第57話 「イザルの嘆願」
やっべぇ……つい調子に乗って、20ポイントも気配察知に振ってしまった。
今まで大事に貯めておいた予備の分も、後先考えずに勢いでやっちゃった……
だって自分の感知範囲が広がっていくの楽しかったんだもん……
いろんな情報がわかるようになったしさぁ……
オート発動だし、動作にも敏感になるし、直感的にいろいろわかるんだ。
そりゃポイントを振る必要があるだけあって、火魔法の温度感知魔法とるよりも効率いいよ……
ふえぇ……時間様ぁ戻ってぇ……
可愛い俺が謝るから、元に戻してくださいぃ……
でも部隊全員の状況がすぐ把握できるくらいになったから、よかったよね……?
うん。俺は仲間の安全のために、自分の成長を犠牲にした正義漢なんだから、何も問題はないはず。
みんなの安全が……何より大切なんだ!!!!!
バンッッッ!!!!!!!!!!
……んお?
なんか近づいてくるな?
大きさや装備からして十数人程度の人か?
ヤン達の中にも気が付いた者がいるようだ。
やっぱ本職はわかるんだなー
気配察知も正しい情報を俺にもたらしてくれるようでよかった。
「――――――報告―――!!!!! 王国騎士団の印章を身に着けた騎士の一団が、こちらへ近づいてきます!!!」
「そうか。アルタイル様。私が赴きます。お待ちください」
「おう。頼む」
騎士の一人が部下を引き連れて隊列を外れていき、応対にしに行く。
王国騎士団の援軍とやらか?
本隊じゃないみたいだが。
でも吉報だ。
王国騎士団に任せておきたいが、狂気の魔導具は俺が回収したいし。
少しでも俺の盾が増えればいいし、どさくさに紛れてアイテムボックスに回収すればいい。
俺の仲間であるアルコル軍の他に、少数囮にできる奴らがいるのは一番の好都合だ。
戦ってるときにいい感じに水魔法で霧を出して、気配察知で周囲警戒からのアイテムボックス収納で余裕ですね。
土魔法で箱でも作れば、手で触れなくてもいい。
うん完璧だな。
この作戦でいいか。
「――――――!?」
「――――――!」
挨拶が終わったようだが、なんか不穏なんですけど?
対応している騎士たちの周りが騒然としている。
一触即発といった空気、臨戦状態特有の肌がチリつく感じがする。
なんか変な報告でもされたのか?
ラノベだと馬鹿貴族がしゃしゃり出てきたり、指揮権で揉めるのがセオリーだよな。
そんなんクッソめんどくさそう。ダリぃ~~~
ヤンは何も言わず、事の推移を見つめている。
そしてついに騎士が張り詰めた表情で戻ってきた。
こいつじゃ対応できない案件か? 勘弁してくれ……
俺は騎士が口を開くのを待つと、騎士が言葉を選びつつ報告を行った。
「――――――王国騎士団の先遣隊として、王国魔導院長の長子であるイザル・オーフェルヴェーク様がいらっしゃりました。アルタイル様の麾下に加わり、捜索に協力したいとのことです……」
「これは………………どうしたもんかね…………」
ヤンが辟易と空を見上げる。
俺も頬が引き攣る。
おいおい。そんなん無理だろ……
犯人の息子を捜査に加えるとか、証拠隠滅疑われるに決まってんじゃん。
大体なんでそんなの先遣隊として送ったんだよ……
この期に及んで、俺の足引っ張りに来やがったかクソ貴族共?
裏切者でないにしても、何を協力させろってんだ?
やらせていいことなんて、そんなないだろ。
援軍来たと思ったら、始末に負えない足手纏い以下の人たちだったよ。
幻滅も極まりない。
これもう丁重にお帰り頂くしかなくね?
