第210話 「邪神の少女が望むスキルビルド」
有用なものであれば、是非とも頂きたい
貫いていた無言とプライドを放り捨て、即座に改まって返答する。
「過分なるお心配りを賜り、恐悦至極にございます」
腰を深く折り曲げて、恭しく配慮への礼を言い渡す。
満足そうに頷いたテフヌトは珍しく笑みを浮かべながら、褒美とやらの内容を述べた。
あまりの美麗なる顔立ちに見惚れるも、何とか気力で意識を集中させた。
『前にも言ったが、おまえの育成方針について。わたしが考えてあげたのだから、光栄に思いなさい』
「はっ」
崇め称えるように畏まって謝辞を申し上げる。
褒美とは随分と前に言っていた、魔法についてアドバイスしてくれるってやつか。
俺としても今後のスキルビルドについては決めかねていたから、願ったり叶ったりの申し出だ。
自由にステータスを弄れる神様チート持ちにとって、色々選択肢がありすぎるのも考え物である。
魔法を作ったという専門家中の専門家である彼女の考えなら、大いに参考となり得る事であろう。
尊厳など放り捨て、形式張って姿勢を正し改まってから拝聴する。
『前もって言っておくけれど、最強になるための正解などない』
「……?」
どういう意味だ?
例えばだが最強である人物の鍛錬のやり方こそ、正解と呼べる代物なのでは?
意図が不明瞭なので、彼女の話に口を挟まず静聴する。
膝を組んだ少女の姿に高慢なる雰囲気を宿らせた、倒錯的なる佇まいであるテフヌトの魅惑的なる容姿。
その美しい唇から、どんな楽器の音色も霞む美声が鼓膜へと染みわたる。
『最強の力などない。魔法などの戦闘技術にはそれぞれに強みがあり、得意分野が分かれる。だからこそあらゆる能力をひたすら鍛えた者が強くなる。言いたいことがわかる?』
「……わかりません」
視線を彷徨わせつつ、否定の意を口にする。
最初から訳が分からない。
戦う条件によって、最強の存在は変わるみたいな感じか?
そりゃ全分野で能力が優れていれば、それを戦闘にも応用できるのだろうが。
俺が理解の範疇外といった面持ちであることに気づいたのか。
テフヌトは侮蔑の視線を送り、魂の芯まで底冷えする絶凍の低い声で俺を嘲る
『低能……まぁいいわ。強くなりたいのなら、スキルポイントをひたすら稼ぐのよ。そしてスキルポイントを稼ぎやすいスキルをとればいい』
「確かに。ですが私には判別がつきません」
『推測など容易いでしょう? スキルポイントは生物を殺すほかに、修行しても手に入る。ならば敵を殺しやすい、あるいは修行効率がいいスキルを取って運用すれば済む話』
「たっ……確かにー――っ!?!?!?」
盲点であった。
どのスキルを取ればいいか苦慮していたが、そもそもスキルポイントを取得しやすいスキルを取ればよかったとは。
限られたスキルポイントの使い道に苦慮するより、スキルポイントの絶対量を増やし続ける。
単純なことであるが、なんだか今の今まで考えが及ばなかった、
もっと早く思いついていればと思ったが、多分自分では無理だったと即思い至った。
『即時運用できる修行案を例示する。よく聞きなさい。ゴーレム魔法を多重発動して、土を掘ってから埋めさせることを繰り返すだけでいい。単に土魔法レベルを上げるだけにとどまらず、耕作あるいは農学スキルも多少なりとも上がる。魔法を多重発動すれば、さらに効率よくスキルを磨ける」
そうだ。スキルレベルはスキルポイントをつぎ込むことだけで、上昇するのではない。
単純に鍛えても、それに応じてレベルアップしていくのだ。
ならば多くのスキルを同時に鍛えられる行動を、積極的に取り組めばよい。
『人間は土で遊ぶのが好きでしょう? 穀物を大地で育てて摂取する。住んでいる土地を護るにも、土塊でおもちゃのような壁を作る。それを同時に行えばいいだけの話』
確かにゴーレムで畑を耕させ、それで生じた土石などは拠点設営の資材にでもすれば。
スキルポイントも増えるし、一石三鳥。
俺の操るゴーレムならば、精密かつ高速にそれを執り行えるだろう。
テフヌトは説明しながらも失望したような、尊大な口調。
人間を下等存在であると見下しきった、不遜なる言い草であった。
