第78話 「ネコミミ奴隷ちゃんだぁ……ぼくぅ……好きなんだぁ♡」
「――――――――あっ!いたいた!どうしたんですかアルタイル坊ちゃん?」
「世間……怖ぇ……」
「……?迷子になるから勝手に歩いちゃダメっすよ!楽しみなのはわかりますけど」
すんでのところで貞操ごと人生を食い潰されそうだった。
これはあまりにも美しいものの宿命なのか。
人間見た目だけじゃないな。
気持ち悪いがすべてを凌駕していたもん。
品性を保つことは美徳なのだ。
誰もが俺のようにあればいいのに、と思ってしまうのは傲慢か。
「はぁ……帰りたくなってきた……」
「何言ってるんですか!ほら見に行きましょうよ!獣人ですって!」
「獣人……?ケモミミ!?行くぞマックス!!!!!」
「あははチョロいっすね!」
俺の苦しみもわからないマックスの脇腹を殴り、まだ見ぬ獣人ちゃんのところにレッツゴー。
性欲は何よりも優先される。
よく覚えておけ。
「ふぉぉぉぉぉ…………!!!」
健康的な肉体。
すらりとした長い手足、肉付きのいいメリハリのある曲線美。
割合としては少ないが、王国の人間には見られない褐色の肌。
オタクを魅了してやまない、定番の尻尾。
極めつけに犬耳、猫耳。
異世界転生したら獣人奴隷そりゃ買うよ。
だって可愛いもん。
転生者を全肯定して健気に支えてくれる獣人奴隷がいるかいないかじゃ、精神の安定が違ってくるんだ。
自分が正しいことをしているという自尊心が、社会に疲れて荒んだ心を癒してくれるんだ……
みんな……わかってくれ……!
獣人奴隷にメイド服を着せるという、なれば?小説の義務を……!
ってちがうか(笑)
俗念を払わねば。
「めっちゃいるな!!!」
「獣人奴隷は定番ですからねー」
マックスは俺を見ずに生返事をする。
その表情はだらしない。
まぁ男同士気持ちはわかる。今回ばかりは目を瞑ってやろう。
俺は品定めをするために、一通り見て回ろうと歩き回る。
檻の中の獣人奴隷たちは無言でこちらを観察するものもいるが、ほとんどが項垂れているか蹲っている。
「どの子を買おうかなーーー!!!カワイ子ちゃんがいっぱいだねぇ!!!フヘヘ!!!」
どこを見てもケモミミ。
その筋の人たちによっては天国だな。
金さえあれば、こんな美女を侍らせられるんだもん。
あの変態の言葉を借りるわけではないが、いい時代だ。
そして建物の最奥にたどり着く。
段々とどんよりとした雰囲気が漂い始めていることに、ここにきて初めて気が付いた。
ほのかに香る異臭。
戦場でよく嗅いだ臭いだ。
死臭。
身なりのいい者たちが何人か、底意地の悪い顔である一点を見つめている。
視線の先には、暗がりの中で一人だけが入っている牢屋。
鉄格子の中で猫耳のついた獣人の少女が横たわっている。
年の頃は俺と同じぐらいだろう。
さっきから漂ってくるこの臭いは、この奴隷の負傷からするものだ。
荒く息をしていて今にも死にそうになっている。
人々が珍獣を観察するようなその様は、まるで見世物小屋だ。
彼らに含むものがないといえば嘘になるが、俺が彼らを咎める権利などはない。
どこの世界にもこういう者たちはいる。
だが俺はそれをどうしても止めたかった。
「おい、そこの。こいつは何だ?売り物なのか?」
「……えぇ。一応はそうでございます。しかしそいつはもう助かりませんよ。しぶとく生きあがいていますが……そんな怪我じゃ回復術師に見せても、莫大な金がかかります。どこぞの物好きが購入するならば少しばかり治療して、おもちゃにするくらいが関の山でしょう」
奴隷商の男を捕まえて事情を聴かせてもらう。
なんと悲観的な未来が待ち受けていることだろう。
へたな人間に買われるより、まだこの鳥籠の中で苦しんでいた方がマシなのかも。
