第67話 「王国会議」
王都において最も豪華絢爛なる石造りの宮殿。
その一室において、法衣貴族の頂点に位置する王国首脳部、出席する余裕のあった有力な領地貴族。
そして教会から召喚された聖職者が一堂に会していた。
そのすべてが難しい表情で黙考するか、険しい眼差しで手元の資料を見つめている。
豪華絢爛な会議室も、殺風景に見えるまでに殺伐としている。
誰もが一言も喋らず、それぞれの出方を窺っている。
ここで俎上に上るのは王国魔導院長オーフェルヴェーク侯爵の齎した、王国指定禁制品である『狂気の魔導具』事件について。
王国宰相であるシファー公爵と、マントを流麗に靡かせた金髪の貴公子が入室すると、その場にいる全ての人々が立礼する。
「由々しき事態だ」
重々しく会議を開始した宰相を皮切りに、他の貴族たちがひしめくように各々の主張の口火を切っていく。
「おい誰が責任を取るんだ!!!あのような危険物を、個人の一存だけで容易に持ち出せるなど!管理体制はどうなっているのだ!?」
「このような事態に陥った説明をしろ!!!関係各所全てが王国に仇をなしたも同義だ!」
まず重鎮たちが目を剥きながら、舌鋒鋭く捲くし立てる。
激憤冷めやらぬ様子で、強硬姿勢を崩さない。
それも当然だろう。
オーフェルヴェーク侯爵の背信行為は寝耳に水であり、『狂気の魔導具』の存在すら知らなかったものがほとんどだ。
自らが関知していない水面下で、自分たちの命を脅かすようなことが起こっていた。
このような不祥事は、いくら王家でも許されない。
彼らは王国を思っての事だと嘯く裏で、言外に自らの安泰を確保するべく情報開示や、責任者の処罰などを要求した。
無論、再発防止を王家と協力することは前提ではあるのだが。
「そうですね。私の与り知るところではありませんが、こうなっては誰かが責任を取らなければなりませんね。そして教会監督官さんは……不幸な部分はあるにしろ、もう少し注意してしかる部分がありましたよね?」
「えっ?わたし……」
何食わぬ顔で薄い色のプラチナブロンドの男が底意地悪く落ち度を指摘し、同席する聖職者へ責任を擦り付けようとする。
場違いなほどにこやかに、冷や水を浴びせかけた。
普通の神経とは思えない。
その場にいるものすべての、人を人とは思わないような冷徹な視線が集まる。
誰もが助けの手を差し伸べない。
哀れなほど混乱している彼が、教会から召喚されたのはこのためだ。
そう。生贄とするために。
教会監督官である法衣を纏った男は、動揺からか何度も瞳が揺れる。
答えに窮し、煮え切らない細切れの単語を口にするばかりで話は要領を得ていない。
「ところでこの場合、監視者として統制を取れなかった教会。対して件の魔導具の使用許可章の承認手続きにおける杓子定規な対応の結果が、オーフェルヴェーク侯爵の乱心を招いたと後付けで判断される王国魔導院とその関係部署。果たしてこのどちらに不始末の責任の所在があるのでしょうね?」
「ヴォーヴェライト内務大臣……」
ヴォーヴェライト内務大臣と呼ばれたこの男は、静かだが有無を言わさぬ剣幕で教会監視員の所業を追求する。
表面上は丁寧に紳士的であるものの、品性を疑うまでに嫌味たらしく慇懃無礼な口調であり、その面魂を見なくとも性根が伺える。
教会と他貴族のどちらを追い落とすことが利益であるのか、冷徹に値踏みするように視線を辺りに投げかける。
彼は大臣という職務を担うが、この国の4大公爵家の一つ。
王国でも最大級である領地を持つ、ヴォーヴェライト公爵家の当主でもある。
王国内の政治力学により、聊か異例ではあるが現在は内務大臣という王国首脳部でも中枢と言える役職を得ている。
であるからして必ずしも他の法衣貴族と、その利害は一致しない。
王国内務大臣であるヴォーヴェライト公爵から、その矛先を向けられたのであろう者たちは戦々恐々をする。
それぞれの思惑が錯綜する足並みがそろわない状態に、ヴォーヴェライト公爵は埋伏の毒を仕掛けた。
彼らは話の向きが危ういと判断したのか、話題転換をするように目配せし合う。
「諸侯にもこの事件で相当な貸しをつくり、王国の管理体制に疑問を抱かせることになってしまった。今のところは関係者のみに情報開示は限定しているが……」
「漏れ出た醜聞に 今更蓋をした所で……」
「王国魔導院長も捕縛したと報告が来たのは僥倖だが……後任はどうするのだ……誰がオーフェルヴェークの息がかかっているかなぞ、わからんのだぞ」
「何人この件で更迭することになるやら……この非常時に……」
誰もが対応に苦心する。
人事とは繊細な問題であり、策謀飛び交う官僚機構においても綿密な話し合いの下で取り決められる。
各貴族への利害関係の配慮をしなければならないのだ。
それは新たに登用する官僚がいる度に行われる、とても労力と時間がいる行為である。
自分たちの息のかかった者をどうにかこうにか送り込もうと、根回しの算段をつけようと貴族たちは狡猾に画策する。
そこに加えて今は戦時中である。
今回の事件は誰もが、まるで背後から味方に刺されたようなものだ。
それにより相互不信が助長される。
