったが、なんだかすごそうな口上だ。
精緻を極めた造形美。贅を尽くした華美なデザイン。上品な色合い。
素材の良さだけではない、技術の結晶である。
最高級との触れ込みは伊達ではないということだ。
隣の少女も物ひとつ言わずに呆けていて、それらを上気した顔で見ている。
女はこういうものが好きなのかもな。
だがそれも理解できる出来栄えだ。
「特にバッグは、尊き身分のご婦人方にも著しく人気の商品となっております。何分、伝統的技法を用いた品ですので職人が少なく、在庫はここにあるもので最後となってしまいますが……」
「決めた!思い切って全部買う!!!」
しばらく値踏みしていたが、磨き抜かれた品々だ。
身に着けるものはセンスが問われるが、これなら女性陣にも満足してもらえるだろう。
それに今ちょうど人数分と少しあるし、買わない手はないって。
一流に触れるってこういうことなんだな~こういうものに疎い俺でも初見で良品だとわかる。
これなら目が肥えて厳しく品評する大人勢も、気にいることだろう。
なんだかすごそうなものだし、期待を込めて家族がこれらの贈り物を受け取った時のことを想像する。
豪奢な贈り物の数々に目を奪われたノジシャやエーデルワイス、サルビアにステラ、ルッコラ、チューベローズが俺に感謝する。
そして俺のイケメンフェイスとイケメンハートに心を奪われ、ハーレム宣言を行いベッドインスタートフィーバータイムエクスタシーゴートゥーヘブンメイクベイビーマリッジゴール。
完璧な作戦に自分が恐ろしくなる。
恋愛マスターかよ。女落としアルタイル伝説の始まりか?
「ご購入を決定していただき、恐れ入ります。積書はこのようになっております。こちらには採寸のためにアルコル家の邸宅に伺う際のご費用も、すでに記載されております。ご確認の際にアルタイル様のご要望に沿わない物がございましたら、お申し付けください」
「ん~~~?こんなもんか。なら全部買うわ」
見積書を渡されて、ざっと目を通すが全然余裕をもって買えるものだ。
庶民の年収何て吹き飛ぶような金額だろうが、俺にとっては大したことはない。
父上からの小遣いに加え、商人から歓心を得たいがための付け届けも毎週のように来る。
例えるならば俺の財力は、そこそこの騎士爵の領地で出た収益をそのまま全部自由に使えるくらいある。
俺は無趣味もいいとこだし、金も使い道がないからな。
金が貯まりに貯まっている。
趣味と言うなら魔法関係の本とかは家で購入してくれるから、俺の財布は痛まないし。
何より遊ぶ友達がいないもん。
やべぇ……悲しくなってきた……
だってそもそも暇がないし、社交界でもなんかみんな俺を遠巻きにしてるんだもん。
アルコル領には俺と同い年の男が、奇跡のようにいないしさぁ。
一つ下のアルデバランとカレンデュラの年齢に固まってるんだよ。
だから俺とステラが乳兄弟なのである。
あと友人関係を無理やり当てはめるならばノジシャか。でも従姉弟なんだよな
つまり対等な友人がいない。
でもいいんだ。友達がいなくとも俺には女の子たちがいるし。悔しくなんてないし。
愛の絆があるから大丈夫だ。
愛があれば問題ない。
「こんなにご購入いただけるなんて……誠にありがとうございます!ここからさらにお値引きいたします」
「え?そ……そう………?いいの?」
「勿論でございます。強いて言うならば、他のお客様にはご内密にしていただければ。またサービスとして、送料は私共で持たせて頂きます」
「えへへ……あ……ありがと…」
「喜んでいただけましたら、何よりです。英雄に対するほんのお気持ちです。いつも私たちを守っていただき、感謝に絶えません」
「ふ……ふ~~~ん………?それなら……また来てやっても………いいけどなぁ………?」
俺は腕を組みながら、アゲナを横目でちらりとみる。
当初は気が進まない商談だったが、いざ始まってみると変わるものだ。
こいつの手腕もまぁ認めてやらないこともない。
俺への真心が伝わっただけではないぞ。本当だ。
「これ以上ないほど嬉しく思います!またのご来店をお待ちしております!」
「よかったですね!アルタイル様!アゲナさん!」
「結構よかったぞ。ここに来たことは正解だった。褒めてやる」
「光栄の至りです!王国の英雄アルタイル様にお褒め頂いたことは、一生の自慢話になります!!!」
「そうかなえへへ」
俺は思いもよらない成果に有頂天になる。
このアゲナという男も随分使える。
気に入ってやらないこともない。命拾いしたな?
俺は購入品をまとめている丁稚たちを眺め、フリチラリアと再び商品棚を見て回る。
フリチラリアがそこにあるブレスレットを気に入ったようで、黄色い声を出しているのを微笑ましく見る。
そしてあることを思いつくと、フリチラリアが俺を見ていない隙にアゲナへ一つ頼みごとをする。
彼は頷き、快諾した。
ある代物を懐に忍ばせ、店を後にした。
アゲナは気持ちのいい笑みを浮かべて、俺たちを自ら見送るために共に店を出る。
「お買い上げいただき、誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております!」
「うむ。失礼するぞ」
「アゲナさん!ありがとうございましたーーー!!!」
後ろ手に手を振るフリチラリア。
アゲナは控えめに手を振り、深々と頭を下げた。
俺たちが見える範囲からいなくなるまで、アゲナはしばらく店頭にて見送っていた。
俺は知る由もないことであったが、しばらくそこで黙して佇んでいた。
何を思っていたのかは、わかるはずもなく。
それでもずっとそのガラス玉のような眼孔で、何かを推し量るように一点へと無機質、無感動な視線を放っていた。
ずっと。
ずっと――――――――
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