第54話 「オーフェルヴェーク侯爵家」
オーフェルヴェーク侯爵家は長い王国史の中で、着実にその勢力を伸ばしてきた家である。
数百年前から王国でも、官僚機構は整備が進み。
高い役職に就き続けた貴族家は、高位貴族に列せられることとなった。
彼の家が高位貴族と呼べる爵位が与えられた頃は、土地と切り離された宮廷貴族だった。
この一族の祖は魔法に優れ。
その子孫も多くが王国魔導院をはじめとした官僚機構で、多くの功績を残していることが歴史に記されている。
度重なる戦乱で断絶した家は数知れない。
そこで空いた領地を封土に与えられたオーフェルヴェーク家は、益々その権勢を強める。
このような家は王国にはありふれている。
その中でも王領のすぐ隣に小ぶりであるが封土を与えられたという、一際輝く栄華を誇るのがオーフェルヴェーク家だ。
そしてついには侯爵を授爵され、現在の当主は王国魔導院長としてその腕を振るっている。
前近代的国家において、官僚職は貴族階級によって腐敗し。
世襲されることは必然と言っても過言ではない。
王国でも時代によってだが、そのような腐敗は生じている。
しかし普通ではありえないほどに、そのような腐敗は少ない割合で推移している。
魔法という個人に依存する技術が存在すること。
それにより国家が魔法使いを保護し、統制することを図るように自然となる。
また魔物による淘汰圧が、腐敗を減少させているのであろう。
それにより魔法関係や軍事関係の役職は、実力主義が重視される。
王国魔導院長も例外ではなく、オーフェルヴェーク家以外の者がその座に就くことも多々ある。
それでもなお魔法技術が進む世界では魔法技術は、家伝として隠匿され。
その研鑽を積んできたオーフェルヴェーク家は、紛れもなく魔法の大家と言える。
無論、権力闘争にも勝利した結果からこの地位まで上り詰めたのではあるが、その実力は疑いようもない。
事実として今代の王国魔導院長は4属性を意のままに操る、歴代でも屈指の大魔法使いだ。
当然の如く出世街道を猛進し、その座に就き日々魔法の研究を行っている。
しかし無常ではあるが、この世界は盛者必衰。
オーフェルヴェーク家には暗雲が立ち込め始めていた。
「――――――王国騎士団である!!!!! 国王陛下のご下命により、オーフェルヴェーク領の強制捜索を行う!!! 神妙に命に従い、協力を命ずる!!!!!」
「なっ!?!?!? いかに国王陛下のご下命と言えど、このような狼藉をされるいわれはない!!! ここはオーフェルヴェーク領ぞ!!! 控えよ!!!」
全身武装の騎士たちが屋敷の扉を破壊して突入をするところを、老紳士が唾を飛ばして激昂する。
使用人たちは悲鳴を上げているところを、次々と拘束されている。
貴人と思われる女性たちは、丁重に入り口まで護送されていく。
皆、混乱しているとしか言いようのない様子だ。
なぜこのような無法がまかり通っているのかと、怒り狂っている者もいる。
それもそうだ。
事情を知らなければ老紳士の言い分が妥当である。
このような強硬的な手段は、本来なら王家ですらできない。
封建国家においては貴族の領地は、国家の中の国家のようなものだ。
王家といえどもその中で行われることについては、国法が定めたもの以外は口出しできない。
軍事権や裁判権についてすら諸侯に委ねられているのだ。
その権限は絶大なものである。
そこに王家が介入できるとするならば、それは大逆罪くらいのものである。
騎士はその根拠となる文書を懐から出して老紳士に見せつけた。
「この文書を見よ。国王陛下、ひいては第一王子殿下、シファー宰相閣下等々のお歴々が連名で発効したものだ。オーフェルヴェーク侯爵は禁制品を王国魔導院から持ち出し、失踪した。これをテロリズムに関与したという結論に王国は達した」
「なっ……なんですと!? …………こ……これは……なぜだ……ありえん……当主様が……?」
唖然と老紳士は文書を眺める。
その目はこれ以上ないほど見開かれており、眼球が衝撃に揺れている。
そこには王国の権力者のすべてと言っていいほどの名がずらりと記され、サインとその家の印章が押捺されている。
おそらくはオーフェルヴェーク家の家宰であろう老紳士は、紋章官でもあるのだろう。
その確かな証拠に絶句し、わなわなと震えている。
理解したのだ。
真偽はともかく王国は、オーフェルヴェーク侯爵を禁制品略取の犯人だと認定したことを。
「――――――無礼なっっっ!!! ここをどこだと心得るっっっ!!! その手を離せ!!!」
「嫌疑が晴れるまでご同行願います。国王陛下のご命令です」
「イザル様…………!」
騎士たちに連れられて息を呑むほどに美しい、少女のようにも見える少年が姿を現した。
怒りに染まってもその顔は、その美しさを全く損なわず。
その美しい声と共に魅了を放つ。
この美少年はアルタイルが以前出会った、エルナト・シファーと共にいた少年だろう。
