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第232話 「魔王領域内へ」




 思わぬ邂逅を終え、遂に魔王領域へと突入する。

 キララウス山脈を降りてゆくと、人類圏とは全く異なる生物相が現れた。


 色鮮やかな鳥が、空に向かって飛翔している。

 まるで熱帯地域のようだ。

 多様な品種の動植物が蠢き合い、どこまでも続くかのように地平線に広がっている。






「まるで別世界だな。この光景は」


「悍ましい……」


 俺はテレビや図鑑で見慣れていて、別に驚きは少ない。

 それらを見慣れていない兵たちは、それが不気味に映る様子である。

 見るからに毒々しいビビッドな色合いの有機体たちは、道への恐怖を色濃く残す。


 父上たち指揮官も動揺を押し込めているのか、固い面持ちである。

 周りの景色があまりにも違い過ぎれば、常識が崩壊したようにも感じられるのだろう。


 現代人ですら異国の地では物珍しいものがあれば、気を惹かれるのだから。

 そういった情報の少ないこの世界の人々は、尚更に警戒してしまうのかもしれない。




「アルタイルを見ろ。まだ幼くとも全く動じていない。戦士が戦ってもいないのに情けない真似をするな」


「「「「「ハッ!」」」」」


 父上の静かな一喝で押し黙る兵士たち。

 英雄とは言えども、見た目は女児の俺に心まで負けているのはプライドが許さないのかも。

 しかし視線は辺りを忙しなく行き交っている。


 今は拠点を設営しながら、ここでの軍事行動について論議を重ねているという次第だ。

 あらかじめ出陣前にざっくりとは話していたが、現場の情報を目にしないと決めかねるものがある。






「敵反応確認! 数千単位とみられる模様!」


「直ちに斥候に敵情視察へと向かわせろ。迎撃態勢準備」


 変事の始まりは、いつも唐突なもの。

 生い茂る木々の間に入って早々の突然の報告に、雰囲気が引き締まる。

 どんな敵だろうかと、思考を速める。


 父上は素早く反応し、的確に指令を下した。

 兵たちは迅速に障害を除去するために、軍事行動に移る。




「『新種の透明の魔物』か……?」


「ならば奇襲だけは防がねばなるまい! そうであろうアルコル侯爵!」


「ここまで接近していて、拠点設営など無謀! 野戦にて打撃を加えねば、アルコル侯爵すら苦しめられたゲリラ戦に持ち込まれることとなろう!」


 異常を感知したからか、近辺にいる部隊が続々と集合し。

 歴戦の猛者たちが、父上へと矢の如く意見を具申する。

 言っていることは妥当。

 これだけの大軍だ。数で圧殺できるなら、それが一番いい。

 この辺は比較的に視界も開けているし。


 しかし父上は難色を示している。

 果断な判断すらできる卓越なる指揮官である彼が、慎重姿勢をとっているのも情報が少ないから。

 そして敵の本拠地。そう簡単にいくとは思えないのであろう。






「そうだ……通常ならばその通り……だがここは魔王領域で、我らは寄せ集め…………」



 元より貴族連合軍である、この軍隊。

 父上がトップダウンで命令できるものではない。

 そしてここまで多くの貴族たちからせっつかれては、断り切れないものがある。


 ここで軍が割れたら、目にも当てられない。

 彼らは貴族で軍事権を保有している。

 だから独断専行があったとして、父上が処罰したくとも出来ないのだ。




「一撃を加えるという戦術思想は否定いたしません。しかし誘き寄せられている可能性は捨てきれない。慎重をもって接近することを最優先としたく」


「道理ですな。初めて通る敵地では、油断は許されない」


「然り。魔将トロル。そして魔将バジリスクも知性を有していたとされております。そのような推察は至極妥当かと」


 父の冷静なる指摘に、同意する諸侯たち。

 東部軍管区にいる彼らは、決して暗愚ではない。

 無能ならばとっくの昔に、戦争で淘汰されている。


 父上は頷き、少し安堵した様子。

 勝手は慎んで、理性的に行動を心掛けてくれるようで何よりだな。






「この密林で『新種の透明の魔物』に囲まれちゃ終わりだ。視界を確保しながら、カタツムリみてぇに進むしかないだろう。この大軍を収容できる規模の拠点を、ここで悠長に作るなんて選択肢はねぇんだ」


「ええ。拠点を作ったところでキララウス山脈への退路を塞がれてしまえば、我らは兵糧攻めにあうだけ。そうすれば相手に逃げられる可能性も、あるいは包囲される危険性も高まる。それに対処するには更なる時間がかかり……」


