第227話 「王国騎士団長」
「…………あぁ゛!? 誰だおっさん!? 天下の英雄様に、舐めた口きくとか、無礼打ちされたいのかゴラ!!!!!」
いつの間にやら近くにいた半目のオヤジが、地面に突いた鞘に寄りかかって、俺を眺めていた。
あまりにも無礼極まりない物言いに、心美しいと評判の俺も堪忍袋の緒が切れる。
そんな俺たち二人の間に、スハイルが慌てて割って入る。
それと同時に衝撃的発言が。
「――――――騎士団長!? アルコル男爵に何と言う口を! アルコル男爵、大変なご無礼を謝罪させてください」
「騎士団長ぉ!? この場末の酒場によく居るような、この年までうだつの上がらず、惨めな生活をしていることにより、嫁に逃げ出され。娘にも下着を一緒に洗うなと生理的に嫌悪されてそうな、ぬぼっとした面した、汚ねぇオッサンが!?」
「殺すぞガキが。おいスハイル。こんなバカガキに謝るな。王国騎士団の程度を疑われる」
とぼけやがってこのハゲが。
嘘にしても騎士団長の立場を騙るとか、強引すぎじゃんね?
イリスさんは俺たちの話に割って入ることもなく、淡々と辞意を申し出た。
このジジイの話を否定しないところを見るに、マジで騎士団長なのコイツが?
俺は焦げ茶色の髪と髭をした、その辺の貧乏騎士家にでも居そうな中年を見つめる。
護衛のため控えているステラとルッコラは唖然としたように、俺たちを眺めるばかりだ。
だよな。コイツやっぱヤバいよな。
ちなみにチューベローズはここにいるわけない。
仮にあいつがエルフではなかったとして、人前に連れてくれば身内の恥になるだけなのだ。
「軍務にて、失礼させて頂きます」
「イリスさん!? おいオッサン! お前のせいでカワイ子ちゃんが行っちまったじゃねぇか!」
「知るかよ。チッ……何から何までムカつくガキだ……」
額に青筋をたてたアホ面を拝んでいると、思い出す。
あ、どっかで見たことあるわ。俺が男爵位を叙勲されたときに見かけた奴。
全然社交の場で見ないから、忘れてた。
王様の前では畏まってたけど、なんか王国騎士団の最前列でピカピカの儀礼用鎧着てたから、わかんなかったわ。
つ~か覇気のない顔してんな~
辛うじて体型だけはバリバリ維持しているようだけど。
それが尚更無理して頑張っちゃってる感出してて、同情心すら覚えるが。
一丁前の振りして、マジで社会的地位のある定職についてんのかよ。
どんな袖の下を陛下に送ったんだ?
陛下はお優しいから、きっとこのエロゲの竿役にもなれなそうな冴えない中年に騙されているんだよ。
少しでも俺がお助けして差し上げねば……!
「なんなんだこのクソ無礼なガキは……オイお前、自国の有力者の面も覚えられないような盆暗のボンボンだって、これだけの会話でわかるとか。相当のマヌケだって自覚できるか?」
「は? 何コイツ? ムカつくんですけど? お前みたいなのが騎士団長だなんて、普通の頭してたら思い浮かばないだろ常識的に考えて。騎士団長って戦略レベルに関わる役職は、政治的見識も豊かでないと成れないとは思っていたが。お前みたいな無礼者が就いてしまうとは、末法の世を嘆いてならない…………そういや前の陞爵式でお前、権力構造からか俺の事頑張って拍手しちゃってたねぇ!!! なのに英雄様を侮辱するとは、時流がそれに倣う事にすら読めないマヌケの証明。お前、貴族共に嫌われてそう(笑)」
好き勝手に世迷言を言いやがってくれたので、仕方なくも指導をくれてやる。
俺は一瞬殺気が漏れ出たことを目敏く見つけると、それをさらに責め立てる。
頭も口も弱い、同僚に嫌われて窓際に追いやられているようなオッサン。
武官のトップ層として、文官との対立から俺に阿らざるを得なかったのに、このような世迷言を口にするとは。
その挙句に図星を突かれ、怒りに震えているようだ。
虚栄心ばかり深い奴だ。
そういう奴の人生には、いつまでも真の安寧は訪れないよ。
しかしそれは自業自得というもの。
にもかかわらず憎まれ口をたたいているのを見るところ、非常に自己顕示欲が高いとみていい。
