第28話 「ダンス・マカブル」
テンポを合わせて……! 足を踏み出すっ!!!
ドン!!!!!!!!!!
「ヒッ!?!?!?!?!?」
ノジシャは俺の踏み出した先にあった自らの足を勢いよく引っ込め、怯えた声を出す。
あれれぇ~~~?
「ちょっ……!? 危なっ……! えっ!? 足っ!?!?!?」
従姉の女の子はひどく動揺しているようだ。
俺も混乱している。
何時の間にか音楽は鳴りやみ、楽士は口をあんぐりと開け。
俺を信じられないといった目で見つめている。
なんだその顔は。
無礼打ちされたいか?
ノジシャは息荒く、蒼白な表情で俺の足を見つめていたが。
息を整え少し瞠目すると、落ち着いた声で俺に哀願するようにミスを戒める。
「あのね。そんな強く踏み出したら危ないでしょう? 女性の足を踏まないようにするのがマナーよ?」
「ごめん……」
「うふふ怒ってないわ。誰だってはじめてはあるものよ。もう一度やってみましょうか」
膝まで届く長髪をした心優しい女の子は、朗らかに俺に笑いかける。
ノジシャたん!!! ごめん俺頑張るよ!
「ノジシャ……ありがとう!」
「いいのよ。リズムは1,2。1,2。よ。このリズムと足のリズムを合わせて、足を決まった場所に軽く動かすのよ。軽くだからね?」
「あぁ! トライしてみるわ!」
俺はリズムに合わせながら心の中で拍子を打つ。
1,2。1,2。
……よしここで……! こうだっ……!!!!!
ズドン!!!!!!!!!!
ダン!!!!!!!!!!!
ズダン!!!!!!!!!!!!
バキッッッッッッ!!!!!!!!!!!
「いっっっっったーーーーーいっっっ!?!?!?!?!?」
ノジシャが涙目で足先を抑えながら蹲る。
目から涙が止めどなく流れ落ち、しきりに唇が震えている。
あれれれぇ~~~~~?????
「ノジシャごめん! 大丈夫!?」
「お嬢様っ!?」
楽士は泡を食ったという様相で、楽器を放り出しノジシャに駆け寄る。
彼女は脂汗を搔きながら、荒く浅い息をしている。
「痛いかもしれませんが靴を脱がせますね!?」
「あわわわわわわ……」
やっべぇ!? 相当痛そう!?!?!?
楽士の発言にも、ノジシャは歯を食いしばって頷くことで意思表示をすることしかできないようだ。
楽士はノジシャの靴を慎重に脱がせると、足首の下側付近が踏まれたせいで赤紫に鬱血し。
いたく腫れ上がっている。
あわわわわわどーしよどーしよどーしよどーしよ!?!?!?
「お嬢様! アルタイル様! どうかここでしばらくお待ちください!!! 私は回復術師がいるか探してきます!!!」
「……フッ……………クゥッ………………ウッ………」
「ははははははいぃ……………あっ待ってください!!! 回復魔法使えますっっっ!!!!!」
ノジシャは苦しみに呻く。
俺は楽士の大声に押されて思わず肯定してしまったが、自分が回復魔法を覚えていたことを思い出す。
いや~焦りまくってたから、すっかり忘れてたわ。
失敗失敗。
「えっ……? それは本当なのでしょうか……?」
楽士は足を止め、疑うような目で俺を見る。
おい何だその目は!!! 俺は貴族様だぞ!?
ったくこの緊急事態だ。寛大な俺だから許してやる。
どれ……回復魔法を使って証明してやるとしますかぁ!!!!
「『Sanatio』」
俺が呪文を唱えると魔法陣が起動し、ノジシャの変色した足の怪我部に緑の光が優しく降り注ぐ。
見る見るうちに変色していた患部が消えていき、ノジシャの美しい白い肌に戻っていった。
「…………!!!」
「……信じられない……お嬢様と同い年くらいなのにこれほどの魔法……しかも回復魔法……? まさかうちの術師より……」
がーーーはーーーはーーーーー!!!!!
それ見たことかーーーーー!!!
俺が嘘つくわけねーだろボケが!!!
こちとら魔法のジーニアス様やぞひれ伏せ!!! あぁ!?!?!?
楽士はあまりの驚愕に目を丸くし、言葉も絶え絶えである。
ノジシャも足を撫でながら吃驚しているようだ。
「ノジシャ動けるかい? 回復魔法をかけたんだが異常はないかな?」
俺はノジシャに落ち着いた声で話しかける。
完璧なるイケメンムーブ!
多少アクシデントはあったが、結果よければすべてよしってな!!!
俺の魔法を見せつけるいい機会だったぜ!!!
「……えぇ。問題ないわ……怪我を治してくれたことには礼を言うわ」
「何、当然のことをしたまでさ」
はーーーーーん!!!
そんなにありがたがれると天狗になっちまうぜ!
参っちまうぜ!
でもそんなに礼をしたいなら俺のハーレム入りでいいぞーーー!!!!!
「アルタイル……」
「どうしたんだいノジシャ?」
もったいぶって、どうしたのかな?
愛の告白か?
そうかそうか!
