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第224話 「種族の解放のために」




「それで、アルコル軍はバジリスクを打倒したと」



 人類の救世主たるアルタイル・アルコルへ、バジリスクの毒を盛ることを指示した者。

 革命軍首領ゲレスが革張りの肘掛け椅子に腰を掛けていた。


 周囲には獣人たちが立ち並ぶ。

 何人かは人間の姿も見えた。




 薄暗い部屋に集まる、国家転覆を目論む集団。

 どこに居室があるのかは知れない。

 しかし勢揃いしていた彼らが何をしようとしているのかは、会話から推測できた。




「毒は少量あればよい。そろそろ王国貴族たちも対応策を考えてくる頃合いであろうし、アプローチの方法は変えるべきだろう。これからは使用頻度も再考せねばならないがな」



 この言葉からわかる通り、バジリスクの毒を彼らは取引していたのだ。

 教会に保管された骸からではなく、魔王に派遣されたバジリスクそのものから手にしていた。


 教会は存在しない盗人探しに、躍起になっているということ。

 策謀のプロたる聖職者すら、彼ら革命軍は手玉に取ったということなのだろう。






「我らの最大の敵たる、獣人差別主義者。迫害者たちへの裁き。その進行度はどうなっている?」


「最高優先度にリストアップされた者たちは、軒並み処理されました。人間の使用人たちにも貴族どもに暴行などの抑圧を行われている者もおり、彼らを中心に我らの手が内密に浸透し始めております」


