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第55話 「部隊長アルタイル」




 お爺様の執務室に、俺は呼び出しを受けていた。

 狂気の魔導具に対する、対抗措置についてだろう。

 父上たちがいない今、俺たちだけで迫り来る問題に対処しなければならない。


 おそらく俺にも何らかの仕事が任されることになるだろう。

 度重なる戦争で人材がかつかつだ。


 俺の回復魔法で戦傷者や、体の欠損を治した元兵士たちを補充し、迅速に戦力確保をしたがそれでも足りていない。

 この屋敷に残る戦力など、たかが知れたもの。




 部屋の隅ではヤンが、だらけた姿勢で尻を搔いている。

 こいつがいなければ、部屋はもっと重くるしい空気となっていただろう。


 俺はお爺様と一対一という構図にならずに済み、少しだけ安心する。

 俺が欲しい時には、大体いることだけは褒めてやるぞ。






 お爺様は俺が入室しても、忙しなく書類に書き込みをし続けている。

 それを背後に控える家宰ザームエルに渡して、そのまま大量に積まれた書類を捌き続けている。


 用があるなら早く言ってくれよ……

 所在のなさにソワソワと目線をあちこちに向けてしまう。






「――――――此度の禁制品の我が領への持ち込みが行われた件について。貴様に命を下す」



「はい」



 書類を見つめながらお爺様は、俺に目を向けずに突然話し始めた。

 危なかったが俺は反射で返事をすることができた。




「狂気の魔導具。触れればたちまち狂人となり、二度と心は元に戻らない。その対応策として魔法兵や弓兵を中心とした遠距離攻撃部隊を編成する。相手はオーフェルヴェーク侯爵の可能性が濃厚。また兵力が少ないこともあり、効率が悪いことは承知で一部隊に兵をまとめて捜索を行う」


「了解しました」


 よくわからんが妥当じゃないか?

 相手は王国魔導院長なんだろ?


 勝てるかわからん相手だし、とりあえず反論はないな。

 まだアルコル領に被害は出てないみたいだし。




 俺は魔法兵として行くことになるのか。

 今回の主力じゃん。

 まぁ今までもそうだったけど。

 はぁ~相手したくねぇな。






「恐らくオーフェルヴェーク侯爵は国境地帯へと来るものとみられる。軍事力に優れるアルコル領に逃げ込む理由などそれしかない。アルコル領は国境地帯で最も山脈の標高が低い。魔王領域に逃げ込むのだと推察するならば妥当な判断だろう」


「はい…………?」


 難しい話になってきた。

 まぁお爺様の判断ならいいや。俺が責任持つことないし。

 俺は命令に従ってるだけでいいなら、これも反論はない。






「貴様が部隊長として、国境地帯で待ち構えよ」



「へ?」



 思いがけず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 俺が指揮官として軍をまとめる?


 何言ってんだこのジジイ。

 ガキに戦争指揮させるとか、とうとうボケたのか?






「お……俺がですか……? ……む……無茶ですよぉ…………」



「戯け。貴様のような愚図に指揮の期待などはしていない。今回の作戦は人間の裏切り者相手だ。兵士の士気は著しく低くなる。兵士からの人気と信頼だけはある貴様が名目上でも頭目とならねば、兵士の行動意欲は保持されない。組織への忠誠心を保つために、アルコル家嫡男としての務めを果たせ」



 ぴしゃりと俺の言葉に被せるようにお爺様が告げる。

 ひどくね……? なんて言われようだ。




「部隊の統率の実務はヤンが行う。今回貴様はオーフェルヴェーク侯爵の相手に専念せよ。あやつの相手が務まるのは貴様ぐらいだろう。全霊をもって対応せよ」



「は………………はい?」



 え?

 俺?

 マジ?






「以上だ。疑問点がないなら下がれ」



「……承知しました。失礼します」



 反論しかないです。

 しかし俺はお爺様の眼光に威圧され、愛想笑いして退出した。

 知りもしない王国魔導院長より、お爺様の方が怖いから仕方ないね。











 アルタイルがすごすごと退室すると。

 黙って観察していたヤンは、アルファルドへと問いかける。




「坊ちゃんも災難だな。当代オーフェルヴェーク侯爵つったら、歴代最優を謳われる大魔法使いだろ。ジジイも酷なことをする」


「この件には誰もが迷惑している。各々が能力に見合った役目を果たす。それだけだ」


「同意見だがよ。流石の俺も坊ちゃんに同情するぜ。情ってのはないのかねぇ」


「下らん。暇なら失せろ」


 アルファルドは不愉快そうにヤンを睨む。

 ヤンはおどけながら情報収集の結果について言及する。




「そうカッカすんなって。部下に命じて、王都の情報屋に情報を集めに行かせた。第一陣からの報告が来たぜ。そう大した成果はないが、王国による情報統制が強いことは判明した」