小さなレディの初めての告白を急かすほど、野暮ではないぜ☆
いつまでも待ってあげるよお嬢さん♪ いやマイハニー♡
彼女の口がゆっくり開かれる。
俺はそれを今か今かと言葉が出るのを待ち、ついに――――――――
「ふざけんな痛いだろがぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「へぶっっっ!!!!!」
ノジシャの強烈なビンタが俺の頬に当たる。
マジ痛い。痛すぎて思考飛んだ。
「アンタあたしのアドバイスの一番大事なところをまず直せ!!! あと怪我させて回復魔法使えるならうだうだやってないでさっさと使え!!! あと何より!!!!! 怪我させといてヘラヘラされてんのマジでむかつくのよーーーーーッッッッッ!?!?!?!?!?」
「ふごッッッッッ!!! ごッッッッッ!!! ぐッッッッッ!!! ぶッッッッッ!!!!!」
ノジシャは俺の襟首を掴んで、さらに往復ビンタをかましてくる。
痛い痛い痛い痛い!!!
思考が現実に追いつかない。
一体何が起きているんだ……!?
「お嬢様っ!!! おやめくださいっ!!!」
「フーーーッ……! フーーーッ……!」
「…………ぶ………ぅ……」
楽士の必死の制圧で、興奮状態のノジシャの暴挙は止められた。
俺の愛くるしい顔は、赤いハリセンボンみたいにパンパンである。
なんで?
「全く……少しは反省しなさい……!」
「お嬢様……」
「…………ふぁい」
ノジシャは腕を組むと、般若のような顔で俺を睨みつける。
俺は泣きながら自分の顔に回復魔法をかける。
回復魔法取っといてよかったよぉ……
俺が顔を治療し終えると、楽士と話し込んでいたノジシャは俺に告げた。
厳しすぎるよぉ……
「アンタの殺人ダンス(死の舞踏)に巻き込まれたら、冗談じゃすまないわ。今後人様を怪我させることのないように、ここで人として生きる上での最低限のダンスを身につけなさい」
「はい……」
「とりあえず一人でさっきみたいに踊ってみなさい。さっきの反省を踏まえてね」
「はい……」
俺はか細い声でノジシャ様の言葉に従う……怖いよぉ……
でも殺人ダンスは言いすぎだよ。
ちょっと俺の足が腕白なだけじゃないか。
だがあまりの恐怖に俺がそれを告げることはなかった。
俺は再び粛々とダンスを踊り始める。
ドン!!!!!!!!!!
ズドン!!!!!!!!!!
ダン!!!!!!!!!!!
ズダン!!!!!!!!!!!!
ふぅ……ざっとこんなもんかな?
一仕事終えていい汗かいたぜ……
ん? どうしたんだみんな?
何かあったのか?
「どうして……『みんなどうしたんだ……?』みたいな顔ができるの……???」
「なっ……!? ガキが……言わせておけば……!」
なんだとこいつ!?
頑張った人間に何て失礼なことを言うんだ!?
信じられない……!
俺が肩を怒りに震わせていると、ノジシャはため息を吐く。
「あなた……どう感じた?」
「…………すごいですねこれ……」
楽士はしばらく口をもごもごさせ目を泳がせていたが、 引き笑いをしながら言葉を絞り出した。
もしかして……万が一の確立だが……ひょっとして……念のため聞いておくけど……
「もしかして…………俺のダンスってやばいのか……?」
「この地獄のような現実を受け入れて。あたしも受け入れるから……」
質問すると彼女はこめかみを抑えながら、嘆くように呟いた。
楽士は居心地悪そうに目を逸らし、俯く。
「とにかくやれるだけやりましょう……」
「……」
俺はほろりと涙を流し、首を縦に振る。
涙とは、苦い味だ。
「現実が……どこまでも邪魔しやがる......!」
俺は残酷すぎる真実に打ちのめされていた。
これ改善しているのか……?
不毛に見える作業をずっと繰り返しているかのようだ。
こういう拷問あったよね?
「限界を感じた」
ノジシャは死神のような表情で、ぼそりとそう口にすると。
それきり死人のような表情で、ぼそぼそと目につくアドバイスをするだけの人形になり果てていた。
俺は心と体と共に心底疲れ果てていた。
今世一のくたくただよぉ……
恐る恐るノジシャにある提案をした。
「ねぇ……もうやめない?」
「そんなの地獄への道連れを増やすことだってわからない?」
ノジシャが急に底冷えのする声で、俺にガンを飛ばしてくる。
おっかねぇ……ふえぇ……
従姉の少女は首を搔き切る動作をして、俺に死刑宣告をする。
「疲れたなら回復魔法があるわよね? やれ」
「はい……」
俺は悲鳴を上げる足に回復魔法をこれでもかとかけ、泣きながら踊り続ける。
それはさながら童話に聞いた、赤い靴の現実化のようであった――――――
「うん。今のはよかったわ」
かれこれ数時間は踊り続けている。
俺の足は棒のようだ。いや棒だ。
だが疲れのせいか足の無駄な力が抜け、無暗に力強く踏むことがなくなってきたようだ。
「後は足の位置を、正確に動かせるようにしましょう。」
「わかった」
俺は目標を新たに設定し、練習を再開した。
足は常に限界を突破している。
つらすぎるでしょ。
ダンサーって奴らマジやば……
「俺、絶対必要最低限しか踊らないことにする……」
「そこで踊ることを諦めた辺り自分を知ってるわね」
「ぐうの音も出ないっすわ」
そんなこんなで波乱万丈あったが。
俺のダンスは一日かけて、ようやく他者を害しないというレベルに到達した。
「はぁ…………子育てって大変なのね……」
ノジシャは長い長い溜息をつくと、一言そう漏らした。
俺たちの長い長い一日はそうして終わった。
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