第53話 「恐ろしき訪問者」
エーデルワイスと別れてしばらくの月日が流れ、寂しさにも段々と慣れてきた。
アルコル領に帰った俺は彼女と文通し、会えないことの喪失感を埋めている。
婚約者の女の子は弟たちの子育ての忙しさから、大変ではあるが毎日騒がしく暮らしているようだ。
ツア・ミューレン伯爵やクラウス殿は予算作成で多忙のため、あんまり家にいないらしい。
俺は今までと同じように過ごす日々だ。
従姉と同居しているが、それでも寂寞の念は募る。
ノジシャたんがそんな俺を慰め、優しいことが唯一の救いだ。
セギヌス殿とも文通している。
だが調査の結果は芳しくないようだ。謝罪の旨の記述があった。
情報のなさに申し訳なくなったのか、最近は王都の近況とかを報告してくれる。
律儀な人だ。
あとこの人、字うっっっま!?って最初なった。
力強くも流麗な字。
技巧鮮やかなる芸術のような手紙に、俺は感動すら覚えた。
達筆すぎる。
弘法大師かよ。
俺はというと、もう比較にするのもおこがましいほどの滅茶滅茶な字だ。
家庭教師にも散々言われている。
カレンデュラとか俺より速記なのに滅茶苦茶上手い。
もうコピー機ですか?ってくらい上手い。
文通しているエーデルワイスも美文字だ。
こいつもスペック高いんだよな。
俺は自分より年下の奴らが軒並みチート持ち転生者みたいなやつらばかりなので、妬みと僻みの念が半端ない。
何が『ちゃんと文字の練習もしないとだめだょお兄ちゃん?』だよ。
得意分野でマウント取るメスガキ共は、絶対にわからせてやる。
それがオスの役目。
遺伝子に刻まれた宿命。
「――――――アルタイル?集中しなきゃダメよ?」
「はぁ~~~~~い」
今日はノジシャたんと書庫でお勉強デート♡
暗記物の勉強をするついでに、習字の練習だ。
クソめんどくさいけど、隣にノジシャたんがいるから全然辛くないよ♡♡♡
ノジシャたんに妹に負けてると泣きついたら、時間を割いて教えてくれることになった。
教えるだけあって、ノジシャも字が達者である。
絶対俺のこと好きだな。
俺と話す時いつも笑顔だし、よく話しかけてくれるもん。
この前なんかお菓子作ってくれたんだ。
美味しかった!!!!!
よく悩みも聞いてくれるし、落ち込む俺の頭を撫でてくれる。
いつ結婚申し込もうかな?
女の子ってムード大事にするじゃん?
だからなんか特別なイベントが、あった方がいいと思うんだ。
ノジシャたんなら失敗しても励ましてくれるだろうけど、一生の思い出だからね。
僕がぁ……幸せにぃ……するんだからぁ……グフフフフフ……
「だんだん上手くなってきたじゃない。頑張ったわね!」
「そう? ならご褒美になでなでして!」
「あらあら仕方ないわね。かわいいかわいい♪」
「あぁ~~~んぁ゛~~~」
しゅきしゅきしゅき~~~♡♡♡
お姉ちゃんしゅき♡♡♡♡♡
俺はノジシャたんの手にぐりぐりと頭を擦り付けると、クスリと母性的に笑う。
頭撫でるのうますぎる。
俺はもう虜になってしまった。
魔性の手つきだよ。
魔性の姉。
「もっと頑張ったら、ご褒美のお菓子があるからね。一緒に頑張りましょう」
「本当!? やったー! ノジシャ大好き!!!」
「うふふ私もよ。さぁあと少しやりましょうか」
ほら!?!?!?!?!?
俺と両想い!!!!!!!?!!!
