第69話 「若獅子の胸中」
会議が終わり、レグルスは立ち上がると足早に退室する。
その傍らには気品のある青年貴族が、瀟洒に侍る。
二人とも見目麗しく上背があり、スタイルもよい。
令嬢たちが見れば、たちまち色めき立つことだろう。
「レグルス殿下、お疲れのことと存じ奉ります」
「あぁ。大事はない」
「結構なお点前で。宰相閣下を筆頭としたお歴々も殿下に感服なさっていて、実に喜ばしく存じます」
「奴等には羞恥心が欠如しているのかと疑うばかりだ。面の皮ばかり厚い」
「声が高うございます……」
「許せよアルブレヒト」
レグルス王子は労をねぎらうこの男を一瞥して言った。
眼前で繰り広げられた王国の未来を占うにしては陰湿な光景を苦々しく、されど表面に出さず眺めていたアルブレヒト。
彼はレグルスの視線に恭しく洗練された一礼をもって返し、言外に了承の意を申し出た。
颯爽と歩を進め、レグルスは自室にたどり着く。
格調高いマントを立てかけ、首元を緩めるとようやく肩の力が抜けたのか、粗野に音を立てて安楽椅子に腰かける。
その隣に直立した男に無言の視線をくれると、その意を受け取った男は話し始めた。
「獣人の反乱組織ですか……このような悲劇に無力を感じるばかりです」
「案ずるな。解決しようがない問題にも、解決策を練るのが王家の役目だ」
アルブレヒトは沈痛に語ると、眉尻を垂れた。
それを慰めるようにレグルスは毅然と己の内の覚悟を喧呼すると次第にその棘を隠し、気分転換にと話題を変える。
「最大の懸案だったアルコル家への褒美についての事項も、おおむねまとまった」
「臣の働きに対して恩賞を仕切ることは、殿下が一番の実力者であるという示しにもなりましょう。殿下のアルコル家への力添えを喧伝できたことは、王家の。そして殿下の度量に敬服したことでしょう」
アルブレヒトは穏やかな品格が漂う笑みで、スマートに先の会議を深みのある美声で評した。
レグルスからアルタイルへの後押しの周知。
そのアピールにより、レグルスを筆頭とした王家の器の広さと余裕が伝播されたといえよう。
情報は波及する。真実すら覆い隠して。
レグルスはそのイメージを己に定着させるべく虚実とりまぜて、利益を共有できる勢力に肩入れする。
「アルコル家は浮き駒だ。誰もが警戒し、その飛び出している頭をどうにか打ちつけて下げようと、躍起になっている」
「口さがない御仁は、耳を背けたくなるような罵詈雑言を並べ立てる有様で」
「嘆かわしい。目に余る」
「近年躍進著しいローゼンシュティール公爵ですら、昇竜の勢いであるアルコル家の影にすら届かない。他の御仁も尻尾の一つでも振れることができたなら、立身の目もあったでしょうに」
「力関係で対等になれないならば、その尻馬に乗って利用してやる。とすら考えることのできない、呆れた無定見だ」
「全くで」
ほとほと愛想が尽きたとばかりに、レグルスは空を見つめる。
アルブレヒトはやや力なく神妙に返答した。
「アルコル家は宮中へ手を伸ばす余裕がない。そこに俺が抱き込む余地がある」
「アルコル家前当主アルファルド殿はそれを見越して、ツア・ミューレン伯爵と縁談をまとめるようですが?」
「一つの家に宮中工作を依存することは避けたいはずだ。そこに付け入る隙がある。宮廷雀共が彼らに目を付けないのは、嬉しい誤算であるな」
「アルコル家への支援と、接触は私が勤めましょう」
「頼んだ」
「御意にございます」
レグルスは口の端を歪める。
対照的にその黄金の目は獰猛だ。
だがその獣性をすぐ押し込めると、この会議のことを踏まえてどのように動くか冷徹に計算する。
誰もが知るところであるアルコル侯爵家とツア・ミューレン伯爵の婚姻同盟。
その論理は単純で、お互いが持たないものを補い合う関係。
そこに自身が歓心を得て入り込むか、レグルスは構想を練る。
思考に入り浸るうちに表情を消すと、無言で佇むアルブレヒトへとバツの悪そうに声をかけた。
「フォイヒトヴァンガー侯爵には悪いことをした。お前をこの時分に借り受けるなど」
「殿下。お気になさらず。王都の情勢を把握できたことは渡りに船でした」
耽美かつ繊細なる仕草でアルブレヒトは礼をする。
衒いもなく謝辞を受け流し、品位のある佇まいだ。
涼しい顔で即刻スマートに受け答えたところを見ると、彼の聡明な頭脳が伺える。
凡人なら気取っている風になってしまうところを、滲み出る高貴なる風格が違和感を感じさせない。
「辞儀に及ばぬ。フォイヒトヴァンガーは戦が本分であろうに」
「お心遣い嬉しく思います」
「よせ。わかっている。業腹だがフォイヒトヴァンガーの軍権が俺の背後になければ、貴族共も俺の言葉など意にも介さない。所詮、妾腹の小僧とな」
「ヴォーヴェライト公爵ですか」
レグルスは最後に自虐を口にするが、その表情は獰猛だ。
腹に据えかねるものがあるのだろう。
アルブレヒトは最後の言葉は聞かなかった振りで答える。
レグルスの言葉が指す人物は、王国首脳部でも一際大勢力であるヴォーヴェライト公爵であろう。
彼の王子もヴォーヴェライト公爵のけむに巻くような巧妙な弁舌と、手練手管を弄した政治工作に辟易するものがあると見える。
「そう。ヴォーヴェライトだ。奴め余計なことを。慎みがない。シファー宰相への抑えとして内務大臣を担い、そうあるべく振舞っているのはわかるがな」
「斯様な事をおっしゃるとは……率爾ながら、奔放なお方です」
「立場を笠に着た、親切ごかしの鼻持ちならない貴族の鏡だ。一つ悪びれでもすれば、俺も少しは赤心を吐露する気になれるのだがな」
「なんともはや…ですね」
「是非もない」
心にもない仮定を冗談めかして口にするレグルスは、無表情で肘掛けに頬杖をつく。
貴族社会の頂点に最も近いといえる国王の息子ですら、貴族外交に胸を苛まれ深い疲れが浮き出ている。
「宰相も王家には一定の距離を保っている。奴の忠誠はシファー公爵家による支配を保障する王国にあるのだ。進んで俺を擁立する気などない。煮ても焼いても食えない、性悪の古狐ばかりよ」
「もしそうなれば噴飯物ですね」
「俺も臍で茶を沸かせる」
芝居がかった互いの冗句が余程に滑稽だったのか、レグルスが大げさに肩をすくめると二人は満面の笑みで破顔した。
この両者はあけすけに本心をさらけ出している。
遠慮会釈のない関係なのだろう。
立場の差はあれど信頼と友愛が確かに存在していることが、二人の態度から手に取るようにわかる。
一通り笑いしきると、空気が一変する。
レグルスは獅子がそうするように、敵を狩り出す際の重圧を放つ。
「だが王国、ひいては陛下に仇成す、愚劣なる振る舞いをする思い上がりがいるならば――――――」
ギラついた黄金の眼光が鋭く光る。
王国を守護するという言葉にあるのは果たして真意か、それとも――――――――
「―――――――このレグルス、容赦はせん」
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