第215話 「和気藹々のショッピング」
商談が終わると俺も下がるように命じられ、アゲナと個人的に面談の時間を取る。
あそこまでお爺様が警戒するとは思わなかった。
流石の俺もあれだけの出来事の後で、一声かけるだけの気遣いはあるぞ。
あんな抜け目のない男に、変に恨みを買うべきではない。
誤解があるなら、解かなくてはならない。
「アゲナ。今回は来てくれてありがとう☆ …………えっとだな……あの……」
「――――――アルコル男爵。この度はお招きいただきありがとうございます。このような機会を賜り、そして私を覚えていただき光栄の至りです。二体目の魔将を倒した英雄に、このような大商いのお言葉をかけて頂けるなど、万感の想いでございます」
俺が言い淀んでいると、アゲナの方から語り始める。
形式ばった口調だが、その口調は柔らかく安心を促すもの。
俺への反感が無いということを、アピールしてくれたのだろう。
話しやすくなったので、そのまま着席を促して話を続ける。
「いやいい。俺たちも無理を言ったしな。楽にしていい。座ってくれ」
「恐れ入ります。失礼いたします」
座席に腰を下ろしたアゲナに対して、どう話を振ろうものか。
流石の俺もムカつくやつだとしても余りに酷い目に遭っていれば、同情を覚える。
お爺様の威圧はマジで怖い。
なんか仲間意識を誘われる。
「さっきのことだけど……お爺様はああ言ったが、お前には期待している。いつも圧が強いんだ。俺も怒られると、殺されそうになる。でもあの……あそこまで厳しく言うとは思わなかった……いやマジすまん……」
「アハハ……肝が冷えましたが、慣れっこですので。これが私どもの商売です。何とかやって見せます」
苦笑いするアゲナ。その額には冷や汗が滲んでいた。
商売人としては隙が見えないようにも思えるこいつも、焦っていたのかな。
イケメンが困って愉快にも思うが、いつもお爺様にビビり散らかしている俺は同情の念が強い。
俺にとってはフリチラリアの恋敵。
いやコイツはかませキャラだが、
こういう奴いるよな。でも最後に勝つのは、俺のような正統派主人公キャラだ。
コイツには新しい恋を探してもらおう。
そう思うと負け確定の当て馬くんを哀れに思えてきた。
「なにかお爺様が無茶ぶりして来たら、俺に言えよ。聞くだけだが、俺にはお爺様の言葉をどうすることもできないが」
「お心遣いに感謝いたします。尊敬する英雄殿にお気遣い頂けただけで、嬉しいものです」
柔和に俺を賛辞するアゲナ。
英雄を素直に崇めているのだ。
コイツも身の程をわかっているようだ。
コイツは俺の敵にならないな。
俺より格下だと認めているようだし。
なんか鈍感系主人公みたいな雰囲気醸し出してるけど、俺の方が鈍感だ。
今も俺を好きになる女性が沢山いるだろう。
そんな恋心に気づけない俺は、罪な男。
流石の俺も申し訳ないぜ。
この顔に免じて許してくれよ、世界中の子猫ちゃん……
「ふふん♪ そこそこわかるやつじゃんか! これからも贔屓にしてやってもいいぞ」
「ありがたき幸せにございます。我が身に釣り合わないほどの誉れにございます」
謙虚に俺を立てて頭を下げる赤髪の商人。
鼻を高くした俺は、機嫌を良くする。
そしてせっかくの機会に、こいつから幾らか購入してやることにした。
「ガキどもに何か買ってやりたい。今日は商売品はあるのか?」
「良品を見繕ってまいりました。運んで参りますので、ご検討いただければ幸いです」
俺たちは立ち上がり、ガキどもを呼ぶ。
大広間に陳列された品々を見て、黄色い声が大広間に広がった。
アルコル家にない珍しい品物を見て、喜んでいる様子。
「兄様! 僕とっても嬉しいです!」
「お兄様! 買ってくれてありがとうございます♪」
「ああ」
武具を抱きしめながら、満面の笑みを浮かべたアルデバラン。
オモチャでないのがこの世界独特の殺伐文化なのかも。
いや前世にも少年兵とかもいたかと思考が至ると、改めて思考回路のギャップを感じてげんなりとする俺。
しかし無邪気に飛び跳ねる弟たちを見ていると、心が和む。
はしゃぐ姿に、俺も釣られて笑みが零れる。
「ステラ勇者の本読みたい! 勇者の剣も欲しい!」
「きっと勇者の剣じゃないだろうけど、欲しいならいいぞ」
「やったー!」
「よかったわねステラ。勇者の本もこんなに沢山!」
目を輝かせながらツインテールを揺らして、我先にと商品に突貫したダメロリメイド。
そして苦笑しながらも楽しそうに、買い物へと心を躍らせているカレンデュラ。
ステラと服や勇者の本を買っている。
意外かもだが彼女たちは仲がいい。
勇者という趣味で話が合うようだ。
会った時には毎度の如く、カレンデュラの集めた本などの話をせがみ。
それに夢見るような表情で二人は読み耽り、語り合っている。
これくらいのガキは、王子様やら騎士様やら好きだろうからな。
世界の英雄たる俺の話を喜んで聞いているのも、そのためだろう。
「…………」
ふと視線を動かすとアゲナは微笑ましそうに、子どもたちの和気藹々とした談笑を眺めている。
子供好きなのだろうか?