「アルタイル様……私は反対です。あの者たちを信用できませぬ」
対応してくれた騎士が、無言でいた俺にポツリと意見を表明する。
その表情は硬い。
それに呼応して周りの騎士や兵士たちまで、声を張り上げていく。
彼らもこの顛末には、腹に据えかねるものがあるようだ。
援軍に期待してたところを、手酷い裏切りにあったからな。
「然り!!! 御身にもし何かあってはアルコル家、死んだ戦友、先祖たちに顔向けできませぬ!!!」
「そうだそうだ!!!」
「冷静にかの者たちの運用を考えても、デメリットの方が大きいかと。裏切りに備えなければならない分、アルコル軍の兵力を割いて備えざるを得ない以上。差し引き損になるでしょう」
「だーよなぁ……」
うん正論。
なんて言ってお帰り願おうか。
一応相手は王国騎士団の代表でもある。
俺が対応するしかねぇよなぁ……
「――――――アルコル卿!!!!!」
俺たちの話が一つにまとまりを見せようとしたその時、それを遮るように大声が聞こえた。
アルコル卿ってのは俺のことな。
俺ってば騎士だから。美少年騎士。
声のする方を見ると、必死の形相で少年が叫んでいる。
非常に疲れ切った顔だ。
親が国に背いたという事もあるのだろうが、急いでここまでやってきたのだろう。
馬も舌をだらりと垂らして、滝のような汗を流している。
俺が視線を向けたことに気づくと、彼らは膝をついて首を垂れた。
あぁ……思い出した。
いつぞやのパーティで会った、美少女かと思ったら男だったやつだ。
俺は裏切られた気持ちになり、世界から俺が口説く美少女が一人減って悲嘆にくれた。
なんだよ男の娘って。
どの辺の層に需要があるんだよ。
チンコ着いた時点で汚らわしい存在なんだよ。
女みたいな面に騙されてしまった、哀れな男たちに謝って?
「どのような任務でも果たしてみせまする!!! オーフェルヴェークの汚名は、我らが必ずや雪ぎます!!! どうか捜索に加えていただきたく!!!!!」
「……アルタイル様! 聞く必要はありません!」
「時間の無駄です! 捜索に戻りましょう!」
兵士たちが殺気立ってくる。
声に苛立ちを隠そうともせず、警戒心を露わにイザル達へ強い視線を送る。
気性の荒い奴が多いこいつらを宥めるのも、手間がかかるぜ。
「坊ちゃん。受け入れざるを得ないだろう」
「ヤン……」
「ここで追い返せば、こいつらが捜索を邪魔するかもしれん。監視をするためにも、目の届く場所に置くしかない。それに王国騎士団として確かに命令を受けている。王国で何らかの政治的動きがあったんだろう。何があったかわからない以上、無理やり返すのは悪手となる可能性がある。アルコル家にどんな影響があるかわからない以上、罠かもしれなくても受け入れざるを得ない」
俺は腕を組んで頬杖を突く。
兵士たちはヤンが話すと黙り、俺の判断を仰ごうとする。
こいつもなかなか発言力あるよな。密偵なのに。
正直な話、全く気乗りはしない。
だがヤンは適当な奴ではあるけれども、アルコル家には忠実だ。
政治の話は全然分からないが、こいつのいう事なら従うべきだろう。
そのためにお爺様はヤンを俺につけたんだろうからな。
俺はヤンへ向かって頷くと、イザルのもとへと向かい告げる。
イザルは俺が近寄ると、額から一筋汗を垂らす。
ごくりと喉を鳴らし、その供回りたちも無表情だが恐れと不安が入り混じった雰囲気だった。
「イザル殿。ご助力いただきたく」
「――――――!!! っ感謝申し上げる!!! 全力をもってお役に立って見せます!この御礼はいずれ必ずや!!!」
ほんの一瞬ほっとした様にするが、すぐに襟を正して神妙に跪礼する。
供回りたちも限界まで頭を下げる。
日差しが木々の間から差し込み、俺たちを照らした。
俺は目を細め、ゆっくりと頷いて了承した。
それから一日が経ち、何事もなく野営を終わらせた。
国境地帯へいよいよ迫り、モンスターたちは馬鹿みたいに増えてきたけどな。
