第30話 「宴の裏側」
「肝が冷えましたな」
パーティ会場にてある貴族が、ポツリとそう漏らした。
その目には一足早く退席した、アルコル家当主アルフェッカの背中が遠くに映る。
貴族の手にはワイングラスが持ち上げられ、何回も口元に傾けられる。
その手には汗が滲んでおり、ハンカチを持ち拭き取った。
「久々にご挨拶しましたが、相変わらず覇気のあるお方だ」
「全くで」
「あのような怪物のようなお方が、数代にかけて当主になっているのだから、たまったものではない」
貴族たちはひそやかに話している。
最初に話した貴族が投げかけた話題は、意図せず漏らしたものだったのかもしれない。
だが周囲に超速で広がっていき、誰もが頷き同意している。
当代アルコル家当主とは、それほどに恐ろしい人物なのだろう。
「前当主アルファルド殿は……恐ろしいお方だった……」
「えぇ本当に……前当主殿、ひいては前々当主殿の血が薄まっていて本当に良かった」
「それでもなおアルコル家はまさに飛ぶ鳥を打ち落とす勢い。未だ噂に過ぎませんが魔将と思しき魔物を討伐したとか。それにより王室も何か動いているようです。あやかりたいもので」
太り気味の老貴族がブルりと背中を震わせながら、アルファルドの名前を口にすると。
誰もが苦々しい顔をする。
何かしらの実体験に基づいた、心的外傷が存在するのかもしれない。
重苦しい沈黙が一瞬空気を満たし、囁くようにある貴族がアルフェッカを評価する。
「当代アルコル侯爵も恐ろしいお方だ。王国宰相であるシファー公爵に対しても、一歩も譲らない姿勢。前当主殿の時代を彷彿とさせました」
「当時の話は誰もが口を噤む。私も思い出したくはない」
しきりに首を横に振りながら老貴族が、拒否感を顔面に露わにする。
そんな様子から皆が話題を軌道修正していく。
「当代アルコル侯爵の武名は大陸に轟きます。勿論それはとてつもない威をもちますが、あの方の真骨頂は、その巨大精強なる軍を管理する手腕」
「尋常ならざるお方だ」
「国の歴史に残る英雄といっても過言ではない。頼もしくはあるが……それだけに領地が近い私は背筋が凍る思いです」
アルフェッカと同じくらいの年の貴族が、怯えながら独り言ちた。
その言葉に返すものはいないが、それは言葉にする必要がないだけの肯定であるのだろう。
アルコル家の権力の源泉は、紛れもなく武力。
それを運用する能力が長けているのが、彼らの話からすると現当主なのであろう。
話は変わってアルタイルの評価に移る。誰もが興味津々であるようだ。
お互いの思惑を見透かし、利益を貪りたいのかお互い牽制するように話し合っている。
「次代はどうなるものやら……利発そうなご子息でしたが……」
「あのお年ではまだ判断もできんでしょう。特にあの領地は武力こそ何よりも尊ばれる」
「そうですな。前当主殿の時代を知る我らだからこそ、違和感なく受け入れています。ですがあそこは本来、国家防衛に全力を注ぐ場所です。アルコル侯爵が頻繁に社交界に出てくる方が異常なのだ」
アルフェッカが社交界に出てこない理由は、貴族として共通理解が得られているようである。
推測するに、国策としてアルコル家は国家防衛の任を得ているのだろう。
そしてアルタイルが国家防衛するに足る器であるのかについて、貴族たちは論を交わす。
興味の中心となっているのは、彼の持つ回復魔法について。
「ご子息について有名な噂ですが、類稀なる魔法の才を持っているとか。現時点で水の高位魔法を操り、それ以外にも希少属性を保有していると。それも貴重極まりない回復魔法を」
「魔力量も莫大なものと、私も聞き及んでおります。回復魔法があれば家中の統制も容易い。家督継承の可能性は非常に高いと踏んでいますが……」
「戦争時には逃亡兵も多い。戦傷に気を囚われないで済む回復魔法は、兵の引き締めになりますか……」
