第213話 「情報屋の提案」
それからも何度も商人を招いては討議を重ねるが、結果は芳しくなく。
だが方々より情報を集め、俺も自分なりに当たりを付けた。
王都で顔が効きそうな人間。
知り合いで言ったら、情報屋のアイツだ。
俺は父上やヤンに相談し、とある手を打つことに決定した。
まぁ彼らも同じことを考えていた、そういうことなのだろう。
それがこの男が目の前にいる経緯という訳だ。
このシェダルに手紙を送ると、急ぎ来訪するとの連絡があり。
その文面には王都における屈指の大店の若き頭取である、アゲナを紹介すればいいとの記載があった。
それを読んだ俺は頷きながら詳細を聞きたいと、文をしたため返送したのであった。
あの優男商人くんが頷くかは不明だが、ダメでも彼の伝手も紹介してもらえればいいだろう。
そこまではいいのだが直接に話したいことがあるようで、彼の来客に俺が対応することとなった。
「ご無沙汰しておりましたアルコル男爵。この度はお招き下さりありがとうございます」
「今日はよく来てくれた。こちらこそ礼を言うシェダル」
普段とは装いを異なるものにした彼は、別人のような風貌にも見える。
緩く伸ばされた茶髪は、首元でまとめてスタイリングしている。
フォーマルな商人然とした出で立ちではあるが、伊達男の印象は変わらず。
野性味のあるクールな風貌は、涼やかなものにも感じられる。
だがホストみたいな軽薄な雰囲気は、どうしても拭えない。
見た目ほどに軽い人物像ではないのだが、掴みどころのない雰囲気が更に助長されている。
「再びお会いできて光栄でございます。魔将バジリスクの討伐、心よりお祝い申し上げます」
「おう。ここは別に公の場でないし、いつもの言葉遣いでいい。変にお前が畏まると、気味が悪い」
「ひでぇ言われようだな」
「いつもの態度を省みてみやがれ。まぁ座れよ」
「これはどうも。失礼するぜ」
耳元のごついピアスを揺らし、ニヒルに微笑みながら優雅に腰を下ろす。
不思議と様になっていた。
なんだかコイツも礼儀作法を嗜んでいるようだ。
情報屋ってのは、そこまでするもんかと内心感嘆する。
裏の商売も色々スキルが無いと、商売あがったりで大変なのかもな。
そんな中、一転俺の体調のことを聞くと、苦しそうな顔をした。
「目出度い話は何よりのことだが、一方で毒を盛られたと聞いた。部外者の俺が聞くのもなんだが、一市民としては英雄様が倒れられたら、おちおち寝ていられない。体調の方は大丈夫なのか?」
「そこはこの通り全然問題ないぜ! いや社会は問題だらけだが」
「そうかい……俺が言うのもなんだが……気を付けてほしい。そうだな。アゲナにも」
軽口をもっておどけて答えるが、彼の表情は引き締まったままで。
次第に口調も固いものへと変貌してゆく。
情報屋の青年は重々しい態度で、友人だという男の名前を挙げた。
アゲナ・ディースターヴェーク。
若き凄腕の商人。
「えぇ……? お前自分で紹介しておいて、何を弱気なことを言ってんだよ」
「あいつくらいだろう。商人の身で、魔王領域まで行こうとするのは。行けるのは。だからこそ、だ」
俺が用意させた紅茶を、一口だけ口にしながら、
控えているサルビアも話を聞いているのだろうが、どこか怪訝そうな面持ち。
この情報屋の男が懸念している理由は、いったい何なのか?
