第59話 「魔術戦」
王国魔導院長オーフェルヴェーク侯爵。
彼は巨大ゴーレムを操り、ヤン達へと激しい攻撃を次々へと食らわせる。
そこに本人が操る多彩な魔法が加わるのだから、たまったものではない。
「『terra』『terra』『ignis』『ignis』『ventus』」
ドォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!
バキバキバキバキバキッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
オーフェルヴェーク侯爵の多彩な魔法によって、相手は一人であるはずなのに大攻勢にアルコル軍は曝される。
彼はまず自分の周りに土魔法で防壁を形成して、自身を二重に囲う。
その陣地内から、魔法を次々に放っていく。
そこにゴーレムの激しい攻撃が次々に繰り出されるのだ。
攻撃が休まらず、俺たちは対応しきれなくなる。
火魔法の中に、時折見えない風魔法を忍ばせていることが厄介だ。
兵士たちが着々と斬り割かれて、一人また一人と戦闘不能になっていく。
「「「「「『『『『『terra』』』』』!!!!!」」」」」
ズガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
俺たちはそれを必死に防ごうとする。
アルコル軍の魔法兵たちが、一斉に土壁を全方向へ隈なく出現させる。
地形は土魔法で、あるいは攻撃魔法の余波で歪み、見る影もない有様だ。
俺は先程の反省を踏まえ、ゴーレムへと標的を定める。
オーフェルヴェーク侯爵には先ほどのように、俺の最大魔法を防がれるかもしれない。
だがゴーレムは俺が担当し、ヤン達がオーフェルヴェーク侯爵と相手を取り換えればいけるかもしれない。
「『Torrent cataracta』!!!!!」
空間を一閃する高水圧からでた衝撃波が、周囲に風圧を放つ。
ゴーレムはその胴を吹き飛ばされ、残骸へと変わる。
その攻撃に潜ませた意図は、もう一つある。
俺は集中を極限まで高め、自分でも制御しきれないほどの威力の魔法を、無理やり王国魔導院長へと捻じ曲げる。
それはオーフェルヴェーク侯爵へと、奇跡的に向けることができた。
――――――やったか?
「――――――『scopulus』!」
キィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!
その刹那、オーフェルヴェーク侯爵は目を見開いて、心なしか早口で魔法を詠唱する、
巨大な分厚い岩壁が、俺たちとオーフェルヴェーク侯爵を分断する。
大岩で阻まれ、その姿が見えなくなる。
その岩は金属のように固く、俺の魔法と衝突する。
けたたましい掘削音を奏でながら四方八方へと、とてつもない速度で金属片をまき散らす。
アルコル軍のみんなは、魔法でそれを防ぐのに精一杯だ。
土壁が小さな破片にすら砕かれそうな暴威が、辺り一面に振りまかれる。
「『figura』」
オーフェルヴェーク侯爵は無惨な状態の岩盤の残りから、瞬時にゴーレムを創造する。
それは今までの物よりもメタリックな色で、ずっと強力そうだ。
そのフォルムもシャープで、なおかつ機敏に動きそうなものへと変化している。
痛撃を与えられたかと思っていたら、俺の攻撃が元となり、より強い札を切られた。
鮮やかな魔法のコンボに、敵ながら敬意すら覚える。
魔法一つ一つに意図があり、それが組み合わさって一つの楽譜のように戦術となっている。
「『Torrent cat――――――」
「『nebula』――――――そこまで魔力操作にたけた人間は、王国史でもそうはいないだろう。末恐ろしいものだ」
俺がゴーレムへと魔法を放とうとした瞬間に、水蒸気が噴出されて。
たちまち辺りへと霧が立ち込める。
クソッ! 相手より出遅れた!
上位魔法は発動がどうしても遅くなってしまう。
当たったか…………?
ズバッズバッズバッズバッズバッズバッッッッッッ!!!!!!!!!!
グチャグチャグチャグチャグチャグチャッッッッッ!!!!!!!!!
「――――――ぐあっっっっっ!?!?!?」
「どこだ!? どこから攻撃を受けている!?」
「クソッ! 何も見えん!!! 同士討ちはするな! 風魔法で霧を晴らせ!!!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ俺の足がぁぁぁぁぁっっっっっ!?!?!?!?!?!?」
甲高い駆動音と共に何かが切り刻まれる音が霧の中から聞こえてくる。
程なくして兵士たちの悲鳴と、焦燥に満ちた金切り声が響く。
あのゴーレムは予想に違わず、猛威を振るっているようだ。
気配察知で何となく状況は把握できるが、打開策がない。
俺の魔法は着弾せず、オーフェルヴェーク侯爵の防護壁を一部壊すだけのものとしかならなかった。
まずい……
どうすればいい……?
