第7話 「魔法バレた」
今日も今日とて吐き気がする。
体内から排出されたのは、もちろん血だ。
口内に充満する血の味にすっかり馴染んだ俺。
「ゴホッゴホッ! …………暇だ~」
俺は毎度のごとく風邪をひいていた。
この意識が朦朧としている状態にも慣れたもの。
もちろん体は万全とは程遠いので、ろくに動かない。
そんな時はいつもこれ。
「『Sanatio』」
魔法陣が起動し、俺の体を癒す。
かれこれ今日は300回はやってるな。
この回復魔法にも慣れたものだ。
毎日欠かさずやってるから。
「――――――――――アルタイル? 調子はどう?」
「母上……大丈夫です」
この世界でどうやって魔法を覚えるのか知らんけどさ。
そのあたりも調べないとな。
あ~動きてぇ~~~
とか考えていると母が入室してくる。
体調を崩した際の定番で、俺の様子を見に来たのだろう。
「かわいそうに……」
彼女はベッドの傍に立ち、優しく俺の頭を撫で上げる。
いや~いいなぁ~
前世では俺が風邪をひいても、親は看病なんてしてくれなかったぞ。
むしろ寝込んでいるところを蹴飛ばされて踏みつけられて、より一層死にかけた。
今世では看病してくれるから、マジあったけぇわ。
「お医者様を呼んだからね。きっとすぐよくなるわ」
「ありがとうございます」
俺はもう簡単な言葉は話すようにしている。
チートで既に流暢に喋れるんだがな。
迂闊なことは控えるべきだろ常識的に考えて。
それにしてもサルビアとお話し楽しいぜ。
数少ない娯楽だよ。
「うっ…………!」
「母上……?」
「奥様! 御気分がすぐれないのですか!?」
乳母が血相を変えて母上に近寄る。
母は吐き気がするのか荒い息をして、背中を丸めている。
乳母が母上の背中をさすっていると、次第に血色が戻ってきた。
口ではそう言うものの、本当に大丈夫なのだろうか?
「大丈夫ですか母上……?」
「ええ……心配かけてごめんね。大丈夫よ」
おずおずと彼女の様子を見計らい、話しかける。
母上は息を整えながら、無理やりに作り笑顔をした。
額には汗が滲んでいる。
とても体調が良さそうに見えない。
「実はね……私のお腹にあなたの弟か妹がいるの!」
「本当ですか!? 弟か妹ができるんですか?」
「昨日わかったのよ」
マジか~!
そういうことね!
弟か妹が俺にもできるのか!
前世ではいなかったからな。
素直に楽しみだ。
「楽しみです!」
「ええ。楽しみに待っていてね」
母上も嬉しそうだ。
声が弾んでいる。
乳母もとても喜んでいる様子だ。
この二人はかなり仲いいんだよな~
でも妊娠中なら体を大切にしてもらわないと。
俺にかまわずゆっくり休んでもらおう。
「母上。ゆっくり休んでください」
「優しい子ね。ありがとう」
「大変な時は魔法で治してあげますから言ってください!」
「あら! それはいいわね小さな魔法使いさんにお任せしようかしら!」
「賢い坊ちゃまなら、すぐいろんな魔法を使えますわねぇ!」
母上と乳母は愉快そうに微笑んでいる。
バリバリ魔法使えるからね。
いざとなればステータスアップを回復魔法に優先してでも使おう。
母上に何かある方が目覚めが悪い。
あ~眠い。
子供のふりするのも疲れるぜ。
ボロを出す前にさっさと寝るに限るな。
母上にも休んでもらおう。
「母上おやすみなさい」
「ええ。よく寝るのよ」
睡魔は容易く幼児を夢の世界へ攫う。
俺はすぐ微睡の中に落ちていき……
「――――――――また風邪か。貧弱な」
「御義父様……!」
唸るような低い声と共に、部屋に大音を立てて男が足早に入ってきた。
彼の後ろには父上も遅れてついてきている。
その表情は厳しい。
御義父様と母上に呼ばれたこの筋骨隆々とした男は、俺の祖父である先代アルコル家当主アルファルドだ。
白髪を後ろに撫でつけ、より目立っている眉間には刻まれたように皺が寄っており。
威圧に満ちた厳めしい顔をしている。
ぎろりと俺に鋭い視線を向けると、俺は息ができないほどの圧迫感に晒される。
お……おっかねぇ……
俺は冷や汗をかきながら寝たふりを続ける。
無理無理まともに話せる気がしないもん。
「そんな出来損ないを生む胎なら、アルフェッカには他の女をあてがう。それが嫌ならもっと出来のいい子供を産ませろ」
お爺様は射殺すような目つきで俺を見下しながら、冷酷な声で父親にこともなげに話しかけた。
その話題はろくでもないものであったが。
うーわ……そういうこと言っちゃうの……?
