第240話 「木陰に潜む、謎の存在」
地獄の撤退戦のさなか、アイテムボックスに入れていた食べ物と水が大活躍し。
そんなこんなで士気低下が顕著となっていた軍人たちより、圧倒的支持を受けたのであった。
諸侯や聖騎士たちよりも安堵と歓声に迎えられ、アルコル家の発言力は天井知らず。
しかし目端の利く者、王国騎士団長や聖騎士団をはじめ、アルタイルマジックへと疑義が生じるのは明白。
現状は食糧配給から明確な疑問は伝えられていないものの、明らかな疑いの目は向けられていた。
ガチの何もないところから食い物が湧いてきたのだから、どう考えてもおかしいし。
アゲナやイザルの手の者だろうか。.
商人と下士官の不自然な接触は急に増大し、俺はアルコル家の陣中ド真ん中にて厳重監視下に置かれていた。
「流石はアルフェッカ様で御座います!」
「神算鬼謀とはこのことを言いますな!」
「本当はこの作戦が終わり次第、提供するつもりだったが。やむを得ないからな。代わりに気張ってほしい」
「これだけの美食を頂き、我らも一層に粉骨砕身する所存でございます」
兵たちは機嫌よく美食の数々を囲んでいる。
俺でもめったに食べられない品々に舌鼓を打ち、諸軍の総大将へと賛辞をしきりに述べていた。
これらアイテムボックスに入っていた保存食の数々は、父からの慰労として秘密裏に運ばれていた物品という事になった。
書類にない物資の山を、輜重兵は怪訝な面持ちで眺めていた。
しかし父上の軍機という後ろ暗い命令に黙らされる。
以前アルコル家は色々疚しい『アレ』を王家にも無断で持っていたし、それが賢明だよ。
特定兵科の兵員らは闇を感じたからか、脂汗を掻きながら震える声で返答していた。
そんなこんなでお手柄を取られたことになるが、俺は素直に譲ってやるのだ。
トラブル塗れの当軍行で、余計な口出ししてストレス増やしたくない。
だって結局解決してない問題多すぎて、先行き見通せなさMAXだもんハァ~鬱鬱鬱。
「おいしーい!」
「……!」
チョコンと可愛らしく座って、無心に食事に耽っている護衛ロリ二人。
白濁液塗れにしてぇ~
錯綜する情勢下でのストレスあるいは緊張のせいか、彼女たちも口数が著しく減っていた。
そんな我が嫁たる女の子たちも、今は機嫌よさそうにしている。
飯は大事。
なぜ軍で重要視されるか、この劣悪環境が実体験として教えてくれて涙ちょちょぎれる。
「甘味は特に兵たちのストレスを緩和してくれた。菓子が多めに入っていたことは、実に喜ばしい」
「しかし膨大なる物資も有限。数日はこの大軍も持つでしょうが――――――」
物質的満足を兵員に提供したことで、士気が急速に高揚できた。
叔父上は言いかけていた言葉を切り、言い淀む。
明確な軍事的優先順位が定まらない事、情報が欠如していることに危惧したからだ。
致命的な危機に直面した際に、最後に体を動かすのは意思だ。
命を捨てることとなっても、使命感や責任感、集団意識、プライド、あるいは勇気で自不発的な行動を促せられる。
しかしこの綱渡りの状況が続けば、抗命や戦争神経症が多発するだろう。
士気低下が顕著となれば、あっという間に全軍に伝染し組織的な戦闘が困難になる。
撤退行動は敗走に変貌し、この敵地において脱走が相次いで部隊が消失するという、最悪の予想がなされてしまう。
「物資の確保に煩わされることなく、予定より大幅に早く進むことができたが……ここは既に事前調査していた地点よりも大幅に奥地。かつ情報と連携にあまりにも――――――――」
数多存在する懸念点を金髪碧眼の最高指揮官は口にしながらも、奇怪な形状の草木が生い茂る中を麾下は踏み入る。
熱帯雨林でも何日もいると慣れてくるものはあるが、非常に不快な生活環境だ。
この密林には多種の生物が存在しており、それらの鳴き声がしきりに聞こえてくる。
動植物の多様性がとにかく広範で、少し進むにつれて新種の生物を発見する程だ。
今まで耳にしたこともないような音域の地鳴き諸々に、不気味がる者たちがほとんどで足取りは重い。
湿った枝を踏み折るくぐもった破砕音が、生々しい異境の滞在を実感させる。
現実的でない現実を突き進み続けること自体が、ストレスを課す。
たまに出現する魔物の遠吠えと無音の襲撃が、恐怖を助長する。
特段強いわけではない。
それでも緊張感を常に強制されるわけで、気力を削られる。
「なんだあれは」
「止まれ。確認を」
茂みの奥で、また何か物音がした。
アルコル軍は目敏く発見し、異音へと警戒を促す。
視界を遮る木々の山、
湿度が高く、多くの汗が流れ落ちる。
間違いなく再び何かが始まる。
「――――――――!」
識別すべく進んだ先に、素顔は見えた。
潜んでいたのは人型に近い形状の生物。
もちろん魔物だ。
「……!?」
しかしその実態は意外過ぎるもので。
半人半鳥の美しい女性の外見を持つ存在であった。
『ぴぃ』
木陰にて捉えたのは、幼くか細い声。
少女的な音域の高い、透明感がある美しいハイソプラノ。
まだ声変わりもしていない楽器のような音色が、彼女の喉から聞こえる。
サバイバルの先で突如として遭遇した、羽の生えた美少女。
しかしその姿は痛々しい。
つぶさに観察してみると羽が折れており、喉も潰れているのか大きな傷痕があった。
いや。あれは既に治癒されているのか。.
一目瞭然に歪んだ形で固定化されていた。
「なんだ……女の子?」
「……」
誰にも聞こえないくらいの低音量で思わず呟く。
ステラとルッコラは俺の前へと庇う態勢をとり、護衛の任に就く。
なぜ彼女がこの場にいるのか。
何が起きているのか。
そして彼女は何者か。
身の危険は守護者たちへの信頼から低下したものの、それらすべてが疑問として渦巻く。
思考が迷走する中で、博識な父は即座に正体を同定したようであった。
「あれは……ハーピーか?」




