第49話 「教会」
王都にしばらく滞在し、様々な店にまわることもあった。
父上は商人にかなり顔が広いようだ。
王都の大商会から、次々と挨拶が来る。
旨いもんとか貰える役得はあるが、連日の応対にもうくたくただ。
その中には魔道具店もあった。
俺はもちろん予てから調査していた、狂気の魔導具について聞いてみる。
だが誰も知らないようだ。
この道50年と豪語する老商人にも聞いてみるが、そんなものは取り扱ったことはないし、聞いたこともないという。
サンプルとして貰えたり、購入している魔道具は、ヒーターや伝統の魔法版みたいな家電代わりになるアイテムばかりだ。
勿論魔道具の武器なども存在するが、それらも現代武器からするとチャチな性能だ、
日本の家電と比べるとかなり割高で、庶民に手が届く物ではないが貴族は競うように買っている。
贅沢は貴族のステータス。
この世界の貴族が現代日本とさほど遜色ない生活を送っているのは、魔法技術ゆえだろう。
だがこれらは人の心を操るという、神懸かり的な道具とは程遠い性能だ。
そうなると、王家か大貴族、教会などの権力者が隠し持っている可能性が高い。
そんなものがあるのなら、市井にそんな危険物があることなど王侯貴族たちが容認するはずがない。
悪用しようと思ったところで、自分がそれを向けられたら堪ったものでもない。
そして壊すことが困難であろうことを、トート神様は指摘していた。
どこかに厳重に隠されているのだろう。
俺は次第に焦り始めていた。
王都に来れば情報くらいは見つかるだろうと、タカをくくっていた。
しかし影一つ見当たらない不気味さに、俺は何か嫌な予感を感じ始めていた。
俺が見つけないと、誰もその危険性がわからないのだから対処しようがない。
神様からお告げがあるくらいだ。
放置しておくと大変なことになるのだろう。
あんな凶悪な性能をしているのだ。
テロなんかに使われたら、どうしようもない。
この世界でできた、大事な家族を守りたい。
そのためには狂気の魔導具を探さないといけない。
だが一向に見つからない。
じりじりと焦燥が募っていく。
「到着しました」
御者の報告が届き、俺は馬車を下りる。
迎えの女僧侶の案内でロマネスク様式に近い、重厚な石造りの建物。
教会に父上と入っていく。
半円アーチの巨大な入り口を入っていくと、神々の石像が立ち並んでいる。
そして最奥の一室に辿り着くと、巨大な女神像が鎮座していた。
美しく年若い乙女が、空を見上げている像だ。
人類を守る女神、光の神ルキナだ。
王宮で玉座を守護していた女神と同じものだ。
これほどの石像は、アルコル領にも見たことがない。
見上げると首が痛くなりそうな大きさに、芸術に疎い俺も見惚れつつあった。
父上もいたく感心しているようだ。
「何度見ても素晴らしいものでしょう? 当教会の誇りです」
「これはセギヌス殿。お姿に気づかず申し訳ない。お久しぶりですな」
「お気になさらず。お久しぶりですアルコル侯爵」
車椅子のような乗り物に乗った年若い男が、ここまで案内してくれた女僧侶に押されてきて声をかけてきた。
このセギヌスと呼ばれた青年は、凪のような穏やかさをもって美しく微笑む。
肩下で緩くまとめられた、緑の長髪。
どこか浮世離れした儚げな容貌。
聖職者とは俗世から遠いものだが、ここまで透明というか清涼というか表現しづらい御仁は少ないだろう。
「戦乱が激しくなりご多忙の中、わざわざお時間をつくってご足労頂きありがとうございます。神々もその信仰心をお喜びでしょう」
「いえ。私もなかなか顔を出せず恥じ入るばかりで……」
「王国を守護するアルコル家の家長としての苦労は、私の想像を絶するものでしょう。そのような中で多大なる寄付金を頂けたこと。私は決して忘れません。教会を代表し、厚く御礼申し上げます」
セギヌスが頭を下げると、父上も少し照れてやりにくそうにする。
父が慌てて頭を上げさせ、和やかに談笑に興じている。
初対面の印象だが、とても人の好い青年だ。
話を聞いているだけで心が安らぐ声、とても礼儀正しく人を尊重する態度。
どうやっても嫌いになれそうにない。
こんなに温厚で人好きのする人に会ったのは、生まれて初めてではないかと感じる。
「――――――今日は我が息子を紹介しに参った次第です。アルタイル。挨拶を」
「アルコル家が長子、アルタイルです。本日はお会いできて大変光栄です」
「当教会の司教を務めるセギヌスと申します。アルタイル殿のご高名はかねがね聞いております。お会いできた幸福を神に感謝します」
セギヌスは物腰柔らかにそう告げると、神々へ祈りを捧げる。
