第23話 「英雄の誕生 愕然たる言葉」
『………………ゴボッ…………な……ん……だと…………?』
「…………これ……は……」
トロルの胸から夥しい量の血が噴出する。
あれだけアルコル軍を苦しめた強敵はゆっくりと跪き、そして倒れた。
ダーヴィトは信じられないといった目で剣を構えながら、その末路をまじまじと見ている。
予想もしていなかった突然の現象に、自分の目を疑っているようだ。
「…………何が起こった? 幻覚か……?」
ダーヴィトは未だ自分の目を疑っているのか警戒を解かず、止めどなく血を垂れ流すトロルを観察する。
巨大醜悪な魔物の口からは、泡だったどす黒い血が流れ落ち。
胸には大穴が空き、噴水の如く血液が噴出している。
戦闘できる反応など欠如している。
紛れもなく致命傷だ。
「……おいっ!!! 誰かっ! 間違いなくこのトロルは攻撃を受け、倒れているのだろうなっ!?!?!?」
「は……はいっ!!! 間違いなくこのトロルはどこかからか攻撃を受け、大量の血液を流しておりますっ!!!」
未だに懐疑的だからか、部下に確かめる老戦士の武官長。
兵士の一人が慌てて返答すると、周りの兵たちも口々に同意をしていく。
「信じられん……何が起こった……?」
「わかりません……奇跡が起こったとしか……」
誰もが目を飛び出すほど目を見開き、二の句を告げることができない。
だがこの場に数名だけ、真実を把握している人物がいた。
「アルタイル……? 君は……?」
叔父上が俺の顔を見つめ、大きく吃驚している。
口を数度パクパクとさせると、ようやく言葉を絞りだした。
「アルタイルだ…………!」
「アルビレオ様?」
叔父上の名を呼んで、ダーヴィトが訝し気に問いかける。
叔父であるアルビレオは歓喜とも驚愕とも、満足ともいえる震える声で話した。
「アルタイルがやった……! さっきの強力な水魔法はアルタイルが放った……! アルタイルがあのトロルを殺した!!!!!」
「何……!?」
ダーヴィトは俺の方を向く。
俺は恐る恐るこくりと頷いた。
ダーヴィトは肩を落とし。
少し困ったような、でも救われたように眉尻を下げた。
「……肝が冷えましたぞ……」
そうは言っているが、ダーヴィトの顔は笑みを浮かべている。
彼は深呼吸すると、剣を掲げて雄叫びを上げた。
「敵将トロルッッッッッ!!!!! アルコル家嫡男アルタイル様が討ち取ったりィィィィィィィィィィッッッッッ!!!!!!!!!!」
「「「「「「「「「「ウォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
天地が揺れるほどの大歓声。
それはすべて俺に注がれたものだ。
ダーヴィトが俺を抱えると。
自らの肩に上らせ、肩車をする。
兵士たちは俺たちを中心に集い、剣を掲げて咆哮する。
こみ上げてくる感動に耐え切れず、男泣きしている者もいる。
戦友と肩を組み、既に亡き騎士の名へ勝利を叫ぶ者たちがいる。
一方、俺は肩身が狭い…………
こんな人の輪の中心にさせられることが、根暗にとってどれほど苦痛なことかわからないのか…………?
人から賞賛されるのは好きだが、注目を浴びるのは嫌いなんだよ。
一人一人俺が好む、暗がりの世界に崇めに来いや。
どうしよう……何とか口実をつけて辞めさせないと……
あっ……怪我人一杯いんじゃん。
治しとこ。
「ダーヴィト。勝って兜の緒を締めろだ。怪我人の治療など戦の始末をしろ」
「おおっ……!!! 儂としたことが!!! 将の器もあらせられるか!!!!! 儂は感動しやしたッッッ!!!!! お前らっ!!! アルタイル様のご命令だ!!! お前達は警戒を密にせよ!!! 怪我人はこちらに運び、陣形を立て直せ!!!!!」
「すげぇ………! すげぇよ!!!!! あんなすげぇことをしても冷静な姿……! 痺れるぜ!!!」
「……俺はもう参っちまったよ!!! アルタイル様のでけぇ器に参っちまった!!!!!」
「英雄だ……! 俺たちは英雄が誕生した戦を共に戦ったんだ!!!!!」
う~~~~~ん!!!!!
謙虚な俺もここまで褒められると、思わず頬が緩んでしまうじゃぁないか!!!!!