母上は身を縮みこませて、今にも泣きそうだ。
乳母はお辞儀をしたまま顔を伏せ、恐ろしさからか微動だにしない。
「父上っ!!! ナターリエの前でいう事ではないでしょうっ!!! 妊娠もしています!!! 何より……! アルタイルは出来損ないなんかじゃあないっっっ!!!!!」
父上は額に青筋を立て、今にもお爺様に殴りかかりそうな剣幕で怒髪天を衝く勢いである。
そんな彼を人間味の薄い冷めた顔で見据えるお爺様は、ぴしゃりと告げる。
「貴様が家督を継がなければ、ナターリエが結婚相手でも儂が知ったことではなかった。だが弱い血が家に混じると我らだけではなく、領民まで危うくなることを自覚しろ」
「私が貴族の義務を果たしていないように言うことはっ!!! やめていただきたいっっっ!!!」
「ふん……ならばより多くの女を孕ませろ。度重なる戦乱で一体お前の兄弟が何人死んだか忘れたのか? どれだけの家が後継者がおらず断絶したと思っている」
「――――――――!!!!!」
「だから思慮が浅いといっているのだ馬鹿者が」
父上の顔が茹蛸のように紅潮する。
だが何も言い返さない。
言い返せないのだろうか。
戦乱で兄弟が死んだというのはキーワードだろうな。
この世界でもやはりというべきか戦争があるのだろう。
貴族である我が家から死者が多数出ていることから、かなりの被害を被っていることが予測される。
俺一人っ子みたいだしな~
父上が妾作って他にも子供いるのかもしれんが、聞いたこともない。
このラブラブっぷりだし……
そりゃ大河ドラマで見るような、お家存続問題とか気にするな。
俺死にかけだし尚更か。
「次に生まれる子次第では新たな縁談をまとめる。肝に銘じておけ」
最期にお爺様がそう告げるや否や部屋を出ていくと、張り詰めた部屋の空気が和らいでいく。
マジ凄まじかった……世の中もう少し俺のように落ち着くべきだよぉ……
母上はそれを見送ると俺の頭を撫で、苦しそうにしていた。
「ごめんね……怖かったよね? お母さんは絶対あなたを守るからね……」
「ナターリエ……! 私は君だけを……!」
「……あなた」
母上は父上の胸に呼び込む。
父上は妻の体を抱きしめ瞠目する。
彼女の体は震えていた。
夫である彼はきつくきつくその体を離さない。
「私……頑張るから。丈夫な赤ちゃんを産むから。だから……」
「何があっても君を守って見せる!!! 家を飛び出して君と逃げたあの時誓ったんだ!何を敵に回しても君を守ると!!!」
父上と母上は深い愛で結ばれているのだろう。
信頼関係があることが俺でもわかる。
だが時代環境がそれを許さないのだろう。
もし俺の弟か妹が、俺と同じように先天性の異常を持って生まれれば……
俺もいよいよ腹をくくるしかないだろうな。
脳裏によぎった予感が、的中しないように願った。
先代当主アルファルドが自身の執務室に戻ると。
乱雑に白髪を伸ばした、長身痩躯の顔を仮面で隠した妖しい男が部屋の隅に立っている。
しかしアルコル家先代当主である老貴族は意に介せず、怪しい男の横を通り過ぎ。
椅子に座り腕を組む。
「ジジイ。監視結果を報告する」
「用件を話せ」
怪しい男が極めて無礼な態度で話しているが、アルファルドは気にしていないようだ。
仮面の男はそのまま話続ける。
「坊ちゃんだが。やはり自分の意志で、自由自在に魔法を使えることが確認できた。一日に約数百回の回復魔法を使用している。そして先日の魔力計測の結果。王国史上類を見ないほど、極めて高い魔法の才能があることが推定できる。パネェな」
「…………」
白髪の男の用事は、アルタイルの魔法についての調査報告。
アルファルドは眉間にさらに深く皺を集め、考え込んでいるのか無言を貫く。
「いかがされるので?」
影に紛れていたから姿が闇と同化していたのか、アルファルドの後ろには老木のようなどこか陰気な老紳士が控えていた。
執事服を着ているところを見るに、アルファルドの執事だろうか。
彼がアルファルドに存念を問いただすと、ついに重い口を解き発言した。
「家督継承についてはひとまず置いておく。アルタイルの仕上がりによって裁可を下す」
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