「「「「「おおっっっ!!!」」」」」


 すでに主だった何人もの悪徳貴族たちが、獣人たちの恨みの犠牲となっている。

 多くの罪なき者たちにとっては朗報であろうが、国家にとっては既存秩序を乱す許し難い蛮行である。


 当然のことであるが、シファー公爵家での検挙に続き。

 多くの革命家たちが逮捕、拘留されていた。

 それ以上の革命家が激しく抵抗し、屍と化したが。

 相応の被害も王国貴族たちに降りかかっていた。




「我らの怒りがついに明確な形で、社会へと映し出される」


「この調子で圧制からの解放を達成するのだ!」


「喜ばしいことです。一方で王国騎士団の捜査は激しさを増し、多くの同胞たちが取り押さえられ、不当なる権利の侵害を受けております……」


 獣人たちは達成した結果に酔いしれるも、冷静な者に冷や水を浴びせかけられると。

王国に対しての憎しみに歯噛みした。


 警察権を有する王国騎士団によって、検挙された獣人たちは多い。

 中には罪なき女子供、抵抗できない弱者たちがいる。




「何もしていない者たちにまで、奴らは害そうとしているか……! 許せん……!」


「それは俺たちへのメッセージと人質でもあろう。これ以上の王国に対する狼藉を働けば、俺たち獣人の同胞には、粛清が下されるとな」


 ゲレスのすげなき説明により、憤激した獣人たちは口々に罵倒する。

 彼の言葉は染みわたるように伝染し、憤怒の感情が咲き誇った。






「よくもよくもよくもよくも!?!?!? 人間たちが我らを迫害していなければ、こんなことをせずともよかったのだ!!!」


「まるで自分たちが被害者のように、のぼせ上がりおってぇッッッ!?」


「つけあがった人間に天誅を!」


 被害者意識は一体感を産む。

 集団をまとめ上げるには、敵を用意すればよい。

 そうしてその集団愛にも罵倒を強制し、同調圧力を高めていく。


 それが極まった時、ゲレスは現実的な対応を提案する。

 これからの革命軍の動きについて。






「お前たちの気持ちはよくわかる。だが現実問題として、どうやって人間からの支配を脱却するか。それが問題だ」


「…………」


「それは……」


 痛いところを突かれた彼らはぴたりと硬直し、獣の特徴を持った耳と尻尾が垂れ下がる。

 彼らもわかっているのだ。


 搾取され続けてきた獣人たちには力がない。

 そして立ち上がる意欲も、人間による激しい弾圧により潰されてきた。




「アルコルのやつらが、俺たちの同志を殺してさえいなければ!」


「崇高なる革命を邪魔立てする、圧制者共! いずれ天誅を下してくれる!」


 八つ当たりのようにアルコルへと怒りをぶつける。

 自分でも信じられないような、大それた言葉を振りかざして。


 彼らはアルコル侯爵家の革命軍狩りにより、おおいに勢力を減らし。

 今まで以上に隠れ潜む必要性が高くなるほどに、数的に追い詰められていたのだから。


 彼らの心の奥底には、今も劣等感がうずたかく積みあがっている。

 人間より獣人の方が弱いことを、歴史が証明しているのだから。






「障害は多く存在し、正義の遂行を著しく阻害している。だが俺には策がある―――――――奴隷の首輪。王家が絶対的支配の象徴として使用するそれも、無力化できる対抗策がある。俺の計画に賛同してくれれば、従僕の身から脱却した同志たちが増えることだろう!」


「なにっ! それは本当かゲレス!」


「そんな名案があるなんて!」


「ちなみにその方法は?」


 歓喜の声が上がり、期待がこの禍々しい男に寄せられる。

 しかし疑いの言葉も向けられる。


 奴隷の首輪を無力化できた事例など、歴史上皆無。

 魔道具の扱いに長けたエルフなどでも、対抗策がある例など聞いたこともない。




「すでにその方法は用意できているが、万全を期さねばならない。俺としても心苦しいが、大幹部にだけ告げている。機を見て一斉に囚われの獣人たちへと、行わなければならない。お前たち同胞に隠しごとをする俺を、軽蔑してくれて構わない」


 カルトッフェルン王国が獣人を支配できる根拠である奴隷の首輪。

 それを無力化できる術があると、明言した。


 しかしその手法は秘するゲレス。

 彼は身を正して、反論を受け入れようとした。






「いえゲレス! あなたの御言葉なら正しいはずだ! 私は賛同いたします!」


「ゲレスがいなければ、何もできずに僕は死んでました! あの時から忠誠を捧げております!」


「俺もだ!」


「私も!」


 次々とゲレスを慕う声が、この部屋に充満する。

 彼ら革命軍の面々の内には、ゲレスに直接命を救われた者も多い。


 その求心力は、命を捨ててもという忠誠心すら生んでいた。

 白哲長髪の凶相の獣人は、嚙みしめるように気持ちを受け取る。




「お前たちの信頼をありがたく受け取らせてもらおう。必ず成功させると誓う。お前たちの力を貸してほしい」


「無論! 何でも言ってくれ!」


「そのために私はここにいるのだから! 遠慮しないでくれ!」


 仲間を思いやる感動的なシーン。

 獣人たちは同族意識が強い。

 差別されている彼らに頼れる者など、同族以外にないのだから。


 革命家たちを取りまとめる長身の男は凶悪な面貌を緩ませ、柔らかい語調で感謝を述べた。

 そして具体的内容を披露するべく、表情を硬いものへと切り替えた。




「お前たちの献身を心から嬉しく思う。お前たちで出会えたことは、俺の誇りである…………さて、作戦案を示そうか。極秘事項だ。言わずともだが他言は厳禁とする」


 いやにもったいぶったゲレスは立ち上がる。

 彼の弁論は、こうやって物々しく始まる。


 少しの間奇妙な沈黙が訪れる。

 ゲレスはその間一人一人の目を見ながら、凶相の威圧感を増して。

 誰もが誰かに見られているような錯覚に陥り、その男の言動から目が離せなくなる。




 それを終えると、芝居がかった口調で。

 身振り手振りを交えながら演説を始めた。






「王国貴族たちの目が完全に魔王領域に向いた、今が頃合いだ。魔物たちとの戦いが激化するこの期に及んで、諸外国も王国の利益を掠め取ろうと、虎視眈々と兵を国境線へと並べている。そこに破壊工作をして、戦争を誘引せよ」










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― 新着の感想 ―
[良い点] アル様を殺そうとしたのは、やはりゲレスでしたか。獣人への迫害も許せませんが、人間からすれば本当に許せないことですね。 しかし、ゲレスを慕う者が集まるこの場に、人間もいるとは。一体どういっ…
[良い点]  や、ヤバい。  でも、革命軍にとっては当然の発想ですね。むしろ、バジリスクとの戦いで不意打ちを受けなかっただけパパ上の作戦勝ちかも。  対するアルタイルは……肉塊から回復出来ているのか…
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