そこをちょこっと弄繰り回してやれば、ご覧の有様だ。
なんて情けない男なんだ。身の程を知れ。
「社交の場で毎度無様晒してる分際でよぉ……今日はよく舌が回るじゃねぇか? おまえ裏で何て呼ばれているか知ってるか? 金メッキの盆暗。端的でいいな。ここまで単純明快かつ正鵠を射た表現は、そうそうない」
「おっと効いてる効いてる~~~♪ 図星突かれると、早口になる♪ 貴族どころか、女にもモテず♪ 友は寝る前だけ呑める、一杯のみ♪ 明日が来ないことを信じ、床に就く♪ 老いた身を嘆き、出勤する♪ 部下に嫌われ、一人泣く♪ 老後の生活は、不安だけ♪ 騎士団長は人生の、敗北者♪」
軽やかにステップを踏んで滑稽な踊りをしながら、ラップ調で煽り散らかし。
最後に両手で指をさし、舌を出しながらウィンク。
どこまで人の神経を逆撫でするのだ。
いい年こいて嘆かわしい。
少しは恥という言葉を、よく考えて見ろよ。
「…………クッ……!」
「~~~~~ッッッ!!!」
「…………………」
このオッサンの後ろで控えていた王国騎士団の面々が、プルップル身悶えし。
必死に笑いを堪えている。
隣でずっと黙っている副騎士団長であるスハイルは、青ざめた絶望的表情をしながら無言で固まっている。
へっへっへ。いけ好かないイケメンは、クソ上司に八つ当たりパワハラされてろや。
厭味ったらしい口ぶりで、人様をバカにした自業自得だよ。
にもかかわらず子どもに少し痛いところを突かれたとして、ここまでムキになるとは。
情けない大人とはコイツのことを言う。
「死ぬほど空気読めない愚図って話は聞いていたが、噂はあてになんねぇなぁ……ここまでのクソカスが英雄とは……神も失敗をするようだ」
「そんなに拗ねないの☆ 自分の部下に笑われたからって、八つ当たりはよすんだ! 子どもの軽口にムキになって、惨めな自分を省みることはできないのか? インテリジェンスすごいっすね! キモいおっさんの身の上話は、この辺にしておいた方が無難だぞ! いい加減気づいてくれよ! 加齢臭強いジジイの長話に付き合わされた、お前の若き日の苦痛を思い出せばわかるはずだ! お前みたいなのに後で憂さ晴らしの嫌がらせを受ける騎士たちが、不憫でならない! 王国騎士団の程度を疑われるぞ!!!!!」
「お前、殺すわ」
ミドルエイジクライシスで頭がおかしくなったのだろう。
世界の救世主へと、余りにも不遜なる殺害予告を行った。
嘆かわしい……ここまで愚かな男は救えないよ。
ついにスハイルは呆然と佇み、脂汗を垂れ流しながら過呼吸していた。
副官であるコイツは体育会的指導を受けるのだろう。
さすがの俺も同情するぜ。
「ハァッ……! ハァッ……! こんな……僕は、どうすればいい……!?」
「久しいな! 何を遊んでおるか? 兵たちがずいぶん笑っておる。捻くれ者のお前も、ようやく士気の鼓舞もできるように学んだのか!」
「チッ…………筋肉ダルマ。苛つく野郎ばかり増えやがって……」
そこに差し掛かった我らが武官長ダーヴィトが、
素早く俺はその陰に隠れて、変顔をしまくる。
ステラとルッコラはひどく安心したような表情をしているが、ご主人様がレスバ勝利したことを喜んでいるんだろうな。
可愛い奴らめ♡
この騎士団長を名乗る不審者は鼻をほじりながら、地面に痰を吐いている。
如何にも部下に慕われてなさそうな、しょうもない男だ。
おめでたすぎる脳味噌、いと哀れなり。
「次は拳出るからな。泣かされたくないなら、減らず口は慎んでおけボンクラ」
「子ども相手になーに本気になってんの☆ 口喧嘩に負けてからそれ言うの、スゲーカッコいい! クスクス♪ この有様じゃ泣くことになるのはどっちかな~?」
捨て台詞に罵詈雑言を叫びながら、惨めなオッサンはついに逃走した。
俺はわざとらしく大声で嘲りながら、敗北を認めた愚者を見送る。
残された女の子護衛以外の話者三人は、三者三様の表情で、
その中でもダーヴィトはなぜか、大きくため息を吐いた。