それも仕方ない。
俺は誰もが憧れる英雄なんだからな!!!
平伏せ!!!!!
フヒヒ!!!
こんなん誰でも惚れるわ!
さーて一体何人の女が、俺にメスの顔をして股を開きに来るかな~?
英雄の俺と縁をつなぎたい奴なんて、山ほどできるだろ!
ドゥフフ……どれくらいハーレムができてしまうんだろうか?
100人……? ……いや1000人だ!!!!!
今この時をもって!!!
アルタイルハーレムランド誕生だッッッッッ!!!!!!!!!!
「……アルタイル……様……ありがと……ございます……」
「構わない。よくここまで戦ったな。俺からも礼を言う」
俺は低めのイケメンボイス(当者比)で、爽やかに負傷兵の労をねぎらう。
どうだ俺のイケメンフェイスは砂塵に汚れていても、輝くばかりであろう?
兵士たちは涙を流し、俺の貴さをありがたがる。
俺の自尊心が満たされてゆくのを感じる。
「アルタイル様……!」
「なんと慈悲深い……」
「ありがてぇ……ありがてぇ……」
「みんなが無事でよかったぜ☆」
見ろっ!!! 俺の完璧な英雄ムーブ!!!!!
下々の民は感極まって泣いているぞっっっ!!!
これが…………!!!
世界のあるべき姿だよ!!!!!!?!!!!
『――――――――――ぐ……が……ふ……』
「こいつ……まだ生きてるのか!?」
「化物が……なんて生命力だ……」
恐るべきことに、トロルの胴体はまだ動いていた。
兵士たちが我に返って周りを囲む。
呼吸さえままならないだろうに、よく動けるものだ。
しぶといにも程があるその生命力に、関心と恐怖が入り混じる。
トロルの指は土を握り締め、体全体が力むが立つこともできないようだ。
兵士たちがそれを包囲するも、先ほどまでとはまた違う不気味さに恐れ慄いている。
強靭過ぎる生命力を有した魔将は、そんな俺たちに目もくれず。
血の泡が噴き出る口を開閉しながら、何かを喋ろうとしているように見える。
興味本位から俺はそれに耳を傾けた。
『…………こ…………こで勝て……ば…………俺……は魔……将にな……り…………我……が…………故……郷を…………』
トロルは後悔を噛みしめるように譫言を呟きながら、天に震える手を伸ばす。
そしてついにポトリと手を落とした。
とうとうその体は動かなくなった。
誰もが息を呑み、その動きを警戒する。
時間の経過が嫌に長い。誰かが生唾を呑む声が響く。
息絶えたのだろう。
いや待て。
今こいつはなんて言った……?
こいつは……魔将でないのか……?
最悪だ。
俺はこのトロルの最後の言葉に、暗澹たる気分だった。
こんなこと認めたくない。
どれほど俺たちが苦労して、犠牲を払ってこいつを倒したと思っているんだ。
俺は余りのショックに呆然とする。
人類と魔王勢力の、余りの力の差に。
「――――――――――みんなぁぁぁッッッッッ!!!!! 無事な者はいるのかい!?」
俺たちの緊張を露知らずといった声が響き渡る。
馬の群れの疾走する音と、砂煙が辺りに充満する。
あれは……父上だ!
沈んでいた俺の心にようやく安息が訪れる。
俺たちの戦いは終わったのだ。
「凄い量の土石が天高く舞い上がっていたから、急いで駆け付けたんだ!!!!!」
父上は疲労を押して走ったのか、息を切らし俺たちのもとにやってきた。
そしてトロルの死骸が目についたのか、仰天する。
「このトロルは……!? 倒したのか!?!?!?」
「はい!!! アルタイル様がやってくださりました!!!」
父上が素っ頓狂な声でトロルを指さすと。
近くにいた騎士が自分の事のように、誇らしそうに答える。
そして父上は俺を探しているのか、体を何度もあちこち振り向かせると。
俺を見つけたのか喜色満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってきた。
「すごいよ! アルタイル! 魔将を倒すなんて!!!」
「はい!!!!! みんなのおかげです!!!!!」
父上の満足げな姿は、俺にとっても嬉しい。
兵士たちは皆微笑ましそうに、俺たち親子の再開を見守る。
この謙虚で模範的な俺の姿に、父上は大興奮する。
そして惜しみなく賛辞の言葉を呈した。
「凄いね!!! 偉いね!!! かわいいね!!! 天才だ!!! お前は私の誇りだよ!!!!!」
「あはは!!! 言い過ぎです!!!」
「なーーーんていい子なんだ!!! よーーーしよしよしよし!!!!!」
父上は俺の両腕を掴んで振り回す。
目が回るんだが!?
