第3話 「アルタイル誕生」
ベルベットカーテンが部屋の片隅を覆い、中央に真白のシーツが敷かれた清潔なベッドが設置された殺風景な部屋。
一人ベッドに横たわり、荒い息を吐き、苦悶の顔を浮かべる女性がいた。
多くの白装束の人々が、その周りには忙しなく行きかっている。
程なくしてベッドに横たわる女性は大粒の汗を流しながら、一際大きな呻き声をあげた。
周囲の者たちはざわめきながら見守りつつ、魔法陣が発光とともに現れると女性に粒子が吸い込まれていく。
白装束の老婆が真っ白な布を携えて、女性の下腹部に手を伸ばすと小さな赤黒い何かが布に載せられた。
歓喜の声が一瞬上がるが、すぐにしんと静まり返る。
焦燥に満ちた一声が部屋に響くと途端に、雰囲気が一変したからだ。
「先生っ!? この子……息をしていませんっ!?!?!?」
「何っ!? すぐに気道を確保し、人工呼吸をするんだ!!!」
白衣の老人がしわがれ声を張り上げて指示を出すと、慌ただしく人々は動き回り。
ベッドで荒く息を繰り返す女は虚ろな目で、その狂騒を眺める。
「……私の……赤……ちゃ……ん……? ……どうなって……るの……?」
「奥様! お休みになってください!!! 私たちが全力をもって対応します!!!」
恰幅のいい割烹着を着た女が彼女の視線を覆い隠すように立ち、赤子への視線を覆い隠す。
それと同時に小さなメイド服を着た銀髪の少女が、水の入った桶を部屋に持って入室した。
周囲の殺気立った雰囲気から状況を察したのか、口を両手で覆い隠した。
「強心剤を投与する!!! すぐ用意しろ!!!」
「はっ……はい!!!」
白衣の老人が血走った目を見開いて、ぐったりとしている赤子を触診しつつ、口頭で合図すると。
白装束の集団がかざした手から魔法陣が次々と浮かび上がり、赤子へと収束していく。
柔らかい緑の光が部屋に広がっていくが、医師の額には汗が沸々と湧き上がる。
そこから一筋垂れた雫が、床に流れ落ちた。
だが彼は集中力を切らさず、視線を一点に固定したまま離さない。
「…………!!!」
懸命な救命処置が続く。
奇跡への祈りが通じたのか、彼らが願う光景が現れた。
「……か……ひゅっ…………! ……ほ……ぎゃ……ぁ……」
「……! 息をっ……吹き返しました!!!」
「おおっ! やったぞ!!!」
「よかった……! 本当に良かった……!」
白衣の老人は赤子が弱弱しいものの、息をしていることを確認する。
しかし顔色一つ変えず、テキパキと指示を繰り返す。
慌てて人々は作業に戻るが、先ほどとは一変して誰もが笑顔となっていた。
赤子を生んだ女はしばらく呆然としていたが、赤子が生きていることがわかったのか。
はらりと涙を流すと、嗚咽を漏らす。
恰幅のいい女性も瞳から雫を流しながら、その肩をさすっている。
「よかったねぇ奥様……生きていてくれて本当に良かった……」
「ありがとう……助けてくれてありがとう……」
女の感謝の言葉に周囲の者たちは。涙を流しながら頭を下げた。
女は赤子を見つめると。慈愛に満ちた声で語り掛ける。
「生まれてきてくれてありがとう」
新たな命を慈しむ声。
血を分けた我が子にそっと触れる。
小さな手のひら。
反射からか本能からか、彼女の指を握り締めた。
「…………!」
金髪碧眼の非常に大柄な貴公子が、緊張感を伴いながらも静かに入室する。
彼の面立ちは冷静さを取り繕っているが、視線は絶えず部屋内を行き交っていた。
彼の妻と子であろう赤子の無事を知ったからか、安堵したように口角を緩めた。
「この子が……! よかった……!」
「私たちの赤ちゃん…………」
「頑張ったね。ありがとう……!」
美麗ながらも強面の顔立ちの彼は、優しげな声で激励と感謝を告げた。
しばしの間、夫婦の会話をする二人。
周りもそれを気遣ってか、その行動を尊重した。
「――――――――ぁ……ぅ…………カヒュッ……ぅ……」
そこに不穏な空気が漂う。
赤子が苦しそうに断末魔のような小声をあげて、苦し気に身悶えする。
その血色は生まれたてでも、誰もがわかる程に悪いもの。
父親となった男は焦燥感を伴った声で、真っ先にそれに気が付いた。
穏やかに雑談しながらも油断のない視線で、赤ん坊とその周辺を絶えず眺めていたからだ。
猛禽類のような目つきは明らかな異常をすぐに捉え、親として助けを求めた。
「なんだっ……!? この子はどうなってる……! 早く治療を!? 私たちの子どもを助けてくれ!?」
「急ぎ対応いたします! 回復魔法を切らすな! 私は原因を突き止める! 何かわかり次第すぐに報告を!」