俺はこんな戦況を打開する魔法も策も、何も持ち合わせていない。
思考が先の見えない迷宮に入っていく。
焦燥が混乱を、混乱が焦燥を助長し、ついに考えが行き詰る。
「水魔法が得意なようだが、水魔法自体が発動スピードが遅い。魔法の運用についてはまだまだ粗削りで、研鑽が足りないようだ」
「『Procella』!!! お前ら! 壁をつくりながら後退しろ! 戦場から退却して部隊を再編成してからこい!!! 邪魔だ!!!」
オーフェルヴェーク侯爵は無感動に。
そして人の神経をわざと逆撫でしているのかと疑いたくなる語調で喋っているが、無視する。
ヤンの怒鳴り声が聞こえると、暴風が空中に出現して霧が吹き飛ばされていく。
そこには無惨な血生臭い修羅場が現出していた。
足を失いながら呻く兵士を、上官である騎士が怒鳴りながら引きずっていく。
いい年をした大人が泣きじゃくりながら、素早く動くゴーレムに向けて土魔法を狂ったように乱れ撃ちする。
イザル殿たちが呆然として、そのほとんどが立ち竦んでいる。
何人かは霧を吹き飛ばしたり、土壁を作ったりしているが。
まるで戦場に適応できていない。
俺はその無様な姿に怒りがこみ上げる。
アルコル軍はみんなが組織的に退却しているのに、自分たちの身に危険が及んでいるのに。
何だそのザマは?
「『terra』『terra』『terra』 イザル殿っっっ!!! 『terra』 何をやっているんですか!!!『terra』 早く兵士たちを連れて退却してくださいっっっ!!!!!」
「――――――は? …………りょ……了解したっ!」
俺の掠れた怒鳴り声にはっとした様に、イザル殿は慌てて転げるように一時撤退していく。
現状、彼らの戦力は見込めないとみてよいだろう。
後方で兵力を再編成したら落ち着いてくれるといいが、そんなものは希望的観測に過ぎる。
「父上…………父上!?!?!? なぜこんなことを……!? あなたはこのような愚行を犯す人ではなかったはずだ!!! 何故王国を裏切ったのですか……! 僕たちを何故見捨てたのですか!? 答えてください……!父上!!!!!」
「イザル様……! 早くお逃げ下さい……!」
俺の背後まで後退したイザル殿は振り返り。
自身の父親であるオーフェルヴェーク侯爵へと、その真意を問う。
返事はない。
供回りの者たちがイザル殿を引きずって連れていく。
彼らが退くまで、俺は土魔法で援護する。
ヤンがゴーレムを抑えてくれている。
一方でオーフェルヴェーク侯爵から飛んで来る魔法に対処することに、俺は余力を失っていた。
そして兵士たちが退却完了して、ようやく余裕ができた。
俺は最強魔法を放つ。
「ヤン! 少しだけ足止めしろ!!!」
「あいよぉっっっ!!!」
「――――――『Torrent cataracta』!!!!!」
土壁のいくつかを巻き込んで、ゴーレムへとレーザーの如き水流がぶつかる。
ゴーレムは吹き飛び、オーフェルヴェーク侯爵を守護する岩壁を完全に破壊する。
「『figura』――――――戦闘において、強大な魔法を行使できることは少ない。高位魔法というのは、まぎれもなく強大な力を持つ。しかし影響範囲が大きすぎる、発動までに時間がかかる、魔力の残量に余裕の問題。また戦場で射線上に仲間がおらず、また高位魔法を発動可能な隙があることも必須である」
ゴーレムを再度つくり出すと、ヤンへと向かわせる。
そして俺に向けて、ありがたい講釈を垂れ流してくれる。
「『ventus』『ignis』 実践における魔法の使用の最適解とは、いかに最適な威力を最適な所へ行使できるかに帰結する。最も肝要なのは、魔法を操る魔法使い自身の判断力なのだ」
「ぐっ……!」
「『terra』!!! 『terra』!!! …………『Torrent cataracta』!!!」
ヤンへと迫る不可視の風魔法を防ぐために、ヤンを土壁で囲む。
そして防いだことを確認すると、俺は土壁を破壊するゴーレムを破壊するために攻撃を仕掛けた。
ヤンはオーフェルヴェーク侯爵に近づくことさえできない。
距離が遠すぎるし、前衛が足りなすぎる。
俺の魔法の手数も足りない。発動スピードもだ。
回転速度の速い風魔法に、完全に手玉に取られている。
「『ventus』『ignis』『ventus』 君は筋がいい。今すぐ王国魔導院へ推薦したいほどに有望だ。だが――――――」
「『terra』! 『terra』!」
ゴーレムを破壊した瞬間、オーフェルヴェーク侯爵は並行で3重魔法を起動する。
放った火魔法に風魔法をぶつけて炸裂させた。
火が散弾銃のように飛び散り、ヤンへと降り注ぐ。
全部基本的な魔法。
だが効果範囲が広すぎる。
俺はヤンを守りきるために、二重に土魔法で防護させる。
「――――――人を殺すのに大仰な魔法はいらない。覚えておきたまえ」
ヤンに魔法で守り切って、安心した直後。
風魔法の無色の風を忍び込ませて、オーフェルヴェーク侯爵は攻め立ててきた。
それは予想していなかった俺の背後から。
気配察知のスキルが、俺に迫り来る危険を理解させた。
魔法の曲射だ。
自分がいよいよそれを使われる時になって、その危険性がようやく真に理解できた。
俺は背後から迫り来る無色透明の刃へと振り向き、そして――――――