やだぁっ!?
離してぇっっっ!?!?!?
父上たちが来たことで、戦後処理も始まった。
死傷者数や軍需物資のチェック、戦闘詳報の構築や残敵掃討のための偵察など大忙しだ。
俺は兵たちの治療も終わり、能力的にできることもない。
もどかしさが募る。
何もしないでいると、先ほどのトロルの言葉を思い出し陰鬱な気分になる。
俺はそれに耐えきれなくなり。
傍で兵たちに支持をしている父上に、ポツリと言葉を漏らしてしまった。
「――――――魔将ではありませんでした」
「えぇ?」
父上は突然の俺の言葉に、いつものようにとぼけた反応を返す。
突然の事に戸惑い、耳を疑っているのだろう
「このトロルが最後に言っていました。このトロルは魔将ではない」
その時俺はそんな父上を気遣う余裕もなく、トロルの遺骸を見ながら半ば上の空で独り言ちる。
その時父上は俺の言葉を聞いて。少し固まっていた。
「アルタイル。お前は魔物の言葉がわかるような言い草だが……」
「それは…………その………」
「………………」
父上の探るような目が俺を貫く。
マズい……早まったか?
この時俺は自分のしでかしたことに気づいた。
何をやっているんだ俺は!
人に疑われるようなことを自分から言うなんて!?
さっき叔父上たちにやったばかりやん……
悄然とする俺に、父上は毅然とした口調で確かに答えた。
「――――――信じるよ。話してくれてありがとう」
「父上!!!」
父上は不安に揺れる俺の頭を、安心させるように撫でる。
あぁよかった……信じてくれるとは思わなかったが……
俺を信じてくれた父上に向け、俺の心に温かいものが満ちてゆく。
この人は荒唐無稽な子どもの言葉にも、信頼を寄せてくれたのだ。
「でもだめだ」
「えっ?」
突然の否定に俺の期待が砕かれる。
しかしその根拠は聞けば納得できるものであった。
「魔物と話せるという事は私とお前だけの秘密にしなさい。あらぬ誤解を受け、お前にとっていいことにはならない」
「はい………………あ、叔父上やダーヴィト達には、魔物と会話しているところをもう知られてしまいました……あとあのトロルは最後に『ここで勝てば俺は魔将に』、と最後に呟いていました。少なくとも魔将に準じるレベルではあるかと」
「そうか。仕方ない箝口令を敷く」
「申し訳ありません……」
そうだ迂闊だった……
気が動転して自分でも何をしているか、考えていなかった。
俺は項垂れながら反省する。
「それと」
父上が言葉を切り、平坦な口調で俺に告げる。
これもまた一種の衝撃をもたらすことになる。
「お前は魔将を倒した。わかるね? そういうことにするんだ」
「…………!!! それは……!」
「魔将を倒したというカードが、ほしいという思いもある……勝利の栄光に酔う兵士たちに、冷や水を浴びせたくはないという気持ちもある…………だがね」
父上は険しく難しい顔をする。
苦悩と迷いの入り混じった顔だ。
彼のそんな表情を初めて見た。
「このトロルが魔将でなかったら……人類は魔物の脅威に立ち向かうことができなくなる……それだけはしてはいけないんだ……」
父上の声が先ほどとは激変し、絶凍の視線となる。
俺は彼から受けたことのない冷酷な表情にすくみ上がり、泣きだしそうになる。
こくこくと首肯をもって答えると、父上は柔らかく微笑んで俺の頭を撫でた。
そしてアルコル家現当主の次なる行動をもって、俺の心境にも変化が訪れる。
「いい子だ…………見なさい」
父上は俺の背中に手を当てる。
なんだろうか?
すると動き回る兵士たちを、その腕で示して俺に見せた。
俺が先程治療した兵士たちが、元気に軍事行動を続けている。
その中にはダーヴィトもいた。
そうか……俺は守ったのだ。
命だけではなく、みんなの心も。
ステラやヘンリーケのような家族を失った人々の悲しみを、少しでも減らせたのだ。
サルビア……
「お前が彼らを救ったんだよ。誇り高く胸を張りなさい」
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