第239話 「Unique magicae」
「固有……魔法……?」
なんだっけ?
何か聞いたことはあるかもしれないが……忘れた。
忘れたという事は、大したことではないのだ。
なんだかお菓子食べたら眠くなってきたし、父上にイジワルされて疲れたし早く寝たいの~
「世界で一人だけ、あるいは一族だけに伝わる、特殊な魔法のことを指す。アルタイルの起こした先程の現象が合致するだろう」
叔父上の的確な説明に記憶の底から何か蘇りかけたが、すぐに靄がかった。
そして父上が捕捉を入れる。
「未だに解き明かせていない魔法現象だ。魔眼はこれに含まれる。つまり魔法陣を介さない固有魔法も多い。強力なものが多く、過去には使用者を奪い合いになったりした歴史もある」
そんなものがあったのか。
魔眼も含まれるなら、以前戦ったバジリスクの石化の魔眼が当てはまるか。
つまりアイテムボックスは固有魔法、って伝えるべきだったってこと?
だったら土を出すのは固有魔法って言っておいた方が、魔法陣破棄だと誤解され王都で諮問会議に呼ばれた時に面倒臭くなかったかも……
完璧に後の祭りだが。
「はぇ~そんなものだったんですね~」
「なんかもう疲れてきた……それはさておきアルタイル。お菓子どれくらい入っている?」
「10年くらいは毎日のようにお菓子入れてましたし、社交会とかでおいしそうな料理があったら入れてました! 結局ほとんど食べなかったけどぉ」
遠征任務の時につまみ食いしてたくらいか?
でも食欲ない時が多かったし、そんな時にでも周りの兵士に詰め込まれるように食わされたからな。
飯を食うのも修行とか、体育会系全開で。
ぶっちゃけ食うタイミングがなかった。
でも前世の影響で食糧貯蔵が、半ば習慣化してたからな。
「でかした! よーしよしよしよし!」
「てへ!!!!!!!!!」
父上は機嫌を直したのか、息子を褒める。
やっぱり俺は偉いんだな!
「まさかだが魔法陣破棄で出していた岩とかも、これで出していたのか」
「えへへぇ……そう……なりますねぇ……?」
そういえばそういう設定だった。
怒られるかも……?
もじもじと愛想笑いをしながら、父上を見上げる。
「この子は魔法陣破棄の技術を、勘でやっていたと言っていましたからね……」
「天才の説明には理解できないものだと納得しながらも諦めていたが、そういったことだったのか……どうやったのか聞き出すときには、本当に苦労した……結局聞けずじまいで徒労に終わったが……」
心底疲れ切った表情で両者はタイミングを合わせて項垂れる。
こうしてみると兄弟だってわかるな。
なんだかおかしくなって、つい笑ってしまった。
「アハハ!」
「アハハじゃないの! 噂を聞いた王国魔道院からの追求で大変だったからね!? 答えられもしないことを延々と詰問された私の身にもなりなさい! ただでさえ陞爵式の後とか忙しかったのに!?」
「むにゅにゅぅ~痛ふぁいでしゅぅ……ごめんなしゃいぃ……」
「むにゅむにゅ言わない!? 本当にまったく!」
父に両頬をつねられる、可哀そうな息子。
秘匿していたことには理由があったからなのに……
そういえば陞爵式の後にも、シファー宰相の嫌がらせにより、外交に奔走していた父上。
そこに追い打ちをかけられるように、『新種の透明の魔物』戦での報告について諮問会議が開かれていたな。
多分だがあれはアルコル家の外交を、邪魔するための嫌がらせでもあったのだろう。
俺も頑張って報告していたが、大貴族たちや官僚は偶に頭を抱えていたな。
きっと俺の巧みなる英雄譚の披露に、嫉妬していたんだろう。ざまぁみやがれ。
途中から俺は参加しないようになったが。それで父上の負担は増したかもだが、俺のせいじゃ無くない?
「みんな忙しいのに、お前が長々と自慢話ばっかりするせいで……あの時ばかりは諮問会議にいた全員が、お前を参加させないで家に帰すことに決めたんだからね! ほかに隠していることはないね? 怒らないから正直に言いなさい」
「な、ないですぅ。多分ないはず……えへへぇ……」
たくさんある。
しかし愛想笑いで誤魔化す。
でも言えるはずがない。
そんなことをしたらトート様に、テフヌトに何をされるか。
父上を巻き込むわけにはいかない。
俺は目を逸らしながら答える。
父上は俺の目をじっと見つめていた。
「でも何か異常があったらすぐに言うんだよ!? お前はまだ子どもで、体が弱いんだ。本当に、心配をさせないでくれ……!」
「……はい。父上」
俺を抱きしめて、頭を撫でる父上。
でもね。父上に絞められた頭は凄い痛むんだ。
頭を撫でられても、痛いの痛いのは飛んでいかないんだよ。
「アルタイルがアイテムボックスと言っていた固有魔法。これは単なる倉庫としてではなく、軍事的にも絶大なる……」
「あぁ。これは革命的だ。輸送にかかる労力が、ゼロに近い。魔道具の部類まで、隠して輸送できるならば……人払いをせよ。詳しく検証したい」
叔父上が真顔で思案しながら、
父上も深く同意し、その利用価値の多様性を次々と考案していく。
俺もどうやって使っていたか、どんなことをできるか思い出しながら伝えた。
実例を交えて説明をしていくうちに、様々なことが分かったようだ。
「―――――そんな感じで使えます!」
「なるほど。それは敵に欺瞞情報を与えるという事も、可能という事。初見殺しにも程がある。裸で貴族の屋敷に入っても、装備などを出しても露見しない……しかも魔力を一切感じない。意表をついて、暗殺なども可能だろう」
父上の言葉に、さらに表情を険しくした叔父上。
そんなこともできるの……?
