第220話 「対シュルーダー隊」
開始の合図とともに、それぞれ駆け出す。
それぞれ兵士たちは的確な移動経路をもって、アルデバランへと接近していく。
一方アルデバランは彼らから逸れていき、側面へと回り込もうとしている。
囲まれたら終わりだ。
常に相手を振り回す運動戦に持ち込まねばならない。
「その通り。止まっていては、いい的ですぞ」
「……!」
上から目線の挑発と共に、ドンドン兵たちは追いすがる。
アルデバランは不敵な笑みを浮かべて返した。
幼いながらも、凄絶な剣気を迸らせ。
剣を構えながら走る様は、中々堂に入っている。
年端もいかない身であっても剣の重みに負けない程、体幹が鍛えられているのだ。
「常に動き回り、相手に行動の優先権を与えないだね!」
初動から全速力で走り出した。
ギアは増々上がり、彼の下半身の駆動は激しくなる。
アルデバランは足を動かし、囲まれないように移動し続けているのだ。
それでも持久戦となればバテるのは弟の方が先であり、必然苦戦を強いられることになる。
よって間合いの競り合いを制し、着実に敵戦力を削らねばならない。
それが相手の連携の隙を突くことだ。
「「「『『『ignis!!!』』』」」」
距離を開けすぎると魔法が飛んでくる。
三方向からの遠距離攻撃。これは早々に詰みかな……
しかしそれを強化魔法で、軽やかに緊急回避する。
「『fortis』!」
魔法を放って、隙が生まれた騎士たち。
駆け引きは続き、さらに速度を増してゆく。
移動スピードが速いほど、射撃時に偏差を取らねばならない。
弾が移動する標的に到達する時点では、標準先は別地点へと動いているのだから。
そして偏差が大きくなれば、微細な間隔で十分回避が出来るのだ。
つまり対応策としては進行方向を変え、移動スピードを増減させる。
アルデバランは巧みに緩急の付いたステップを踏んで、尽くを躱す。
距離の詰め方を見切り、次々に切り込んでくる騎士たちと一対一の構図に持ち込んでいく。
第一撃、続く第二撃を何とか凌ぎ。
命を絶つ閃光の乱舞を、易々とすべて掻い潜って躱した。
対する敵をじわじわと体力を削り、叩き伏せていく。
「ハッッッ!!!」
「くっ……!」
刃を交えた瞬間、つんのめった騎士を足払いで崩し。
背後から襲い掛かってきた、もう一振りの剣と刃を噛み合わせる。
刃に意識が向いていた瞬間を狙った、ほんの一瞬をものにしたのだ。
全身に闘志を漲らせて、躍りかかってきた。
それを捌くなど並大抵の剣士では敵わない。
だがこの弟は呼吸を読み、やってのけた。
「さぁ次いくよっ!」
「させませんっ!」
間髪入れず、深々と薙いだ。
鋭い上段からの袈裟斬り、下段から返して次の騎士からの攻撃を防ぐ。
刃を合わせて剣の矛先を変えた。
騎士の剣が跳ね上がり、その隙を突く。
身を半歩引いて、騎士の振り切った剣を躱すと襟首を片手で掴んで押し倒しながら、更に突きを放った。
それは吸い込まれるように最後の騎士の方に直撃し、剣の腹で叩いて戦闘不能にさせる。
「ハァハァ………ついに……あと一人だね…!」
「その疲労でどこまで戦えるか。極限状態でどれだけ動けるのかを自覚することも、戦闘者として必須です。ここからが苦しさの本番となりますが、御覚悟を」
シュルーダーは理論的に教練を施しながら、ついに我が弟へ対峙する。
アルデバランの呼吸は乱れている。
あれだけの激闘。体力の消耗は激しい。
今までの僅かな時間で弟は、疲弊しきっている。
常に神経を使う対多数戦闘を、全力で動き回り行っていたのだから。
衝突する視線。一瞬音が止む。
修練場そのものが呼吸を止めたような、そんな空間。
「勝ってみせるよ! うぉぉぉぉぉ!!!!!」
地面を蹴り敵の元へと突進する金髪の少年。
シュルーダーは迎撃する。
およそ剣が鳴らすものではないような大音響とともに、両者の握る鉄塊同士が激突した。
騎士隊長の纏う防具は、赤を基調とした重厚な甲冑。
頑強な金属に覆われた装備は生半可な一撃など、ものともしない。
それに加えて大盾を身に着けて、高い防御力を全面に押し出して戦う戦闘スタイル。
彼の闘争術理は単純明快ゆえ、強力極まりない。
その構えはがっしりとしたもので、見れば見る程の安定感。
隙は見受けられず、何処に打ち込もうとも軽くいなすであろう風格。
味方であれば頼もしいが、敵となればこうも攻略が難しい。
アルデバランを見れば、今までよりも高速で攻撃を展開する。
切先を見失うほどの高速斬撃の乱打。