憐れみを禁じ得ない。
褐色の肌は滑らかでシミ一つないが、脂汗を垂れ流し光の反射でぼんやり照り返している。
普段なら美しいであろうその髪は、肌にじっとりと張り付き潤いがない。
痛々しい傷口が対照的により目立ち、痛々しさを助長している。
小さな胸が激しく上下し、その苦しみを表す。
うわ、内臓がほとんどぐちゃぐちゃだ。本当によく生きてんな。
碌に手当もされず放置されたことで化膿し、負傷部が炎症を起こしている。
壊死している部分もあるだろう。
目を覆うほどの惨状だ。
このままでは命に係わる。
「………ハァ…………ハァ………………グッ……!……うぅ……」
大きなかわいらしい琥珀色の眼は、苦し気な雰囲気を湛えて潤んでおり、涙の乾いた跡が散見される。
体力の限界が近いのだろう。声も出ない様子だ。
何かを訴えかけるように、こちらを無言の視線で射貫く。
意識を保つことすら難しい重体であるはずなのに、執念の籠った目が俺を見据える。
「なんでまたこんな怪我で、こんなところに?」
「反乱奴隷ですよ。なんでも反乱組織にいる疑いがあるとかで……要は見せしめでございますす。こんなところにいる獣人はほとんどそうです」
奴隷商は極めて冷徹無慈悲に、この大怪我をしている獣人を見下ろす。
事もなげにこの少女の末路を口にした。
反乱への関与に対する見せしめとは言うが、迫害を受けているから反乱を起こすのだ。
無論、歴史の中で様々な事情があったのだろうが、今この時代ではその論理は主客逆転している。
だがほとんどの人間にとっては、そんなこと興味がないし思うこともないのだろう。
獣人たちの悲劇的な境遇は憐憫を誘う。
「アルタイル坊ちゃーーーん!!!言ったじゃないですか!俺も怒られたくな……………」
小走りで追いついてきたマックスは俺の視線の先に目を合わせると、先ほどの軽いノリは失せ無言になる。
俺の反応を窺っているのだろう。
身分社会において、主人の意向は絶対。
下手なことを言えば、首が飛ぶ。
こいつは身の程をわきまえる知恵があるから、アルコル家で今も首がつながっているのだ。
同時にこいつは俺がこの状況でどう動くかを品定めし、己のアルコル家での立ち回りを模索する材料にしようとしているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は決意を告げる。
同情からだけではない。
利益があるからだ。
「買うわ。代金は?」
「へっ?いやいやこんなの引き取って頂くのに、アルコル侯爵家の御曹司様から金を受け取っては奴隷商の名折れで御座います」
「そうか。さんきゅ。他にもいたらくれよ」
「ええ承知いたしました。しかし返品というのは私共としても……」
奴隷商は目を丸くして吃驚する。
無理もない。
だが俺がその意思がないことを告げると、商人らしくにこやかに豹変する。
抜け目のない交渉人の顔だ。
「やらないさ。だから頼むぜ。父上にもお前の働きは確かに伝えておこう」
「勿論ですとも!お引き取り頂き、ありがとうございます!」
満面の笑みで不良在庫をタダで処分でき、アルコル家の覚えもよくなったと喜ぶ奴隷商。
商魂たくましいものだ。
だがこの場における勝者は俺だ。
マックスを横目で見やると、親指を立てる。
俺はほくそ笑んでそれに答え、獣人の少女に近づく。
いい買い物をした。
内心笑いが止まらない。
父上にも褒めてもらえるだろう。
情報に疎いと損するものだと思いながら、俺は手をかざして詠唱をする。
膨大な魔力量から放たれる巨大な魔法陣が、牢屋を飲み込まんとばかりに広がる。
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