 王国騎士団長が馬上で胡坐をかいて、頬杖をつきながら持論を述べた。

 ここは密林で、人間が移動するには不向きの地形。

 奥地に行けば行くほど、木々は繁茂している。


 父上も敗北を考えた際の、撤退可能性の低さを指摘している。

 機動力と索敵能力が減じてしまっている状況下で、深追いは禁物だということだ。




「そこが問題だ。だが逃げられちゃ世話ないぜ。どこまで追いかけるって問題だな」


「それでもいいと私は考えます。『新種の魔物』に拠点設営中に奇襲されかねない問題から、我らは野戦に挑もうとしている。ならば奇襲されるリスクが消えた時点で、反転して攻勢に移ればよろしい」


 我が意を得たりと、口角を歪める王国騎士団長。

 父上の意図を汲んだようだ。






「視界が開ける、あるいは奇襲への警戒網を形成できる地点まで、追い払うように追跡するってことだな。魔物どもから奇襲されない地点まで、俺たちの聖域となる防衛網を作り上げる。その後にゆっくり拠点の設営をするという訳だ」


「なるほど。それならば拠点建設をしている間に魔物たちに襲い掛かられても、陣を組み直す時間的猶予を確保できる」


「ご賢察の通りです。荒削りの作戦案ですが、まだ連携に慣れない私達では複雑な作戦行動はできません。いかがでしょうか。審議を問います」


 敵が見つかるかどうかに関わらず、勢力圏の確保を第一目標とする。

 拠点を作り出し次第、有利な状況下で攻撃に移るという事。


 一石二鳥の作戦だな。

 この場で考え出せる作戦としては、上等だろう。




 持っている馬匹や魔法兵、あるいは指揮官の数も違い過ぎるし。

 何より兵士個々の質が圧倒的なまでに違う。


 兵士に払う給料さえ困っている貴族も多いのだから、体格も見ただけで異なる。

 進軍してもその速さはてんでバラバラ。






 こんなザマじゃまともに連携も取れないだろう。

 父上が絶対的な指揮権を有し、各貴族家に細かく指示を行った方がいいと思う者もいるかもしれない。


 しかし残念なことに、さすがの父上も他の貴族家の兵たちの能力にまではわからない。

 別の領地は即ち別の国のようなもので、安全保障にかかわる軍事情報は俺らに教えてくれるはずもなく。

 それでは父が的確な戦術を駆使しても、肝心の兵たちが追い付けなくなってしまう。




 それならば一番自軍の戦力事情に精通している各貴族家に、指揮を預けた方がマシなのだ。

 父上と諸貴族に誤解が生じ、指揮系統が混乱するくらいなら、次善の策を採るしかない。


 この王国の軍事状況は、合同作戦を取る時には非常なリスクとなる。

 しかし人類の最前線に独自指揮権を与えねば、毎日のように襲い掛かって来る魔物たちに対処できない。

 情報通信技術が低いこの世界で、一々王家に指示を仰いでいては、その間にも兵や領民は死んでいってしまうのだから。






「儂も賛成しよう。至極道理である」


「終わりの見えない作戦計画など、兵法上ありえませんからな。私も賛意を表明いたします」


 父アルフェルカ・アルコルに好意的な議論が交わされてゆく。

 そして大物とわかる父上の近くに座っていた老貴族たちは、野太い声で自説を唱えた。


 続いて父上はもう一つの懸念事項について、討議を重ねるべく議題に乗せる。

 この戦闘が終わり次第、そして撤退時に必要な条件についてだ。




「予備戦力として、また退路を確保するために、ある程度の戦力をここに配置します。アルタイルに簡易的な野戦陣地を設営させますので、そこに籠っていて頂きたい。難しい役目ですが、どなたか名乗り出る方はおられますか?」


「私が勤めよう」


「我らもだ」


 激戦を潜り抜けてきたであろう厳めしい老貴族が、後詰めを買って出る。

 名のある軍事貴族だ。

 いぶし銀の活躍をしてくれるだろう。

 

 決して花のある役目ではないし、敵を倒して武功を得る保証はない。

 それなのに撤退の際には重大な責任を負う、貧乏くじだ。

 それでも手を上げてくれた。






「重大な役目をお引き受け下さり、頭が下がります。お二方にならば、安心してお任せできるというもの」


「伯爵のおっしゃる通り、皆様にならば退路を託せる。謹んでお頼み申し上げる」


「必要なことだブロンザルト子爵」


「卿らの武運を祈る」


 俺の叔父であるブロンザルト子爵をはじめに、貴族たちもその判断を称え合う。

 それに対して渋く洗練された返答を行う老兵たち。


 この場には優れた軍人ばかりが並んでいる。

 話が無事にまとまったからか、心なしか安心と自信の入り混じった模様が父に見える。

 諸侯の様子を見ながら、ついに彼は司令を下した。




「皆さんに私からも感謝を。それでは作戦開始と参りましょう」







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[良い点]  戦う前から戦は始まっている……  相手の意図の読み、戦術を立てる……  勉強になるし、面白い……流石ですね!
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