イザルと呼ばれたその少年は憤懣遣る方無い状態で、周囲の騎士たちに当たり散らしている。
「痴れ者どもがいったい何の真似だ!?!?!? 侮辱極まりない!!! 何をもってこのような不敬が許されると考えているか!!! オーフェルヴェーク侯爵が長子たる私に申してみよ!!!!!」
「国王陛下からのご命令です。オーフェルヴェーク侯爵は禁制品である狂気の魔導具を持ち出し、東へと逃走した模様。その捜索と確保を陛下より受命されております」
憤激冷めやらぬイザルに。騎士は冷静に文書を見せる。
彼の顔はそれを見つめて10秒ほどで、憤怒から放心状態へ。
そして驚愕から無表情へと次々と変化する。
「馬鹿な……父上は国王陛下への忠誠心が厚く、王国の魔術の発展にその身を捧げている…………そんなことはしない……するはずが…………」
「狂気の魔道具など禁制品の使用許可証は王国では厳重に管理され、その研究においても複数人の立ち合いと研究場所が決まっております。使用許可章の使用日時や、目撃状況からしてもオーフェルヴェーク侯爵の関与は疑いようがなく、何よりもオーフェルヴェーク侯爵はそれらの立会人を拘束し、研究資料を奪い逃走していることが判明しております…………そして我々の捜査によって確定情報であることが確認されております。捜査情報によると、現在オーフェルヴェーク侯爵はアルコル領付近にいるとのことです」
「………ありえん……理由がないだろう……何の得になるというんだ…………そんなことをすれば、こうなるとわかりきっている…………」
「……私たちも原因を突き止めるべく、捜査を行っています。御身の潔白を証明するためにも、ご協力願います」
粛々と騎士が礼をして、部下たちに指示をする。
イザルはそれを呆然と見ながら逡巡する。
真実はさておいて、このような苦境に立たされたオーフェルヴェーク家に未来はない。
イザルは考える。
オーフェルヴェーク家はこの状況でどのように生き残りを図るか。
父親が権力争いに負けて嵌められたのか?
今はできることは何もないし、証明はできない。
本当に父親がやったのだとしたら、王国は自分たちをどのように扱うのか?
考えるまでもない。悲惨な末路に決まっている。
ならば今自分たちは、何を目標に行動すべきか?
その幼くも英明な頭脳で、結論へと導いた。
「(何を犠牲にしてでも……この騒動はオーフェルヴェーク家で解決するしかない……!)」
屋敷を荒らされ、家人たちは抵抗を試みる者たちもいる。
イザルは深く呼吸をして、屋敷中に響く声で一喝した。
「(少なくとも王国は父上を犯人だと断じている。最悪の場合僕たちすべてに類が及び、家門が断絶する。それだけは避けなくてはいけないし、潔白を証明しなければならない) お前たちっ!!! 王国騎士団の方々に全面的に協力せよ!!! 我らの潔白を証明し、王国への忠義を示すのだ!!!!!」
「「「「「はっ!!!!!」」」」」
イザルの美しい声が響き渡ると、オーフェルヴェーク家の郎党たちはその全てがすぐに返答し命に従う。
王国騎士団の者たちはイザルの声に一瞬振り向き、首を元に戻すとギョッとする。
オーフェルヴェーク家の者たちは先程までと打って変わって、全面的に協力の姿勢を見せたのだ。
この貴族家の変化に、王国騎士団の者たちは絶句して固まる。
イザル達と話していた王国騎士団の騎士も例外ではない。
ピンク髪の少年貴族は騎士たちの様子をすばやく確認すると、老紳士に小声で矢継ぎ早に指示を送る。
「(僕たちが生き残るには国王陛下に召喚される前に、父上の身柄を確保し、狂気の魔導具とやらを僕たちの功績で取り戻すしかない。そこから真実を調査するにも証拠は僕たちの手で見つけなければならない) 爺や。教会やヴォーヴェライト公爵家、ユーバシャール公爵家、後は王国騎士団と伝手が深いゼーフェリンク侯爵家に連絡を入れろ。何としても僕をアルコル領への調査団へ捻じ込め。どんな借りを作ってもいい。ここで功績を残さなければオーフェルヴェークは終わりだ」
「かしこまりました。直ちに使者を向かわせましょう」
爺やと呼ばれた老紳士は、騎士たちの死角になるように背中に片手をやると、ハンドサインをする。
イザルは天井を見つめると、天井から覆面の者が顔を見せる。
覆面の者がハンドサインを送り、それにイザルは頷くとどこかへと消え失せた。
彼が首を下げると、肩で切り揃えられた髪の毛先がまた綺麗に揃う。
そしてすぐさま老紳士へと命令する。
「我らの手の者はそう多くは送り込めまい。供回りを厳選せよ。少数精鋭での任となるだろう」
「御意。どうかお気をつけて……」
万感の籠った言葉と共に老紳士は頭を深く下げる。
イザルは頷き、厳しい目つきで屋敷の捜索を眺める。
その瑞々しく美しい唇は、悔しさと無力感からきつく噛みしめられている。
だが揺るがぬ決意の籠った目で、どこか遠くを見据え。
その先に待ち受けるものを見定めようとする。
「(僕の命すら勘定に入れざるを得ない……) アルコル領へ出陣する」