「坊ちゃん。アンタを狙う連中は多い。身の回りには、信用できる奴。どうなろうが自力で処理できる奴しか、置いておかない方がいい。本人にその気はなくとも恐喝されて、なんてこともあり得るんだぜ。あんな事件もあったことだしな」
飄々としている彼からすると、やけに畏まった真剣な表情。
厳しい意見だが、もっともなこと。
いい人が味方であるなどとは限らない。
どんな汚い手を使ってでも、彼ら獣人は革命を果たそうとしているのだから。
そんな中、姿を現した白髪仮面の男。
慣れっこなのか、そちらに視線を送るだけでシェダルは動揺を見せない。
すでに存在に気づいてたのかもしれない。
ヤンとある程度対等に付き合えるところを見ると、この男も只者ではなさそうだ。
「おうシェダル。お前、坊ちゃんに毒盛った犯人、知ってんじゃねぇのか」
「よせよ。マジで知らねぇ」
ヤンが意地悪く薄笑いしながら冗談交じりの脅迫的軽口を飛ばし、シェダルは心底嫌そうに否定する。
しかし返事を聞いても、この密偵統括者は口元を歪めるだけだ。
純粋無垢な俺の前で、悪い駆け引きすんなよ。教育に悪い。
「ともかくだが何かと物騒な世の中だ。気を付けておくことに越したことはないって、業界人からのアドバイスってやつだな」
「忠告痛み入る」
「別に大したことは言ってないさ。妹分が世話になってんだ。これくらいは当然の気配りよ」
気障にウィンクして、配慮を示すシェダル。
彼の妹分。
王都で遊んだフリチラリアという、茶髪緑目の美少女を思い出す。
年の頃は俺の一つ下。エーデルワイスやカレンデュラと同年齢という事だ。
一つ二つ上くらいかなと思ったのは、内緒の話だ。
そうするとアイツ、身体の成長早いな……グフ♡
「坊ちゃん。フリチラリアと仲良くしてくれてるみたいだな。俺からも礼を言う」
「なんだよ改まって? 仲良くしたいのは俺の方なんだから、礼を言われるようなことじゃない」
「ああ……大貴族様と話せる機会なんて、そうはない。アイツにそういった人脈ができるのは、俺としても歓迎すべきことだからな。まだガキだが、気のいい女だ。今後ともよろしくして頂きたくてよ」
荒れに荒れている政治情勢下。人心の乱れはもちろん治安の乱れに直結する。
不安定な王国で、後ろ盾のない庶民は不安なことだろう。
貴族としての身からは、想い至らなかった。
自らの浅慮を恥じ、せっかくできた友達の安全を確保するべく、言葉を返す。
「あいつを気遣ってやってほしい。できればでいい。俺はしばらく忙しくなる。アイツの面倒を見てやれる余裕はない」
「俺もあんまし王都には行けないが……まぁうちの家人に言っておくよ。あと俺の婚約者とフリチラリアは仲いいから、手紙で少し言っておく。物騒な世の中なんだろ?」
「かたじけない。この通りだ」
シェダルは身を慎んで、深く頭を下げる。
彼にとって妹分。
どんな時間を共にしてきたのかは知れないが、大切な仲なのだろう。
しかしそこまで大事なら、自身が守れないのか。
多くの人脈を保持しているだろうこの男なら、平民の少女一人くらいは守れそうなものだが。
だがその人間関係そのものが、彼を縛っているようであった。
「お前が守っては、やらないのか?」
「…………自分の生活だけ手一杯さ。さるお貴族様からの仕事で、余裕がなくてね。身の安全のためにも、確実に依頼を遂行する必要がある。それに王国情勢は積極的に把握しておきたい。情報屋ってだけで、しがらみに雁字搦めなのは泣けるがな」
貴族たちも生き延びることに、必死なのだろう。
彼らは決して怠慢ではなく、己の利益のためなら何でもやるのだ。
保身に走るのは、後ろ暗いところがあれば当然だ。
下層階級を迫害していたツケは、暗殺という形で返している。
王国はその威信にかけて対策をしているが、あまりにも行うべき事案が多すぎて手が回らないのだ。
「世知辛い世の中でも、生きていかなきゃならない。自分もダチも守るには、出来る限り努力していかなきゃな――――――――」
それに否が応でも巻き込まれるシェダルのような庶民は、今も最善を尽くして死から逃れようと努力している。
彼の横顔は哀愁を漂わせ、その苦労を如実に感じさせた。
よく見ると以前より少し痩せたようにも見える。
彼の心労は如何程の者か。
「忙しいところ時間を取ってもらって悪かったな。アンタの様子も見たくてよ。妹分が心配からか、うるさくてな」
「いいや。フリチラリアにもよろしく頼む」
「おう」
彼も自分の人生があって、稼がなくてはならないし。
自分の身も、自力で守らなくてはならない。
庶民の生活は、どのようなものなのだろうか。
人伝にしか聞けない、彼らの大変な生活と不安を想い。
少し疲れたように見える、彼の後ろ姿をやるせない気持ちで見送ったのであった。