議論は白熱するが、だれもが納得する結論は出ない。
もちろん魔法能力だけが、家督の要件ではないからだ。
個人武力だけでどうにでもなるほど、貴族社会は簡単な世界ではないという事。
奇跡のような力が存在する世の中でも、安易な判断は慎むべきらしい。
老貴族は杖を鳴らし、終わりの見えない討議を終結させるがために関心を集めさせる。
「様子を見るとしましょう。まだ家督継承が確定したわけではないのだから……あの家ではよくあることです。現当主殿もそうでしたからな」
貴族たちは頷きあい、情報収集をするべく互いに探り合いながら、自らの欲するものを得ようと舌戦を繰り広げる。
社交界とは貴族が利害を調整する場。策謀が飛び交いあう伏魔殿の事である。
アルフェッカに注目するものたちがいる一方で、今回初のお披露目となったその息子アルタイルについて言を交わす者達がいた。
子ども世代であっても同じことだ。
将来の行く末がかかっている、貴族社交という名の利害関係の綱引き。
自らの損得に直結しているからこそ、貪欲に情報収集を行うのである。
「あれが噂の……思ったより間抜けそうだ」
秀麗な眉を傾けながらシファー公爵が子息であるエルナトは、遠ざかるアルタイルに向けて蔑むように出会いを品評した。
傲慢に年下の子どもの知性を推し量り、よって見下すことを決めたようである。
「クッ……声が高いぞエルナト。耳目を集めたらどうする」
「弁えている。それよりどう思った?」
「歯牙にかける余地もない。挨拶が終わればだんまりを決め込む只の凡俗だ」
「同感だよ」
エルナトは鼻で笑いつつ、麗しい顔立ちの同じ年頃の美少年に親し気にしている。
二人ともまだ少年とは思えない知性を感じさせる。
他にもいくらか同年代の取り巻きがいるようだが、二人の話には加わることなく口を噤んでいる。
両者とも話に介入することを許さないといった空気を醸し出し。
彼らの世界でお互いしか視界に入っていないかのようだ。
「あんなに表情をころころ変えて……音に聞くアルファルド殿の血が薄くてよかった」
「社交界の何たるかもわからぬといった愚昧を曝したザマだ。アルファルド殿の薫陶は受け継がれてはいないようだな」
美少女と見紛うが如く美しい少年の冗句に、二人は思わず笑い声を漏らす。
楽し気にエルナトはグラスを手で弄び、流麗な動作で口に運ぶ。
しかしすぐに表情を切り替え、次なる話題に対して模索する。
「だがあの領にはこの国随一とも云われる武力がある。どんな無能でもその威があれば影響力の拡張は免れまい?」
「頭が痛いところだ。しかしその勇名にも負けてもらっては困る」
「杞憂だ。少なくとも魔法の才はあるようだ」
エルナトの言葉に美少年も同意している様子だ。
反論することなく次の思案に移る。
「ふん……あれに次代の当主になってもらった方が、都合がいいかもな。魔法技能には確かに目を見張るものがある。だがどれだけ与し易い隙を晒してくれるというのだ? 戦馬鹿に当主に据えて頂ければ、政治も容易いだろう」
「口が過ぎるぞイザル。ククク……」
イザルと呼ばれた美少年を、エルナトは小突く。
鮮烈なピンク髪を肩もとで切り揃えた、美少女にも見えるイザルは口角を歪める。
いくら武力に長けているとはいえ、それに比例して警戒する貴族たちも多くなる。
権力関係図に基づく利害闘争により背後から邪魔されてしまえば、戦争どころではない。
数の暴力で押し潰されてしまえば、いかなる英雄も敗北を喫するのが道理。
飛び出た杭は打たれるものだ。
青髪の美少年は未来予想を脳内で行い、自らに都合のいい目算を的確に弾き出す。
そして満足げに何度も頷きながら、一言漏らした。
「アルコル侯爵の時代が過ぎ去れば、次は俺たちの時代だ」
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