諸侯が協力して事に当たらなければ、内外の諸問題で崩壊するかもしれないのに。
「私たちは王国官僚で、高位貴族だ。言うまでもなく理解している。だがそうではない理解しない、納得しない連中に何と説明するかという話だ」
「下へ納得するであろう理由をつくれということか……」
貴族たちは考え込む。
此度の一件により、悩みの種は尽きることはない。
沈黙が降りる。
この会議で誰もが納得する答えが出ないと、理解しているからか。
紛叫して黄金より貴重な時間が浪費される未来を、幻視したからか。
「それにアルコル家へどのような報酬をくれてやるかだ。もはや勲章で誤魔化せる範囲を超えているぞ」
「これ以上のアルコル家の勢力の伸長は、王国のパワーバランスの崩壊を招く!」
「王国に送られてきた、魔将と推測されるトロルの上位種の死骸を見たであろう?教会や各国の代表すら絶句した、あの化物を殺せるだけの力を持っているのだぞ?王国魔導院長すら下したのだ。あのような幼子が……措置を講じるにも、それだけは念頭に置かねばなるまい」
「再生魔法を使用したという報告は誠か?勇者伝説において聖女が使用したものと同じなら、様々な利用価値があるが。それに教会がどうでるのか……坊主共に取り込まれる前に、内々で対処するべきでは?」
「ましてやアルコル家にそのような怪物が生まれてしまったことが頭痛の種となる。よりにもよってあのような軍事力、それに加え当主の個人的才覚により経済力と外交力に長けた大諸侯の一族にだ。しかし冷遇すれば、国境地帯の領主に不信を煽ることになりかねない」
「ユーバシャール公爵家など王国騎士団の援軍があってですら、防衛に精一杯なのだぞ……」
一人また一人と、アルタイルの脅威を悄然と訴える。
彼らは無能ではない。
誰もが国家存亡の危機に瀕していることを理解している。
諸侯からの悲鳴のような救援要請が、次々と舞い込んできているのだ。
王国は切迫した彼らに王国麾下最高戦力である王国騎士団や、金銭支出などの惜しみなく援助をしている。
彼らが敗北を喫すれば、次は我が身だと先祖代々から骨身にこたえるほど言い聞かされているからだ。
この世界では誰もが魔物に敗北すれば文字通り絶滅させられることを歴史から、兵役明けの元兵士から学んでいる。
だからこそ独力で魔将からの防衛を果たしたアルコル家に、脅威を感じているのだ。
有史以来、魔将を倒した者たちは総じて英雄譚にて今も尚、その業績を語り継がれている。
アルタイル・アルコルとは王国史に燦然と輝く生ける伝説だ。
王国を代表する不世出の英雄となったアルタイルは、人類の希望であるのと同時に、既存権力を揺るがす魔王でもある。
彼らはアルコル家がその武力を利用して、王国内で横暴を行う可能性を憂慮している。
アルタイルがその隔絶した暴力をもって、宮中へと手を伸ばし専横を図ることを危惧している。
無論それはある程度は杞憂であるのだが、だれもが他人の心中などわからない。
自分の領地、地位の安全保障を脅かされないために、王国のためにという大義を借りてまで、アルコル家の有利となる事柄を形骸化させるべく策謀を練る。
利己的行動も甚だしいが、魑魅魍魎の跋扈する貴族社会を生き抜くには、自らも欺瞞と虚飾に身を彩らねばならないのである。
公益と私益の間でどこに折り合いをつけるか考えながら、貴族たちは眉の皺を濃くした。
国家奉仕という建前の中で、どうすれば我田引水を図ることができるか思案する。
厭味ったらしく老貴族が、ヴォーヴェライト公爵へと詰問する。
以前、アルタイルへの勲章式を取りまとめた男だ。
「ヴォーヴェライト公爵はどのようにお考えになっておられるのか?」
「私ですか?それでは僭越ながら、私見を述べさせていただきますが……そもそも事態は私の手にほとんどないですから、アルコル家への報償に関しても関与できることはないと思いますよ」
「……っの!減らず口を……!!!」
「典礼大臣。内務大臣。双方、言を慎むことだ」
典礼大臣である老貴族は、顰め面をさらに歪めて不快感を露わにする。
彼は脅しを秘めて睨むが、ヴォーヴェライト公爵は素知らぬ素振りで飄々と躱し、一顧だにしない。
上辺だけ取り繕ったヴォーヴェライト公爵だが、周囲をはばからない尊大さが透けて見え、明らかに礼を失している。
何を考えて先ほどのような台詞を口にしたのかは伺い知れないが、感情を悟らせない仮面のような笑顔から何も読み取ることはできない。
王国宰相シファー公爵が両者に威迫をもって凄むが、視線はヴォーヴェライト公爵に固定されている。
その臆面のない人を食ったような言い方が鼻につくのか、横目で話を聞いていた貴族たちの間にも一種即発の亀裂がはしる。
腫れ物に触りたくないといった風に、彼らから目を逸らす。
そこに一刀両断するが如く、清涼な美声が響き渡った。
生まれついて持った品格と威厳を秘めた声に、だれもが耳を傾ける。
「――――――よいではないか。適切な褒美をくれてやればいい」
「レグルス殿下!」
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