取り回しの良さと速度を活かしたヒットアンドアウェイの戦法で、相手を翻弄して間隙を縫うという魂胆なのだろう。
残りの体力を使い切る勢いのフルパワーをもって、彼は強敵に挑みかかる。
「その齢でここまでの剣とは! 驚愕としか申し上げられません」
「くぅっっっ!?」
シュルーダーは少し上ずった興奮したような声色で、弟の力量を評価する。
一方アルデバランは有意な言葉を発さない。
いや何も言えない程に、剣を振るう事に全力を注いでいる。
つまり追い込まれているのだ。
類稀なる才覚を有していても、体力も技術もまだまだ未熟。
一方戦士として全盛期真っただ中の騎士隊長は、未だ余裕を残している。
盾の強みとは攻撃と防御を同時に可能とし、左右どちらから攻撃が来るか分からない怖さだ。
意識は二方向からの攻撃に翻弄されて、盾使いの挙動を視認することが難しく、容易く捌けはしない。
この勝負、どうなるか――――――
「はぁっっっ!!!」
「踏み込みが甘いっ!!!」
一目瞭然の実力差。
驚愕の事実としてアルデバランも騎士レベルではあるが、まだ本物の実力者には及ばない。
それでもアルデバランは挫けない。
生来の負けん気の強さ、そして根性と恵まれた身体能力。
それにより翻弄しようと、高速の運動を続ける。
しかしシュルーダーは全身武装に見合わぬ、軽快な歩法にて弟を追いつめる。
そうして剣を盾でどれだけ弾かれようとも、父に似た金髪の少年は攻勢の手を緩めず果敢に猛攻撃する。
それでも膂力の差から押し潰されそうになり、その隙を突かれて長剣で突かれる。
「うぐっ……」
今まではどんなに体勢が傾こうとも、優れた体幹で立て直していた。
しかしシュルーダーの攻撃は傍から見ても重く、アルデバランの動きは鈍ってゆく。
先ほどの運動戦から、このダメージだ。
間一髪躱し踏ん張るが、体勢は崩れ攻守交替する。
数合の応酬の末、絶妙の間合いで振り抜かれた斬撃が、弟の腕を掠めた。
それだけでも彼の幼い体には絶大な衝撃が加わったようで、たちまち吹き飛ばされる。
受け身を取り損ねたというよりは、これ以上まともに受ければ身が持たない。
吹き飛ばされるように、距離を取ろうとしたのだろう。
全身のバネを使って逃げの一手を使ったのだ。
「隙ありでございます!」
「――――――っ」
しかしシュルーダーは重心の崩れた好機を見逃さない。
弟が体勢を立て直せないように、攻勢を強める。
盾攻撃の連打で押し潰されるように劣勢に陥り、彼の剣攻撃を躱すので精一杯だ。
巧みな技に凶悪な筋力が加わり、とうとうアルデバランは全力で柄を握るよう強要される。
幼くも並外れた膂力のアルデバランすら、この騎士隊長はその恵まれた体格から圧倒している。
これでは逆転の魔法も、集中力を阻害されて使いようもないだろう。
俺レベルの魔法使いなら余裕だが、アルデバランは魔法を習い始めて日が浅い。
何より魔法を唱える猶予など、この猛者は決して与えない。
「―――――――おおおぉぉぉぉッ!!! 『ventus』!!!」
大地を蹴る音がして宙返りした。
非情に乱雑な魔法行使。これでは敵に命中させることも不可能だし、威力も矮小なものであろう。
だがその目的は、風魔法を自分にぶつけての急速な体勢変更による回避と、推進力による剣の軌道修正。
そして死角である背後からの逆撃。
シュルーダーに魔法攻撃するのでなく、自らに攻撃しての意表を突く行動。
2つの意図を含んだ、起死回生の策。
いや、それにもう一つ。
3つ目の意図として、今まで一方的に押されていたように見えたのは、釣りだ。
シュルーダーの油断を誘うための、偽計であったのだ。
本能的に弟は、一か八かの賭けに出た。
強引に死線を突破するため、闘争の分水嶺を見極めたのだ。
見事な判断。
彼が卓越した才覚である証左と言える。
「甘いっ!」
その勢いで着地の刹那に背後を取り、渾身の一撃が胴体目掛けてを穿とうとしたが。
剣の切先は、シュルーダーの盾に阻まれた。
厚い装甲を裂き切ることが出来ず、鈍い金属音と共に止まった刀身を、左の籠手で弾いた。
背面姿勢から振り返ったシュルーダーは、円熟した動作で振りむきざまに薙ぎ。
斬り裂かれる前に、横一閃に剣を振るった。
的確に制空権に俺の弟を捕らえ、剣ごとに体は弾き飛ばされる。
血飛沫が空を舞う。
読まれていた。
奮闘儚く、騎士隊長には少年剣士の術理は通じなかった。
アルデバランの負けだ。
「風魔法での緊急回避。戦場の鉄則であるリスク回避も十分。背後を取ろうとする判断も的確。しかし詰めが甘いですな」