老いたとはいえ名医と称される白衣の老人は、直ちに的確に指示を行う。
またしても緊迫した時間に突入する。
担当医として最大限の努力を重ね、治療効果は表れた。
赤子は先ほどよりも健やかな寝息を立てて、眠りについている。
大粒の汗が医師の額から拭かれながら、彼は途中経過を宣言した。
「よし。峠は越えた……ご苦労。経過観察を厳戒態勢で行い続けろ」
「「「「「はいっ!」」」」」
「よかった……助かったみたいだ……」
「ありがとうございます皆さん……本当に……」
不安の境地で神々に祈っていた夫妻。
感謝の言葉を述べた彼らは、子どもの無事に胸を撫で下ろす。
そこに老いた医者が素早く寄る。
何事かとそちらへと顔を向けた二人は、両者とも固い面持ちで応じた。
「失礼。診断結果が出ましたので、報告させて頂きます。どうかお気を確かに、最後まで聞き届けて頂きたく」
厳かに診察内容を知らせるために、姿勢を正した白衣の老人。
厳しすぎる表情と、危機感が匂わされた前振り。
夫婦は息を飲む。
「ご子息は先天性の免疫不全疾患でしょう……」
「そ……んな……」
「……」
赤子を生んだ女が、隣にいる男に泣きながら縋り付く。
女の頭を片手で抱き留める、男の表情は硬い。
覚悟はしていたのだろうが、やはり信じられないといった様子だ。
強く歯ぎしりをし、必死に涙をこらえている。
白衣の男はその様子を見て、言いにくそうに言葉を絞り出す。
「その他多臓器不全をはじめ、様々な疾患をお持ちです。奇跡的に命は繋ぎ止めましたが、予断を許さぬ状況です。医療チームが持ち回りで、昼夜を問わず経過観察をさせます。しかしいつ容体が急変するかはわかりません。神のみぞ知るでしょう……」
「わっ……私が丈夫に生んであげられなかったから……! 私の体が弱かったから……!
私のせいで……!」
「……君のせいじゃない……誰のせいでもない」
さめざめと泣く女を暫し宥めると、男はよろめきながら椅子から立ち上がり歩き出す。
白衣の男は悔しそうに、その後ろ姿に深々と頭を下げる。
「今は生存本能からか自己に宿る莫大な魔力により、自己回復をしています…………魔力持ちの幼児に稀に見る現象であり、そのおかげで一命を保っているといっていいでしょう」
赤子の様子を再度見据えた金髪の男性は、再び椅子について力なく項垂れた。
白髪頭の医師は一旦口火を切り、歯切れの悪そうに言葉を絞り出す。
「……しかしそれでも体力には限界があります。ご子息様が気を失えば、自己回復は望めないでしょう。医療班が昼夜を問わず外部から魔法を絶え間なくかけていますが、補填できる体力より、喪失する体力が常に上回っているといっていい状況です。無念の極みではありますが力及ばず……弁解の言葉もありません……」
肩を落とす医者の言葉に、わなわなと唇を震わせ。
女は顔を真っ赤にさせて、嗚咽と共に悲鳴をあげた。
愛する我が子の陥る苦痛。
病魔に冒され、明日生きることさえ叶いそうにない小さな体。
泣き声さえあげることもできないこの赤ん坊の病態に、余りある嘆きを天へと発する。
「あの子が何をしたというの!?!?!? 生まれてきたばかりで何もできないあの子が悪いことをしたとでもいうの!?!?!? なんで……! なんでなのよっっっ!!!!!」
女は半狂乱となり、美しい金髪を振り乱し泣き叫ぶ。
男はそれを押さえつけるように、女の頭を胸に抱え込む。
親の自分が何もしてやれないことを悟れば悟るほど、胸を苛むものは大きくなる。
意気消沈した三者は、それから有意な言葉を失くした。
どれほど時間がたったであろうか。
夫があやすように妻に向けて語り掛けつつ、その背中をさする。
女は叫び疲れたのであろうか、倒れ込むように寝入った。
男は女を大切そうにそっと抱え、枕に彼女の頭を寝かせた。
だがその表情は険しく、悲痛に満ち満ちていた。
男は格子付きのベッドに眠っている赤子の傍によろめきながら近づくと跪き、格子に手をかけて縋りつくように祈りを捧げる。
その顔には苦悩と、そして震えるように吐いた言葉は悲嘆と無力感に打ちひしがれていた。
子を想う親心。
この世界で果たして神に届くのであろうか。
「神々よ……私にできることなら何でもします……! 対価が必要ならば私のすべてを……命すら捧げます……! どうかこの子を……この子を助けてください……!!!」
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