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第236話 「兵たちの動揺」




 配給を終え、軍議の結果を聞きに行く。

 どんなに戦場で追い込まれても、悠々としていた父上。

 しかし彼も顎に指を添え、いつもよりも思考に没頭している。




「水は当座は凌げるが、食料がなければ塩もない」


 戦略を練ることで勝てるなら、彼に任せていれば最高の策を用意してくれる。

 しかしそれよりも高次の兵站問題。

 補給が無いという事は、いくら頭を捻っても解決できない。


 ここは前人未到の敵地で、補給が難しい。

 これが人類国家間の戦争で、どこに食糧があるかわかっているのなら略奪や交渉で話は済む。


 しかしここは魔王領域で、何が食べられる動植物なのかすら判然としないのだ。

 未知なる果実やキノコなどは散見されるが、こんなの食べて腹壊すとか更に体力を消耗するだけ。

 有志にてパッチテストを行うも、これらを少量採取したところでたかが知れているだろう。






「アゲナ殿。持ち込まれた糧食の概算は如何に」


「この軍の規模ですと、すべての商品を捌いたとしても数日も持たないかと……」


「そうか……了解した」


 酒保商人として来ていたアゲナも、無事に合流できていた。

 彼はどうやってか、多くの物資を保護できていた。


 だが彼の商隊だけでは全軍の補給を担えるわけでないのは、自明である。

 あくまで彼らは補助的役割でしかないのだ。




 魔力枯渇してしまった兵も散見される。

 魔力とは自分の生命線のようなもの。それがなければ戦地では、武器を持たないことと同義であろう。


 女魔法使いが泣き叫ぶ。

 追い詰められた状況は彼女のキャパシティを越え、精神の均衡を乱したのだろう。






「もう魔力だって尽きちゃったし……どうすればいいのよ!?」


「それはあなたが撤退する時に、魔法を乱射していたからじゃないの! 危なっかしくてしょうがなかったわよ!」


「なによ! 私のせいだって言うの!?」


 ヒステリックに言い返し、ヒートアップする口論。

 言い争いに関わりたくないと、周囲は距離を取る。


 体力を消耗したくないし、不毛な争いに加わることは避けたい。

 精神的に疲弊し、全くの他人に関与できる余裕もない極限状態なのだから。




「そんなこと言ってない! だからって他の人に迷惑をかけていい話にはならないでしょ!」


「あなたが私を王国騎士団に誘わなきゃ、こんなことにはならなかったのよ!」


 地団太を踏んで、みっともなく泣きわめく研究者然とした風貌の妙齢の女性。

 軍隊行動に慣れていない新兵が、時折見せる行動。


 この女性は恐らく……

 年齢や風貌などから察するに件の王国魔道院長失脚事件により、王国魔道院を追放された者かもしれない。

 サバイバル同然の絶望的な戦況において、ほぼ民間人メンタルの彼女は精神のタガが外れてしまったのだろう。




 オーフェルヴェーク侯爵の失脚により、職を追われた王国魔導院の職員は更迭され、前線へと送り込まれた。

 その集団は体力がないし、戦闘には疎いため足並みが揃わない。


 それに教会からも更迭された者たちがいる。

 他の軍属に比しても、士気が異常に低い。


 こいつらをシファー宰相は俺たちに派遣しようとしたのかと考えると、更に鬱になってきた。

 周りのアルコル家の兵士たちも露骨に顔を顰めて、イライラし始めている。






「戦争になんか行きたくないから! 好きでもない男と結婚なんてしたくないから、必死に勉強して、王国魔道院まで上り詰めたのに! もう散々よ!?」



 その口ぶりからしてオーフェルヴェーク侯爵の一軒で更迭された、王国魔道院の方だったらしい。

 やはりそうだったか。


 件の『狂気の魔道具』流出事件の煽りを受けて、研究職を首になったのだろう。

 彼女がオーフェルヴェーク侯爵の係累の者かは伺い知れないが、とばっちりで干されたのだ。




 悲鳴のような号哭を漏らす。

 無理もない。自らが積み上げてきた努力が、水泡に帰したのだから。




「今更……結婚なんてできるわけないじゃない……若くもないし地位も名誉も財産もない、そんな女があてがわれる男なんて、どんな男か! それどころか無事に帰れるかも!? いやいやいやいやいや!」


