第233話 「ありえずはずのない異常」
議論が終わり次第に俺が一時間弱で魔法で道を整備すると、その場すべての者たちが感嘆の声を漏らした。
高位魔法を何十連発もしてピンピンしている英雄アルタイルを見て、畏敬の念を強める兵士たち。
多大なる賛辞が、この身に寄せられる。
承認欲求は満たされ、気分は絶好調へ。
鼻高々に出兵する。
「これだけの密林だと、移動にも一苦労だな。物見を放て。手隙の者は、脱落者がいないか常に監視せよ」
父上は情報を得るために命を下す。
あるいは何かをさせることで、気を紛らわせようとしたのだろう。
キララウス山脈と魔王領域の間にある拠点を出てから、暫くのことだった。
突如ある事実が告げられたのは。
「―――――――――報告!」
これ以上ないほど急いで戻ってきた伝令。
何らかの異変の予兆を感じ、意識を集中させる。
激しく狼狽する彼の、恐慌状態の声は静けさの中に響き渡った。
無性に嫌な予感がしてやまない。
何が起こっている?
「敵詳細は不明ですが、10万弱の敵数としか思えない反応が、キララウス山脈全域を覆うように確認されました!!! 我らとの間を断絶するように、広範囲にわたって分布しております!!!」
「―――――――!?」
「は……?」
「…………10……万? 10万!?」
激震が走った。
10万? ありえないだろう。
どうやったって、俺たちに気づかれるはず。
まるでいきなりそこに存在したかのように現れ、明らかな異常値を示した。
「10万……物見は何をしていた!?」
「全員が突然現れたと! 何人かがやられました! 現在は全力で詳細を確認させておりますが……」
何かしらの方法で、分断されている。
反射的に発動された温度感知魔法や風魔法で、夥しい魔物がいることが突き止められた。
幸いこちらをすぐ襲うほどの距離ではないらしいが。
「精鋭たちに救出に行かせろ! 何が何でも情報を回収させるんだ! 水はすべて捨てろ! 食料を中心に身軽にして全速力で退避する!」
物資を置いてでも逃げることを、総大将アルフェッカは選択。
戦力比からして、勝てるはずがない。
「主君だけは騎士の魂に誓ってお守りせよ!」
鬼気迫る勢いで騎士が部下に命令し、軍が勢いよく動き出す。
廃棄された水筒や樽が地面に打ち付けられ、地面に大きなシミが広がった。
急造された水溜りを踏みしめて、移動を開始する。
訓練され、数々の修羅場を潜り抜けてきたアルコル軍に、混乱はさほどみられない。
しかし遠くからはパニックした声が聞こえ、凄まじい混乱が巻き起こっている様子だ。
無理もないが、どうか心理的圧迫から脱し、逃げ切ってほしいと何もできないままに願い続ける。
「急げ!!!!! 安全地帯まで!!! アルタイルはいつでも迎撃できるように、魔法の発動の準備を」
「はい!!!」
キララウス山脈からどんどん離れていく俺たち。
どこから敵が来るのかと、激しく心臓の鼓動が鳴る。
魔力を練るも、心は落ち着かない。
どこから来る? どのように対応すべきか?
足を動かさずに馬車の荷台に乗る俺は、どこか俯瞰的にものを考えることができていたのかもしれない。
何かがおかしい。
俺たちは何か重大な間違いを犯しているのではないか?
ここから逃げていったとして、その後はどうするのか?
「ご主人様ぁ……」
「大丈夫だ。俺が守るよ」
涙ぐんだルッコラが、俺の胸元に縋りついてきた。
耳が垂れ下がった獣人の女の子の頭を撫でて、乱れる心を鎮めてやろうと苦心する。
その反対側にいるステラも、大剣を握り締めて臨戦状態を崩さず。
いつもなら大慌てして騒ぐだろう少女は、黙りこくったまま。
俺と同年齢の彼女は重圧に何とか抗い、動揺を心に押し込めているのだろう。
「敵の進行状態はどうなっている!?」
前方から父上の怒鳴り声ともつかない質問が飛ぶ。
それに対して時間を置いて、報告がなされた。
「報告――――――何もいません!? 嘘だったかのように消え失せております!!! 一体残らず!!!」
ありえない話。
俺たちにとって福音ではあるのかもしれないが、もっと恐ろしいことが起きているのかもしれない。
しかし大軍が突然消える。
魔法でも使ったのかと思うが、そんな魔法など聞いたこともない。
父上すら耳を疑ったのか聞き返し、この多人数で数拍置いた沈黙に陥る。
これだけはわかった。これだけしかわからない。
信じがたい何かが起こっている。
「――――――――――なんだと」