「……」


「何とも突然な話だよなぁ。事の始まりから違和感しかない。王家もアルコル領に入ってようやく情報開示したからな。恥部を曝したくないのはわかるが、諸侯に被害が及べば、王国への不信につながる。狂気の魔導具の管理は教会が絡んでるくせに、諸侯には徹底して秘匿していたことも疑問しかない。政治的に微妙な関係の王家と教会が、このことについては奇妙なまでに協力している」


 件の魔道具に関する、不審な情報の数々。

 ヤンは大仰に身振り手振りをして、その不自然な点について論説する。




「そして諸侯には『何としてでも禁制品を回収し、王国に引き渡せ』だ。そんな危険物、破壊か封印すればいいものを。いくら研究に有用だからと言って、管理に失敗してこの様だ。流出したら甚大な被害が及ぶ制御不可能な兵器なんて、使えたもんじゃあない」



 アルファルドは無視しているが、ザームエルは暗い視線をヤンに向け、無言で見つめている。

 口を挟む余地もない、誰もが疑念に思う懸念要素。

 不信を募らせること以外の余地もない。






「坊ちゃんもどこからか狂気の魔導具が、アルコル領に流出するなんてことを知っていたからな。アルコル家の大昔の目録を漁って、俺たちがやっと見つけたものをだ。当時のアルコル家当主も偶然知って、そのまま歴史の彼方に忘却されていたものをだ。偶然って怖いね」


「……」


「なーんかキナ臭ぇよな。王国で何が起こっているのやら」


 ヤンは口角を歪めると、空間が歪んで姿を消した。

 部屋にはアルファルドのペンの音だけが満ちる。

 残った不気味な静けさはアルコル家の行く末を、暗示しているかのようだった。











「アルタイル……気を付けて行くのよ……?」



「あぁ。任せろって。ガキどもの面倒を頼んだ」



 俺は戦装束を身に纏い、いざ出陣かと部隊集結の報告を待ち受けていたところだった。

 もう屋敷の皆には出陣を告げ、別れを済ませた。

 そこに何の用事か、ノジシャがやってきた。

 何かを訴えかけるかのような視線を俺に向け、一言声をかけると無言でじっとしている。


 葬式でもしてんのかよ。

 そんな辛気臭い顔されると、戦の前から気が滅入る。

 それを振り払うべく俺は顔に笑みを張り付け、無理やり声色を高くして話す。




「なーんだよ?信用してくれないのか?俺は魔法の天才なんだからな。サクッと終わらせてすぐ帰ってくる」


「信用も何も……私たちはまだ子どもよ? こんなの絶対おかしいわよ……殺し合いに行くなんて……」


「大丈夫だ。心配してくれてありがとな。絶対勝つからよ」


 俺は心配を掛けまいと虚勢を張る。

 そうでもしないと暗雲しか見えない前途に、押し潰されてしまう。


 ノジシャは痛々しいものを見るかのように、固く瑞々しい唇を結び。

 俺から顔を背けた。




「バカ。空元気なんてするんじゃないわよ……いつもなら駄々をこねて泣いてるくせに……アンタらしくないのよ。こんな時ばっかり変な気をまわして……」


「お前のことは俺が守るよ。安心してくれ」


「…………そういうことじゃない……そうじゃないのよ……わかってるくせに……」

 

 ノジシャは俺が戦争に行くこと自体に、難色を示しているようだ。

 いつもなら整然とした話をしているところを、まとまりに欠けた話になっている有様を見るに。

 彼女も感情が整理できていないのだろう。


 困ったな。俺だって納得してない。

 でもやらなくちゃなんないんだ。




 ノジシャは俺の両頬をその手で挟み、じっと俺の目を見つめる。

 その目はとても悲し気で。

 不安と嘆き、様々な感情に揺れていた。




「なんでこの世界には、戦争なんてあるんでしょう。なんで子どもが戦争に行くなんて、残酷なことがまかり通っているんでしょう。なんで見送る人間には、できることが何もないんでしょう」




 言葉を紡ぐにつれて俯いたノジシャの顎には、幾筋もの水滴が伝い地に落ちる。


 返す言葉は見つからない。

 俺もその答えは持ち合わせておらず、どんな励ましの言葉も空虚になりそうだったから。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦力不足の中また戦地に駆り出されるアル様( ;∀;) 能力があれば子供でも使わなくては、結果的にみんなが危険に。わかっていても、なかなかこうも冷徹に実行に移せるものではありません。このおじ…
[良い点] 戦争…嫌だ…おっぱい吸いたい…(突然の落差に感情崩壊) こういう話だってわかっているのに毎度毎度虚しくなるッ…!!!! 流石社会派ファンタジーッ…!!!!!
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