心清らかな俺には思い浮かばなかった。
「輸送においては……こんなものがあれば、誰でも国一番の大金持ちになれるだろう」
「そうなんですかぁ……?」
どうやって金を稼ぐんだ……?
難しくてよくわからない……
あぁ! 重いものを運ばなくて済むからかな!?
沢山運べるし!
「アルタイル。これを使って、悪いことをしては絶対にいけないからね。こんなものがあると知られれば、お前は誰からも狙われるだろう。お前の再生魔法と同じくらい、いやそれ以上に危険なものだ。知られたら浚われ、いや殺されかねない」
「ひぃぃ……悪いことしません……」
そこまで危険なの?
そんな怖いことしないよ……
俺はいい子で有名だもん。
貴族の悪いオジサンたちも、それをわかってくれればいいのに……
「この子が直感的にか、隠しておいたことが、不幸中の幸いか……本当にだれにも言ってないんだね?」
「言ってないですよ! えへん!!!!!!!!!!」
「…………はぁ」
そのくらい俺にもわかるぞ。
そう思いながら胸を張るが、何故かため息をついている父上。
でも暗殺? そんなことしないわ!?
そんなことを思いつかない俺は、清らかな心の持ち主なのだ。
なんだか父上はこめかみを抑えて、無言になってしまった。
叔父上も哀愁漂う、やるせない表情を浮かべている。
長く辛い行軍で、二人も疲れているんだな。
おのれ魔王たち。許せん。
後で労わってやるとしようか。
「とりあえず今出せる食べ物を出してくれないか? 空になった荷車に積んでほしい」
「わかりましたぁ!」
どんどん出てくるお菓子の山。
山のように積みあがっていく。
一つの馬車だけじゃとても足りず、思ったよりも多いな。
毎日のように商人が付け届けをしてくるものだから、処理できないほど溜まっていたのだ。
キララウス山脈遠征の時とかに備えて、おやつに入れてたなそう言えば。
あとパーティでお気に入りの食べ物を見つけたら、秘かに入れていたのだ。
父上は複雑な思いが入り混じったような、嬉しいとも表情で見物する。
「お菓子ばっかり……エビフライも……つまみ食いが大好きだとは思っていたが、こんなことをしていたとは」
「子どものイタズラが幸を為したというのも、もどかしい限りですが……今は降ってわいた幸運に喜びましょう」
喜ばしい事態だというのに、物憂げな両者。
素直に喜べばいいのに。
だが気が立っている二人には言わない。
俺は器が大きいので、許してあげた。
「あっ! 魔道具もたくさんありますよ!」
「何っ!? そうか! お前が製作した魔道具があるのか! でかしたぞアルタイル!」
「キャハ!」
先ほど魔道具の話になったから、思い出した。
100.200……次々と出てくる攻撃兵器を見て、驚天動地といった声の父アルフェッカ。
魔道具も大分捨ててきたからな。
だが俺はコツコツと努力出来る子なので、それ以上の魔道具を準備していたのだ。
テフヌトに命令されたからではないぞ。
彼女に勧められた戦法が理に適っているからだ。
俺は父上に抱えられ、持ち上げられながら回転させられた。
くるくると回る父上と俺を見ながら、叔父上は
「アルタイルが最近熱心に力を入れていた魔道具製作。それがここで功を為したとは。そうか! アルタイルは無尽蔵ともいえる魔力を最も生かせるのは、魔道具による飽和攻撃。魔道具製作も魔力さえあれば、大量に制作できる……! それに自分で気が付くとは、大した子だ……! まさかこの状況も予測してアイテムボックスに入れていたのか!?」
「偉すぎるぅ~~~! アルタイル偉すぎて偉い! 偉すぎて可愛すぎるぅ~~~~~!!!!!!」
「い……痛すぎるぅ~~~~~!?!?!? 目が回りすぎるぅ~~~~~!?!?!?」
父上にもみくちゃにされる俺。
抗議の声は風に流されて消えていった。
ようやく地面に降ろされるが、美少年英雄はぐったりと横たわる。
視界の端で叔父上はお菓子の過去を手に、何やら考え込んでいた。
「兄上。賞味期限を見てください。これは……」
「…………三年前か。まるで作り立てのようだ。後で毒見をさせるが、腐ったようには全く見受けられない。という事は―――――――――」
お菓子の詰め合わせを見ながら、父上たちは何事かを話している。
そして目を細めて、容器の記載事項を眺めていた。
その言葉は空に吸い込まれていった。
「―――――――――ゾッとしないな」