「女。いい加減に黙れ。命令だ」


「もう散々よっっっ!? 死にたくないぃぃぃぃぃもうイヤァァァァァ」


 上官が気づいたのか、苛立ちを滲ませて近寄って命令を下している。

 ついに金切り声を上げる女兵士。

 周囲の兵は彼女から距離を取り、不愉快そうに顔を顰めている。




 そして変化が訪れる。

 業を煮やした騎士が進み出て、範を示そうとしたのだ。

 鳩尾のあたりに拳で衝撃を加え、鉄拳制裁にて強引に沈黙させる。


 だが相手は女で、顔などは狙わないようにしているだけで有情。

 兵士たちが暴走して襲い掛かる前に、汚れ役を買って出てくれたのだろう。






「抗命罪だ。現在処罰を加える状態にはない、処分は追って伝える」


「ゴホッ……申し訳……ありま……せん……もう……ぶたないでください……お願いします……」


 仕方なく殴って無理やりに黙らされた。

 女は腹部を抱えて、嘔吐しそうなのか激しくえづく。


 恐怖の視線で騎士を見上げて、泣きながら立ち上がり謝罪した。

 当の殴った騎士も、苦み走った表情で顔を背けた。






「これだから女は……」



 ここは軍隊。命令不服従は、男女を問わず罰を与えられる環境。

 抵抗しようと藻掻いていても、恐怖で大人しくならざるを得ない。

 そのような強圧的な統制がまかり通る、そうしなければ生き残れない戦場。


 誰かがポツリと漏らした不満。

 しかし非常に重い空気で満たされる。




「お前ら!!! 俺がついてる! この英雄のアルタイル様がだ!!!」



 せめてこの雰囲気を払拭しよう。

 そう思い至り立ち上がって、言葉にて鼓舞する。

 心が滅入ってしまえば体まで重くなるのだと、前世でよく実感したのだから。




「――――――そりゃ英雄様は死なないでしょうけど、飯が足りなくなったら俺たちは、真っ先に見捨てられて死ぬんすよ。それも餓死で」


 ボソリと何処からか呟かれた、兵士の声。

 何か的確な答えをと思ったが、なにも思い浮かばず。


 有意な言葉を述べられることもなく、数拍置いて虚ろな言葉を返し。

 さらに空気は沈みこむ。




「…………そうならないように守るから!!!」



「「「「「………………」」」」」



「…………はは…………は……」



 反応なし。

 悲惨な程に白けた。

 あまりの痛々しい兵たちの無言に、虚しい空笑いをした。


 父上たちの方向を怖くて見れない。

 余計なことしちゃった……?

 ヤベ……逆効果だったらしい……






「貴様ら仕舞には……今まで何度も我らを、王国の民を守護してくださったアルタイル様を愚弄するかぁっ!?!?!? 誰だ!!! 今の言葉を出したのは!!! 叩き斬ってくれるわ!!!」



 顔を真っ赤にさせた気の短い壮年の騎士が、唾を飛ばしながら激昂する。

 英雄であり上官であり主君である俺への侮辱は、部下として看過できないものだからだ。

 軍隊秩序を保つためには、そうやって無理やりにでも統制を図るしかない。


 っぱコミュ症にはキツかったわ。

 俺のカリスマも、絶望感には勝てなかったようだ。

 どうしよう。俺からカリスマが取られたら、コミュ障が残ってるだけだよ。




「これより私語を禁ずる。強力な権力をもって諸君らを統帥せざるを得ない現状において、場合によっては最も重い処罰を与えなくてはならない」



 黙って推移を見守っていた父上は、無機質に現状確認をする。

 アルフェッカ・アルコルは冷徹な視線をゆっくりと投げかけると、誰もが怯えて視線を地面へと降ろす。


 この場にいる屈強な兵たちよりも大柄で、酷薄な美貌。

 絶対的上位者である、戦略の天才である大領主に逆らえる者などいなかった。




「…………ヒッ」


 どこからか小さな悲鳴が漏れる。

 最も重い処罰。極刑とはすなわち死刑の事。

 強権的手段にて無理やりに部隊は引き締められた。


 ここまで他の兵が、根性がないことには想定していなかったのであろうか。

 この場には俺くらいしかわからないだろうが、我が父も普段とは様子が違うように思える。






「英雄アルコル男爵への侮辱。大それた言葉です。今も生きていられるだけ、有難いと思いなさい」



 先程に合流してから黙りこくっていた聖騎士団長イリスちゃんは、視線をある一点に固定した。

 その先には顔が青ざめた若い青年が硬直している。

 もしかしたら彼が先程の言葉を放ったのかもしれない。


 いやどんな聴力だよ。

 怖っ……




「アルコル侯爵。物資の補充が急務と考えますが、いかがお考えでしょう?」


「今はまだいいでしょう。優先事項は平野諸侯の収容にある。それでもどこかで食料を探し出さねば。行軍すればするほどに、、離散した兵たちの合流が多くなればなるほどに、エネルギーは多く必要となる」


 話題転換をしようとしたのかは不明だが。

 イリスちゃんは父上に補給計画について確認をする。


 彼女もどういう思考回路をしているかわからない。

 ここまでのことがあっても表情が微動だにしないんだもん。




 エッチの時はどんな表情と喘ぎ方をするのだろうか?

 あらゆる性癖を網羅する英雄は、当然HEIZENも嗜む。

 目の前の鉄仮面女の痴態を想像すると、俺の表情はネチョついたものへと変化していく。


 マグロプレイせぇへんか?

 ボクがぁ……頑張ってぇ……腰ふっててもぉ……

 無反応でぇ……動くボクをぉ……ジッと見てぇ……ヒヒッ……






「しかしこの数の撤退を行うには、大軍を少数で倒すには、それを為せる優位地形などを探さねばならない。聖騎士団長殿。我々はそれまでの猶予を維持しなければ、現状を脱することは不可能かと」






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 『間が悪いオッサン、追放されまくる。外れ職業自宅警備員とバカにされたが、魔法で自宅を建てて最強に。僕を信じて着いてきてくれた彼女たちのおかげで成功者へ。僕を追放したやつらは皆ヒドイ目に遭いました。』

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― 新着の感想 ―
 こんな状況じゃ誰もが泣きたくなる……誰もが望んで戦ってる訳じゃない。相変わらずリアルな戦争描写、流石です!  低い士気、乏しい物質、圧倒的な窮地にアルタイル達がどう立ち向かうのか……次話も超楽しみ…
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