第214話 「野心的な若き商人」
シェダルは仕事が忙しいとのことで、早々に屋敷を出立した。
程なくして入れ替わるように、アゲナが商売に訪れる。
事前に依頼内容は聞いていたはず。
危険極まりない、魔王領域への物資移送という難事。
それなのにアゲナは常日頃と変わらない、にこやかな表情。
仕事の遂行に自信があるという事である。
だからこそお爺様は警戒しているのか。
したたかな商売人としての顔を崩さない、赤髪の美青年へと睨みを利かせていた。
「貴様が此度の遠征に参加したいと申し出た、王都を拠点とする商人だと聞いている。なぜそのような判断を行った。魔王領域に補給を行うという事を知っての行いか? 命が惜しくはないのか。申せ」
絶大な圧力を醸し出しながら、お爺様はねめつける。
王都の中でも屈指の大店を運営する、若き頭取。
軍需物資の取引実績もある。やり手の新星として業界にて名を馳せているようだ。
だからこそ堅実な経営を行っていたディースターヴェーク商店が、突然にリスクの高い取引に頭を出してきたのも違和感があるのだ。
小取引を続けて少しずつ信頼を積み上げるなら、まだしも。
俺を通じてアルコル家とも、商売の道を切り開いたのにだ。
そこまでアルコル家に取り入るため貪欲に販路を築きたいという、野心的な人物には油断禁物であると考えているのかも。
もしも彼が金の亡者ならば、警戒しなければならない。
あるいは何者かの依頼などによりアルコル家の没落を企み、罠に嵌めようと持ち掛けているのかも。
「商売をもって、英雄を支援したいということです。私の護衛は獣人が勤めております。彼らは実に精強な兵士になりうる。契約履行へのご心配頂くことはございませんかと。それに加えてアルコル家の護衛をつけて頂ければ、我が商会は更なる支援をする用意がございます」
「…………」
ハキハキと愛想よく、朗らかに営業トークをするアゲナ。
しかしお爺様には全く納得いかない様子。
そういった実現可能性もそうだが、彼の魂胆が読めない。
この優男の奥に潜んだ野心はどこに向き、本当にアルコル家の役に立つのか。
彼の魂胆を看破するため、アルコル家前当主は無言で観察を続ける。
それに対してもアゲナは動じない。
強烈な眼光にも動じず、商売話法を繰り広げる。
この最前線である領地にわざわざ来るのは、目ざとく己の能力に自信がある商人のみ。
後は危険性に尻込みしている。
だからこそこの赤髪の商人の特異性は際立つのだ。
「私には、キララウス山脈すら踏破する用意がございます。しかしご支援なくして多くの商品はお持ちできないことは、ご理解いただきたく存じ上げます」
「貴様が来れなかった場合、どうするつもりか」
「その時は残念ながら私たちは死んでおり、商品をお届けすることは叶いませんでしょう」
アゲナは一拍置いて、挑戦的な言葉を述べる。
お爺様の目が細まり、この男への炯眼を鋭くした。
父上をはじめにアルコル家の有力者たちも同席しているが、この赤髪の男について同じくして計りかねている様子だ。
彼らの視線は交差し、眼力は質量を持ったように重く感じられる。
それでもアゲナは涼しい顔で、一言付け加えた。
「現時点では」
「今のところはと来たか。随分と大きく出たものだ」
「取引がうまくいけば安全性が担保され、いずれは商隊を大きくし、護衛を多数雇うことができるようになるでしょう。恐れ入りますがそれは閣下の利益にも叶うかと存じ上げます」
滑らかな舌で、言説を並べ立てるアゲナ。
その論理は至極真っ当で、しかし挑発的なまでの姿勢。
酒保商人とは兵糧だけでなく、武器や雑貨、場合によっては女に至るまで管理し提供する。
それを独占できれば利益は果てしないものだ。
まだ契約を結んでいないにもかかわらず、アルコル侯爵家にも協力を促す図々しいまでの態度。
この傲慢なまでの論理性を有した人物に、頼りがいは感じられるが警戒心も強まって。
お爺様も同意する以外なかったからか、嫌味を言うだけだった。
「暴利を貪る、がめつい商人よ」
「企業努力でございます」
華麗に礼をする赤髪の美青年。
コイツの心臓どうなってんの?????
少年の面影を残す顔立ちからは、想像できない豪胆さだ。
祖父アルファルドに対し、初対面でここまで肝が据わった人物は見たことがない。
お爺様は警戒度を上げたようだ。
一層厳しい目つきで、この若き商人を睥睨する。
それを真正面から受け止めて尚、彼は悠然と構える。
以前フリチラリアに振り回されていた時とは考えられない、極端に感じられるほどの二面性。
これが若くして大商会を差配する実力者。アゲナ・ディースターヴェーク。
祖父アルファルドは威圧するように凄んだが、アゲナはさらりと受け流す。
数秒この老人は若い商人を見据えていたが、鼻を鳴らして目を逸らす。
仮面を張り付けたように薄く微笑するアゲナに、うすら寒いものを感じた。
「護衛の件は考慮しておく。下がるがいい」
「恐悦至極にございます」
軽やかに腰を折るアゲナ。
颯爽と退出し、姿勢のいい後姿を見送った。
それに向かってお爺様は腕を組み続け、しばらく思考を巡らしていた。




