第229話 「総大将選定に関する軍議」
アルコル軍が事前に組み上げた要塞線内部の簡易拠点にて、軍議が開始される。
情報の共有と意思統一のため、戦の前には諸々の話し合いは必須である。
そして何より、ある最重要項目について取り決めをするためだ。
これだけの兵士たちの指揮のために、誰が統制を計るのかという問題。
動員兵力が多いほど、命令系統は複雑化せざるを得ないのは事実だが。
同時に脆弱性を発揮してしまう事もある。
よって他貴族軍との連携において障害の出現を防ぐため、出来る限り一元的な管理体制が求められる。
多数の人員で構成された軍事組織を効率的に運営するため、優れたリーダーシップを持つトップが不可欠。
その人物は作戦全体を包括的に指導する立場にあり、戦闘以外の事項についても注意を払わなければならない。
また戦闘の終結後に、戦力低下した部隊を再編する場合にも。
指揮官の分析力や洞察力が要求され、作戦続行時に多大なる影響を及ぼす。
よって明確な総司令官を選定するのは、必須事項である。
「僭越ながら、総大将は私ことアルフェッカ・アルコル侯爵が拝命する。陛下に許可は頂いているが、諸卿に改めて問う。よろしいか」
「軍事行動についてはアルコル侯爵に従うように、教皇猊下より仰せつかっております」
「…………」
悪人面に余裕を浮かべ、淡々とかつ堂々と宣言した俺の父。
意外なことに真っ先に支持を宣言したイリスさん。
教皇は何か企んでいるのかとも思っていたが、どうやら俺たちに好意的にいてくれるらしい。
それにすこぶる機嫌が悪そうに王国騎士団長は、口を挟まず黙りこくっている。
沈黙をもって是としたのかも。
「「「「「…………」」」」」
周囲の諸侯を見れば同様で、特に反論はない様子だ。
爵位や軍歴はこの場で父上がほぼ一番だが、年齢的には父上も俺を除いて最年少に近い。
政治的反発もあるだろう。
いかに軍事的リーダーシップがあるとはいえ、人間の感情というのは複雑で。
人生経験が薄いであろう年下に頭ごなしに命令されると、反感を覚えることもある。
本来であれば国王の軍権の代理とも評せる、王国騎士団長が総大将を務める。
まぁ諸侯の面子もあるから、名目上のものに過ぎず、指揮権はそれぞれの貴族が持つが。
だがこのアルコル家当主は、例外といってもいいほどの求心力を得て、最高責任者に推挙された。
何度も言及するが、魔将を二体も単独勢力が討伐したというのは、人類史に燦然と刻まれる偉業である。
もう俺たちより明確な格上は、国家元首や神々、教皇、おとぎ話の勇者くらいなものだろう。
「アルコル侯爵を推薦する」
「この大遠征を掌握できる者は、彼の英雄しか現実的にいないだろう」
「お二方にそうおっしゃって頂ければ光栄です」
重低音の唸り声にも聞こえる同意の声が、二方向から発せられた。
老練なる軍人といった風貌の、老貴族二人が賛意を表明したのだ。
加えて王国東部軍管区のほぼすべての領主は、アルコル侯爵家に頭が上がらない。
軍事的にも経済的にも、依存傾向を深めているのだから。
例外と言えば自立できる大貴族、ユーバシャール公爵家と、フォイヒトヴァンガー侯爵家くらいのものだろう。
彼らも徐々にだが、アルコル家に寄りかかってきている。
それが両家がこの出兵に口を挟まなかった要因でもある。
ユーバシャール公爵家などはシファー宰相が俺たちを嵌めようとしたときに、追従していたはずなのにだ。
あれから暫く時が流れて、彼らも進退窮まる現状となっている。
「(それほどに時間と共に着実に、人類は疲弊している)」
王国東部軍管区だけではない。
諸侯に課された兵役義務である王国騎士団への割り当て率の増加が、王国全土で取り決められ。
武装可能な成人男子を徴用するシステムが組み上げられている。
この世界の人類社会は共同体防衛を、義務としてではなく生存競争として捉えているため、国家奉仕というよりも生存戦略に近い。
