第45話 「アルコル家の動静」
アルコル家の屋敷に存在する、使用人たちが滅多に近寄らない場所。
アルコル家の最奥と言える部屋に、アルコル家先代当主アルファルドの執務室が存在する。
そこにはアルコル家の家宰を務めるザームエルをはじめ、ほんの数人しか往訪を許されてはいない。
アルタイルが王都に出発する少し前、そこには4人の男たちが集まっていた。
「――――――それでどうなっている?」
「王都での情報収集の結果だが、下級貴族は寝耳に水といった有様だ。寄親からも一切何も聞かされていないらしい。王家から政治的奇襲を受けたな」
アルファルドの問いに、白髪長身の仮面男があっけらかんと答える。
アルコル家前家長たちはこの仮面男の無礼な態度を、何事もなかったかのように当然のように受け入れている。
「ならば宮廷貴族はどうなっている?」
「ツア・ミューレン伯爵の伝手で財務閥は探ってみたが、収穫無しだった。財務閥は何も知らなかったとみていいだろ」
「……………………」
アルファルドは黙りこくる。
部屋を沈黙が支配する。
そこに問いを投げかける者がいた。
アルコル家当主アルフェッカだ。
「アルタイルは勲章を貰うけど、それはそれで名誉なことなんじゃないの? 諸侯からも一目置かれていいことだと思うんだけどな……まぁアルタイルが貴族社会で一人前として扱われるようになってしまうのは、一抹の不安がないと言えば嘘になるけど……」
「おいアルフェッカ。貴族のやることなんぞ古今東西変わらんだろ。なんでも利用できるかできないかだ。王家はアルタイル坊ちゃんを利用しようとしてんだろうが? それをわかって?」
アルフェッカ相手にも、平然と非礼な態度で仮面の男は語り掛ける。
しかしこの大貴族はその態度を許しつつも、ピンとこない様子だ。
「ヤン。利用するってそれはどういう――――――」
「――――――戯けが」
アルファルドがさほど大きくない声を出すが、彼の息子は話すことをやめる。
ヤンと呼ばれた仮面の男は、やれやれと首を振る。
筋骨隆々たる老人はアルフェッカに視線を向け、冷え切った口調で突き放すように告げる。
「王家や他貴族から見れば、アルコル家の軍事力は余りにも大きすぎるものとなった。我らから見ればアルコル軍の内実は寒々しいものとわかっているが、他家からは魔将を殺した実績という虚像に怯えられているものと知れ」
「は…………して、それはどのような意味を持つのでしょうか……?」
アルフェッカは説明を受けても得心が行かないようだ。
その様子にアルファルドは心なしか苛立たしそうにする。
「王家からすれば、アルコル家は国境線を堅守した心強い家臣ではあるが、王権を揺るがす潜在的な敵となる可能性を持つとみなすだろう。それは以下のことを指し示す」
段々と早口になっていくアルファルドの言葉を、アルフェッカは真剣に聞き入る。
白髪の父親が一旦言葉を切ると、金髪の息子は固唾を飲んで後を待った。
「我がアルコル家の武力の要となりつつあるアルタイルを、王家に引き込むか。それか手に負えなくなる前に殺すかだ」
「――――――――!?!?!?」
「アルタイルを引き込む策などいくらでもある。王女を臣籍降下させ婚姻をもってアルコル家から切り離し、新家を創設させる。アルコル家内部で後継者争いを引き起こす。この勲章式はそれらの離反策の第一段階だ。王国は事前に我らに打診もなく、この勲章授与を公式発表したが――――――」
アルファルドは一旦言葉を切って立ち上がり、窓の傍に寄って外の景色を眺める。
アルフェッカは衝撃のあまり沈黙し直立不動だが、ヤンは足を崩して大欠伸をしている。
「――――――もし打診があれば、我らはそれを戦争が続いているという理由で、延期を願ってもよかった。この混迷を極める情勢で勲章式などを行うことは、それ自体が利敵行為になる」
アルファルドは無表情で外の景色を眺める。
無機質な双眸が飛び回る小鳥を捉えるが、瞳には温かみは一切ない。
「あのお人のよろしい国王陛下は、善意から勲章を授けたのだとお考えなのだろう。だが宮廷貴族共はその権勢を維持するために、アルコル家を分断する布石を打とうと企んでいる。最悪貴様とアルタイルがいない間に、魔物どもに少々アルコル軍を削られればいいのだろうと思っているのだろう」
「なっ……!? 軍のことなど何もわからない宮廷貴族共が……!?!?!?」
