第219話 「アルデバランの訓練風景」
戦闘配置などの基本的な軍務動作を、習得するため。
そして戦闘技術を会得するためにも基本教練から、兵員育成は始まり。
体力の練成のためにも、こうした練度を上げる調練は軍隊で必須である。
激しい訓練模様において、殉職すら起こることもある。
こうやって回復魔導師が控えているのは、兵たちの行動を学ぶためでもあり。
怪我人に治療を施すためでもある。
こういった近接戦闘には俺は才能が欠片もない。
にもかかわらずこの場にいるのは、治療そのものが俺の訓練でもあるからだ。
意気揚々と構える、むくつけき兵士たち。
対して澱んだ視線を送る、絶世の美少年アルタイル。
その理由は少ししたら、すぐにわかるだろう。
「アルデバラン様!? 肩が!?」
「いたたたー――!? 腕が取れちゃいそうだよ!」
そんな折に変化は訪れた。
アルデバランは泣きべそをかきながら、千切れかけた肩を抑えた。
むごい……
このために控えていた俺は、すぐさま俺は治療を計る。
魔法陣が起動し淡い魔法光が患部を包むと、程なくして健康体へと戻った弟が笑顔で感謝の意を述べた。
「治すからじっとしてろよ。『Redi ad originale』」
「ありがとうございます兄様!」
「いや。兄貴として当然だ」
「さっすが兄様だ! 尊敬します!」
「うん。俺も尊敬しているよ。お前の事」
「えへへ……嬉しいなぁ……兄様のことをお支えできるように、僕がんばりますっ!」
可愛らしく笑う、溌溂とした金髪碧眼の美少年。
父の面影を色濃く受け継ぎ、凛々しさも成長と共に目立ってきた。
見て。これ俺の弟。
着々と戦闘民族と化しているよ。
違うな。蛮族だな。
怖いよ。俺はシティーボーイなんだ。
父上似の、この爽やかな笑みを浮かべた男の子は、血の付着した剣を取り。
恐怖など感じてないかのように、血気盛んにも修行を続ける。
ナチュラルボーン戦の民じゃん。
俺痛いのは得意かもだけど、痛いのは極力避ける性質だもん。
「バカもん!!! 手加減することも、また修行! 相手の戦闘技術、あるいは行動様式を推測して対応せよ!!!」
「「申し訳ございません!」」
「罰として、半殺しバトル三本勝負!」
「「はっっっ!」」
武官長ダーヴィトの喝。
アルデバランの腕をちぎりかけたところを怒っているわけではないのが、彼らのお笑いポイントなのかも。
老兵の言葉に従い、駆け足で円形の陣地に向かう二人。
そして剣を構え、恐ろしい速度で激突した。
「っっっくぜオラッ!!!!!」
「こいやぁぁぁぁぁ!!!!!」
物騒なセリフと共に、殺し合うアルコル軍兵士。
これね。俺の再生魔法が出来てから、やり始めたやつ。
血飛沫が舞い、大地を赤黒く染め上げてゆく。
俺はハラハラドキドキどんどんドン引きしながら、それを見守る。
文明人とは思えないなぁ。
正気で訓練はできないのかなぁ。
戦争の狂気は、人の心を蝕むね。
「…………!」
アルデバランも真剣にこれを見学している。
一挙手一投足を見逃さないべく、瞬きすら忘れてしまったように穴の開くように眺めている。
そうこうしているうちに、いよいよ決着がついた様子。
「あ~~~! 負けた負けた!」
「次は三本とも勝ってやるよ! ギャハハ!」
「テメー俺に負け越してる分際で言うじゃねーか」
戦いが終わると駆り出される俺。
血まみれでゲラゲラ笑う兵士を治療し、辟易としながら兵士たちを再度見守る。
こいつら俺が居なくても、嬉々として殺し合ってそう。
「さて、アルデバラン様も」
「はい!!!」
ダーヴィトが向き直り、この場では生徒であるアルデバランへと指示を出す。
弟は大きく返事をして、忠実に従った。
昔は怪我したら泣いてたのに、順応したなぁ。
子どもの成長速度ってのは、侮れないね。
「一対一で戦うことなど、獣でもできます。我々は軍人であり、まず集団戦を行う。その立ち回りを覚えることが、軍隊では肝要なのです」
戦の心得を訓示する。
弟は真剣に聞き入り、頷いた。
そしてダーヴィトは騎士隊長であるシュルーダーに合図を送る。
そうすると今日の訓練内容が、推測できるというもの。
「シュルーダー。隊を率いてお相手せよ」
「はっ!」
「真剣で願います!」
「承知仕った」
事も無げに、ガチバトルの話し合いをする幼児。
やべーぞ。
刀を抜き放ち、正眼に構える。
血のやり取りの際の、緊張感が立ち込める。
「連携について学ぶこと。それは自分が対多数を相手にした場合にも使えます。よく相手の動きを学ばれますように。それでは両者。構え―――――――――」
双方とも前傾姿勢を取り、訓練開始の合図を待ち受ける。
武官長の掛け声とともに、戦いの火蓋が切られた。
「―――――――――はじめっっっっっ!!!」