あまりにも身近なところでも、戦争の爪痕は深いのだ。
男なら誰でも魔物の脅威に対峙し、親族の中には絶対一人は死んでいる者がいる。
男子国民皆兵という軍制が、文化や宗教よりも奥深い生存行為に根差している。
軍隊は厳格な上意下達を敷き兵に服従を迫るが、その根底に集団利益のためという共通認識が為されているからである。
「この遠征軍の中核をなしているのは、アルコル侯爵家なのですし」
「軍事行動としても主力を担う彼らにその大役を任せるのが、妥当なところでしょう」
次々と権力構造の論理から、アルコル家に遠征参加者たちは靡いていく。
度重なる戦乱で、遠征に割ける兵員も少ない。
各貴族家もアルコル家に資金などを無心して、やっと取り繕った有様だ。
何らかの事情により各貴族は動員が出来なければ、金銭面などで負担を請け負う事になる。
兵役制度も洗練されているが、肝心の働き盛りの男手がいなければ話が始まらない。
もちろん生活必需品や軍需品産出などの最低限の経済活動を保つために、兵役免除規定は置かれているが。
この総動員体制そのものが、国民生活を圧迫している。
度重なる戦乱で、国内の結婚適齢期の男性人口は、惨憺たる有様だ。
こうなれば国家体制そのものが、平民から揺るがされないという危機もあるかもしれない。
だが上から下まで反乱など起こす、気力も体力もない惨状なんだ。
だからこそ革命軍に奇襲を受け、あれだけ後れを取ったのかもしれない。
獣人も相当に追い込まれては、いるはずなのだが……
王国史において、これほどに国内秩序を乱す騒乱は、実に数少ない。
外敵からの侵略から身を守るだけで、余力を使い果たしている。
仲間割れするエネルギーすら払底しているのが現状なのだ。
「王国騎士団長への指揮権も、便宜上私が有することにはなっているが、私はそこまでは求めない。しかし諸侯も含めた兵員配置に関しては、私が取り決めさせてもらいたい」
「王国騎士団のことは俺が一番よく知っている。現場での指揮は俺がやるのが一番効率的だ。だがアルコル侯爵。アンタなら効率よく運用してくれると信頼している。これまで何度も轡を並べて戦ったんだ。アンタの力量は俺が一番知ってるさ。チッ!!!」
実に苛立たし気に、父上の軍事能力を評価する王国騎士団長。
しかし受け入れているのかいないのか、声色は不機嫌そのものである。
態度わるっ!
だが周囲の貴族たちは気にも留めていない様子だ。
眉を顰める者もほとんどいない。
王国騎士団に世話になっている奴らも多いからな。
この騎士団長を名乗るオッサンも、大負けしたなんて話は聞かないし。
超絶頭脳の父上ほどでないにしても、相応の能力はあるのだろう。
「恐悦至極。それでは配置や兵站の管理などは、僭越ながら私が務めさせていただく。もちろんあなたの力量には、私は非常に敬服している。戦では頼りにさせて頂こう」
「へいへい。実務レベルの話は、そこの副騎士団長とやれや」
「はっ! よろしくお頼み申し上げますアルコル侯爵」
「承った。期待させて頂こうか副騎士団長殿」
父上が薄く微笑みながら、若き騎士へと視線をずらした。
推薦を受けたスハイルは緊張を滲ませながらも、しかとそれを見つめ返し目礼した。
我が父親ながら、プレッシャー凄いなぁ。
彼の親子の対話では被らない仮面を見ると、なんだか別人のように感じるものだ。
「今回の戦略目標はキララウス山脈向こうに存在する、魔王領域における情報収集。そして拠点設営となる」
『新種の透明の魔物』、そしてバジリスク。
これらとの会敵から考える限り、何らかの変事が起きている。
この先に待ち受けている物とは。
父はこの遠征の意義を唱え、この場にいる全員が士気を高める。
「こちらから魔王に打撃を与えるための第一歩。真の反撃はこの作戦の成否にかかっている。諸卿らの奮闘を大いに期待する」