イザル殿たちは寝ずの番を買って出たり、雑用にも積極的だし頑張っているようだ。
大変そうだが、アルコル家の信頼を得ようと必死なのだろう。
兵士たちはまだ2日目という事で冷たい目のままだ。
だが一夜を安全に越したことで、彼らを最低限使えるものだと認識しているようだ。
「――――――――とのことだ。一応は信用しても良さそうかもな?」
「なるほど……」
そして一夜明け、朝飯食って進軍しようとした折。
王都から戻ってきた密偵達の第二陣が、報告に来た。
その概略をヤンから聞く。
イザル殿たちは確かに、王国からの命できたようだ。
なんでも家の資産を切り売りするようにして、王国騎士団へ自分たちを捻じ込んできたようだ。
彼らは本当に追い詰められていて。
王国魔導院長の捜索で功績をあげなければ、助命されるかも怪しいかもしれないようだ。
だからこそ鬼気迫る勢いで、俺たちの足を舐めるように従っているのだろう。
気の毒な話だが、アルコル領の仲間の方が大事だ。
存分に利用させてもらおう。
彼らも血を流さないと、誰からも信用されないだろうし。
王国騎士団ももう三日もかからずに合流できるとのこと。
兵士たちもホッとしたようだ。
ゴールが見えない作戦だったからな。
アルコル軍としては彼らにさっさと任せて、魔物たちに対策するという名目で自由に行動したい。
だが俺は目標としては、タイムリミットが迫りつつある。
後2日程度が捜索の期限という事だ。
王国魔導院長はおそらく徒歩だし、そろそろ遭遇してもいい頃だと思うが……
まぁ国境地帯で待ち構えていればいい話だ。
ご都合よく隘路になっているところが、魔物領域との境だとのこと。
ならばリーダーは悠然としていればいい。
進軍するにつれてだんだんと傾斜が強まり、足場が滑りやすく気を遣う。
未舗装の道なき道を歩くのは、とにかく疲れる。
馬になんてとても乗れないし、下馬せざるを得ない。
こんな魔物が出まくるところなんぞ、悠長に整地できるわけもない。
もうすでに最後の物資集積所は通り過ぎた。
ここから先はほとんど魔物の領域だ。
この土地を実効支配しているのは、人間では決してない。
兵士たちも足を取られないように、そして敵襲を警戒しながら無言で歩いている。
そうしているから、その報告はすぐに耳に入った。
伝令の取り乱した甲高い声から、何か起こったことが推測できた。
騎士たちが鎧を鳴らし、迅速に剣の柄に手を掛ける。
ヤンが手で合図をすると、兵士たちが散開して防御陣形を速やかにつくる。
俺はいつでも魔法を唱えられるように、視界の中の異常を目を凝らしてすぐ見つけられるようにする。
「使い魔が撃ち落されました!!!!!」
「敵襲ありーーーーーっっっ!!! 西方向より敵襲ありーーーーーっっっ!!!」
戸惑いがちの大声と共に、鼓膜から脳にかけて震わすほどの銅鑼の音が鳴り響く。
林の奥から複数の何かが蠢いて、その全容を露わした。
『ピギャぁaaぁぁぁaaaaぁぁaaaaaaぁあぁ!!!!!!!!!!』
『Buuuuぅぅぅうuuuuうぅぅうuuuaaaaaaあぁaaaぁぁあaaaaaぁぁaaaaa!!!!!!!!!!』
耳をつんざくほどの狂気じみた鳴き声が聞こえ、オークたちが豪速で迫り来る。
その姿は白目をむきながら、涎と共に舌を垂れ流し。
体を揺らして木の枝をなぎ倒す奇奇怪怪なものだ。
あまりにも異様だった。
オークたちは幼児くらいの知能はある。
しかしこんな正気とは思えない特攻はしない。
集団戦ができるくらいの知能はあるのにもかかわらず、遮二無二バラバラに突撃してくる。
生物の本能として、自分たちより圧倒的多数である敵対生物に襲い掛かることなどはありえない。
何かがおかしい。
異様な光景に応戦するために構える。
相手がどんな姿でも敵は敵。
何が起きているかはわからないが戦闘だ。