アルファルドの予想を聞くや否や、頭から湯気が出ているのだと幻視するほどに、アルフェッカは怒髪天を衝く。
アルコル家に害をなすと聞いた時のその有様は凄まじい。
並大抵の人間なら失神しかねないほどの怒気が、とめどなく噴き出している。
しかしアルファルドは眉一つ動かさずに、淡々と話を続ける。
先の褒章が意味する、貴族たちの目論見について。
「神聖薔薇・黄金聖剣・ダイヤモンド付英雄勲章を、最年少受勲者として叙任を受けるとなっとことで。アルコル家に恩を売ってやったと、むしろ宮廷雀共は嘯くだろう。たとえそれが我らに都合が悪かったとしても、いくらでも言い逃れができるのだからな」
「くっ…………」
「国王陛下は大臣たちの口車に載せられて、何の疑いもなく承認なされたのだろうよ。宰相もそれを容認した辺り、我らへの警戒具合が伺える」
「クソッ!!! 人類の防衛を何だと思いあがって……!!! 年端のいかない幼子まで利用して……!」
アルフェッカは能天気な貴族たちに怒るところを、アルファルドは更に火に油を注ぐ。
アルタイルの父である彼は、貴族としてはあまりにも人が好過ぎる。
子どもを殺すという発想そのものが、浮かばないのだろう。
身内同士ですら骨肉の争いに興じる貴族たちの中で、異端でもあるその思考様式。
だからこそアルコル家から出奔させるという決断を、若き日の彼にさせることとなった一因でもあった。
「最悪アルタイルを呼びつけて、無理難題を押し付けてそれを口実に殺せばいい。王の直臣となる騎士は、王に単独で謁見させられることが可能だ。あの阿呆は政治的センスが皆無である故、容易に言質を取られるだろうよ」
「そんなことは私がさせない!!! アルタイルは絶対に守る!!! ナターリエに誓ったんだ!!!!!」
アルタイルへの危機があると聞いた、アルフェッカの鬼気迫る怒声を無視し。
アルファルドはヤンに問いかける。
「ツア・ミューレン伯爵の離反はないとみてよいのだな?」
「それはもうアルコル家に擦り寄るばかりだったぞ。もはや利益共同体で人間関係がんじがらめだし、ジジイが怖いのもあるんじゃね」
身内からの裏切りという懸念事項は、怪しい仮面の男に否定される。
ヤンがゲラゲラと笑うが、アルファルドは仏頂面をピクリともさせない。
「これより宮廷工作が重要となる。ツア・ミューレンとの縁談は必ずまとめよ。ご令嬢とアルタイルとの関係はどうなっているのだ?」
「めっちゃ仲いいぞ。エーデルワイス嬢はアルタイル坊ちゃんにベタ惚れだな。坊ちゃんもあの性格だから、拒絶することはないんじゃね」
「…………ふん。ザームエル?」
「すべてヤンの言う通りかと存じます」
無言で控えていたザームエルは、陰気に同意の言葉だけを表す。
しかしアルファルドはそれで満足なのだろう。
それきり追及することはなかった。
「アルフェッカ。結局は王都に行かないことには、なんもわからんだろ。俺も着いてくから情報収集すんぞ。せっかく王都に行くんだからな」
「そうだな…………ツア・ミューレン伯爵とも顔を合わせて話すべきだしね。これを奇貨に王都で調査するべきだな」
ヤンが心機一転させようとしたのか、怒るアルフェッカに王都での行動案を提示する。
アルコル家当主は考え出すと、次第に冷静になりこれからするべき行動を組み上げていく。
頭が冷えた彼の頭の回転は、比肩しうる者がいないだろう。
すぐに軍事行動案や外交策などを練り上げて、アルファルドが一切修正する必要のないものを作成した。
夜も更けたころ会議が終わり、アルフェッカはヤンと共に部屋を出る。
部屋にはアルファルドとザームエルのみが残る。
白髪の老貴族は無言で書類に目を通す。
そしてある1枚の書類をめくると、手が止まる。
「ザームエル」
「は」
「この第2王子についての調査。細心の注意を払い、引き続き行え」
「御意」
ザームエルが一礼し、部屋を辞する。
アルコル家家宰を務める男は薄暗い人影一つ見当たらない廊下に出て、顔色一つ変えずに歩いていく。
先程に彼が命じられた万全の警戒をもって行うべき、王室の秘密とは何か。
そしてその死人のように辛気臭い顔のまま、闇の中へと解けていった。
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