いや、もしかしてロリコン?
ありうる。フリチラリアにデレデレしてたもん。
キモいんだよ。
俺ほど魅力的じゃないから大人の女に相手にされないのだとしても、最低限の倫理観は備えておくべきだろう。
俺ほどの大人物になることまでは期待しないが、大人として当然弁えておくべき一線だよ。
「アゲナさん! すごいものが沢山ありますね! 僕とっても楽しいです! アゲナさんのお仕事の話を聞きたいです! いつもお仕事ではどんなことをしているんですか!」
「光栄ですアルデバラン様。私などの話でよければ――――――」
そんな時にコミュ力最強マンが話しかけた。
視線を向ければアゲナはアルデバランに返答している。
俺の弟ながら初対面の人間にも、マジで物怖じしないやつだな。
いやアゲナはなよっちい優男だけど。
「――――――王都ってすごいんですね! まだ行ったことないから、憧れちゃうなぁ! 僕も何時か行ってみたいです! アゲナさんのお店にも!」
「その折には是非ご来店いただければ、私としても嬉しい限りでございます」
思考に没頭しているうちに、もう再会の約束を取り付けた……?
二人の尋常でない話術の巧みさに、驚嘆を隠せず聞き入ってしまった。
同腹の兄弟であるのに、この差はなんだ。
血でコミュ力は決まらないなら、俺ってマジの……
その辺で思考を断ち切る。厳しい現実からは目を逸らすべきなのだ。
「父上と兄様に頼んでみます! いい子にして修行したご褒美に、連れて行ってもらえれば!」
「僭越ながら見聞を広めることは、得難い経験になるかと。王都には見識豊かな知識人のみならず、歴史に裏打ちされた事物が数多く存在しますので」
アゲナもどことなく声色が弾んでいる。
日頃の愛想笑いと表情は変わらないが、雰囲気が柔らかい。
こいつらも相性いいのかもな。
アルデバランは裏表がないやつだから、誰とでも仲良くできるだろうが。
ちなみに俺はイケメンとは相性が悪い。
「楽しみがまた増えちゃったー! 頑張って連れて行ってもらおうっと!」
「アルデバラン様ならきっと、すぐまたお会いできることかと。ご来店をお待ちしております」
営業トークだろうが、笑みを浮かべたアゲナ。
しかし目元は柔らかい。
期待に浮かれる子供に癒されたのだろう。
さっきは恐ろしい老人に恐喝されていたわけだし。
とは言ってもアルデバランは人に好かれる奴だからな。
兄貴として弟が人との縁を繋ぎ、成長していることを実感すると感慨深くなる。
社交デビューももうそろそろだし、貴族として大きく成ってほしいものだ。
「――――――アゲナ。耳を」
「…………」
そんな折にアゲナへと彼の従者が耳打ちした。
商人は目を細め、無言で報告を聞く。
彼は無機質な表情で、淡々と佇んでいた。
俺はそれを違和感と共に見つめ、何事かの変事を直感したのであった。