いかにも聖職者然とした佇まいだ。
篤い信仰心を持っていることが手に取るようにわかる。
「アルタイル殿が年若くいらっしゃるのに凶悪な魔物を討伐されたことは、世俗に疎い私も聞き及んでおります。このような新たな時代の英雄に出会えたことを、大変嬉しく思います」
「あはは……ありがとうございます。ですが私など未熟者に過ぎません……父上をはじめ、多くの者に迷惑をかけているばかりです」
「誰もが叶わぬ偉業を成した身で、謙遜なさるとは大変ご立派です。あなたは人類の誇りです」
「そこまで褒めていただかれると嬉しく思います。これからも頑張ります」
セギヌス殿は温和に微笑む。
俺は褒められてとてもいい気分だ。
「私共も神々の使徒として、魔物との戦いを行っております。もし轡を並べることがあれば、お力になれれば幸いです」
「そうなんですね。至らない身ではありますが、その時はよろしくお願いいたします」
「ええ。何かあれば当教会を何時でも頼ってください……せっかくですから祈祷されてはいかがでしょうか?」
「それはいいですね。是非参加させて下さい」
「わかりました。ベラ?祈祷の準備をお願いします」
「はいセギヌス様」
ベラと呼ばれたシスターがお辞儀すると、祈祷が始まる。
俺と父上はセギヌス殿の下で、神々に祈りを捧げる。
「――――――お疲れさまでした。どうぞお座りになって召し上がってください」
「失礼します。頂きます」
祈禱が終わると俺たちはセギヌス殿の勧めにより、テーブルを囲んで軽食を頂いていた。
ベラと呼ばれた清楚な金髪のシスターが、給仕をしてくれる。
俺たちはセギヌス殿の巧みな話術に聞き入り、しばらく談笑に興じる。
話をしていくうちにセギヌス殿の人となりもわかった。
事前に父上からもある程度の人格は聞き及んでいたが、それに違わず素晴らしい人格者だ。
貧民の奉仕活動や、迫害を受けている獣人などの弱者救済など、多大なる功績を若き身で残している。
だからこそこの教会を統括している立場に、この年齢で選出されているのだろう。
人物の好悪の激しい傾向にある父上も、セギヌス殿の事はたいそう気に入っている様子だ。
俺もセギヌス殿の事は、この短時間でもかなり好きになった。
イケメンは嫌いだが、俺は俺に優しくしてくれるイケメンは好きだ。
さすがにここまで立派な御仁を嫌いなんて言ったら大顰蹙だし、ヤバい捻くれ者だろう。
「いやはやアルタイル殿は、とても魔法に造詣が深いのですね。その御年で4属性を使いこなすなど御見それいたしました」
「いえ。私などまだまだです。これからも父上を目指し精進いたします」
「良き志かと。お父君もさぞかし鼻が高いでしょう」
「ははは。ありがとうございます。しかしまだまだ勉強が足りません。家では嫌いな礼法の勉強から逃げている始末で……先ほどの祈祷でもそうでしたが、作法にも疎く……先日に国王陛下の下で、とんだ無作法を曝したことは恥じ入るばかりです」
「……ち……父上ぇ……」
父上は俺の言ってほしくないことを話す。
俺の承認欲求が満たされていたところだったのに!?
そんなこと他人に行っちゃうのかよ……
セギヌス殿なら他言はしないだろうけどさぁ……
最近厳しいよ父上……
自分でも情けないと思うほど、か細い声が漏れる。
そんなことを言われても困るだろうセギヌス殿は、聖人のような提案をしてくれた。
「私の子ども時代より大変聡明でいらっしゃいますよ。それでしたら私が簡単ですが神学についてなら、何かわからないことがあればお教えいたしますよ。これでも神学者の端くれ故」
「いえそんな恐れ多い……申し訳ないです……」
「気にすることはありません。若き英雄には私も感謝しているのです。少しくらいのお手伝いはしてもバチは当たりませんよ」
「愚息のために貴重な時間を割いていただき、御礼申し上げる。アルタイル。大変栄誉なことだよ。セギヌス殿は神学に精通し、数多くの功績を残していらっしゃる」
セギヌスはおかしそうに無邪気に笑う。
気持ちはありがたいが、こんなところまで来て勉強かよ……
貴重な機会を頂いたことはわかるけどさ。
楽しく雑談しようよ。
いやでも聞きたいことがあったな。
専門家の口から聞いてみるか。
「それでは……トート神様について教えていただくことはできますか?」
面白い、または続きが読みたいと思った方は、
広告下↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓の☆☆☆☆☆から評価、またはレビューしていただけると、執筆の励みになります!!!!!!!!!!