俺は余り変わらない生活を送っているが、アルデバランたちはそうでもない。
本格的な教育が始まったのだ。
俺が社交界にどんどん出ているから、それに引きずられて弟たちも社交の場へと出る可能性が出てきた。
よって早いうちから礼法教育を行った方がよい、という話になった。
他の教育も一通り始まった。
あいつらも既に当時の俺と同じくらいの年齢だしな。
どちらも非常に素直で筋がいいとのことだ。
特に戦闘や馬術に対するアルデバラン。
座学と礼法に対するカレンデュラの適性は、凄まじいものであるらしい。
当然どちらもすべての科目において優秀な成績を修めている。
ノジシャたんも俺よりも早く教育を受けていたようだが、他の追随を許さない圧倒的な成績を収めているとのことだ。
家庭教師のじいさんが、桁外れの天才だとべた褒めだった。
俺が勝ててるのは魔法と、語学くらいしかない。
才女過ぎる。
前世は勉強できなかったけど、高校生だったんだよ?
マジでこいつらリアルチートも甚だしい。
俺ホントにチート転生したのかって疑問になるってくらいに、出来が良すぎるんだもん。
俺も出来がいいとか言われるけど、普通の子どもがいねぇからどれくらいが普通かわかんねーんだ。
ステラはバカだから比較になんねぇし。
あいつようやく四則演算が形になったレベルだぞ?
まだケアレスミス多いし。
書類仕事を頼むべきでない人種だ。
「ねぇーーーもうお菓子食べたい」
「まだ30分しかたってないでしょう? もう少し我慢しなさい」
「腹へった! お願いノジシャお願いお願いお願い!!!」
「まったく……食べ終わったらまた勉強始めるからね。できるわよね?」
「はーい♡」
「返事だけはいいんだから……待ってなさい」
腹へって集中切れたんだから仕方ないよ。
成長期だから食べないとだめだ。
だから子供におやつを上げるんだぞ?
ほらペンが動かなくなってる。
栄養が足りてない証拠だ。
ノジシャが本を置き、椅子から降りる。
ドレスの裾を治すとドアの方へと向かった。
彼女の後ろ姿を観察し、一人ニヤつく。
お菓子楽しみだな~
「――――――きゃあ!?!?!?!?!?」
ドアが勢い良く空く。
息を切らせた何者かが急に入ってきた。
ノジシャが悲鳴を上げてドアから飛びのく。
俺は椅子を蹴飛ばして、彼女の方に向かって立ち上がる、
その影をよく見ると仮面の男だ。
いつもは飄々としているこいつが、珍しく息を切らせている。
首筋に汗が幾筋も垂れている。
急いで走ってきたのだろう。
なんだ……何があった…………?
「ノジシャ嬢ちゃんか。すまん。坊ちゃんと話をさせてくれ。重要案件だ」
「…………えぇ。わかったわ。アルタイル?私は少し席を外すわね……」
「あぁ……悪いが頼む……」
ノジシャは気づかわし気に俺へ数秒振り返る。
だがドアに向いてすぐに出た。
聡明な彼女は急を要することだとわかっていたのだろう。
ゆっくりと扉が名残惜しそうに閉まってゆく。
それが閉まり切る時間も惜しいというように、ヤンがすぐさま用件を告げた。
「先ほど王都から早馬が届いた。禁制品がアルコル領に持ち込まれた。発見が遅れ、すでにこの領のどこかにあるとのこと。王都からも捜索隊がしばらくすれば来るだろう」
「おい。それはまさか……」
「……狂気の魔導具だ。坊ちゃんが言っていた通りにやってきた……密偵として不甲斐ないばかりだ」
「なんでだ!? 俺たちはあんなに情報収集して……! 影も形も見つからなかったんだぞ!?!?!? なんでそれが今……ここにあるんだよ!?!?!?!?!?」
気が動転して自分でも何を言っているかわからない。
考えがまとまらない。
何故それがわからなかった?
何故今このタイミングでここに来た?
どうする? 父上や叔父上たちは、まだ魔物の討伐に行っているんだぞ?
大体狂気の魔道具なんてどう処理するんだ?
何にも対策なんて立ててないんだぞ?
いったい誰が対応するんだ?
わからない。
今、何からするべきなのかさえ分からない。
無力感に歯を食いしばる俺を見つめるヤンは、忌むべき元凶の名を口にした――――――
「――――――――――王国魔導院長オーフェルヴェーク侯爵の乱心だ」