『それらを果たせる魔法を行使するための、マルチタスクと高速思考のスキルを最優先で取れ。単純な戦力としても大いに有効。戦いの中で多岐に渡る思考ができるのだから、むしろなぜ取得しなかったのか、疑問でならないわ。低能過ぎて、笑えて来るわね』
事実であるが痛烈なる指導から、心にアイスエイジ到来。
分を弁えているにもかかわらず、俺の心を意図して抉る非情なる存在である。
彼女より軽蔑の視線を投げかけられるも、儀式ばった体勢は崩さない。
横柄の極致にあるような言動であっても、有用に過ぎるアドバイスであったから。
だが俺にも、それらのスキルを取得しない自分なりの理由はあったのだ。
有用ではあるが思考回路に影響する、怪しさ満点のスキル。
転生した俺の自己同一性など、今更の話かもしれない。
しかし自分の思考までに無理やり捻じ曲げられてしまえば、俺という存在の根幹が揺らぐことになる嫌悪があったからだ。
「(だが、もう関係ないことか)」
既にマルチタスクのスキルを取ってしまったので、今となっては過去のことであるが。
それはさておき、確かにと頷きながら考える。
そのような効率のいい修行を行えば、スキルポイントも多く手に入るはずだった。
一番強いスキルビルドばかり考えていて、そして漫然と魔法を放ち続けていたからか思いつかなかった。
それを考えること自体は、無駄ではなかっただろうが。
『まぁ、もっと効率の良い成長方法はあるけどね。教えてやらないわ』
「ええっ!? なんでですか!」
まだなんか奥の手があんのかよ。
俺の心を弄んで、遊んでいるのだろうか?
あまりにも無体な言い草に、俺は悲鳴を上げるように抗議する。
普段なら怒られているところ。
そう思った瞬間には遅かったが、怒声は飛んでこない。
その代わりにテフヌトは嗜虐的な笑みを浮かべ、俺の顔を眺めている。
何を考えているのだろうか。
そして俺の何を知っていて、俺にこんなことを言ったのだろうか。
このお方の表情は読み取りづらい。
むしろこちらの心を覗き込んでくるような、そんな感覚を覚える。
『浅はかな浅知恵ね。おまえのために言ってあげているのだけれど、おまえ如きではわかるはずもない。おまえはいつか、私に感謝する時が来るわ。覚えておくといい。せいぜいその時にもがき苦しみながら、わたしを嗤わせてちょうだい――――――――』
背筋が凍る、美しくも残酷なる表情。
その意味するところは、俺の不幸を願うもの。
もったいぶって甚振ることを楽しんでいるのだ。
俺は涙目になりながら縮こまると、彼女は愉快そうに声をあげて笑った。
子ども相手になんて女だ。
英雄の受難は、至るシーンで訪れるものなのであろうか。
やはり邪神。
羽虫が苦しむ様を眺めて、悦に浸る。
そんな心が捻じ曲がった存在なのだろう。
俺が苦悶している様に満足したのか、唐突に話を戻す。
つくづく人を振り回す神であるも、文句は言えない。
『魔力操作を最優先としたことは、おまえにしては上出来。これが出来なければ、いくら頭が回ったところで、多数の魔法は使えない。魔力の扱いに慣れることは、あらゆる魔法技術の基本』
そりゃ魔法を使う上での基礎能力だし、色んな事に応用が効くと俺でもわかったから。
実際にここまで多種多様な魔法を即座に、そして精密に操れるのは魔力操作スキルの賜物だ。
ひとしきり俺の態度を楽しんで満足したのか、強引にも話題転換をし。
蔑視の籠った無感動な目で、テフヌトは淡々と話し続ける。
『そして人間としては無尽蔵に近い、お前の魔力を生かすこと。暇さえあればアイテムボックスに高位魔法を撃っている。それ自体は間違いではない。大魔法を使ったほうが、効率的な修行になることは当然。しかし中々使えない。矮小な人間にとって、手に余る周辺被害があるのだからね。それを解決することが、アイテムボックス。便利でしょう? その力は』
理に適ったアドバイス。
その通りで大魔法を使えるシーンなど限られている。
練兵場すら手狭になる程、俺の魔法は凄まじい威力なのだ。
一々綺麗に土魔法で修復する方が、非効率なのである。
そして偶然気が付いたが、アイテムボックスの話となると妙に機嫌よさそうに語っている。
傲然と膝を組みながらも、高貴なる風体の幼き女神。
その見た目にそぐわない性倫理観に対して冒涜的なる仕草は、不思議と様になっている。
『お前のような馬鹿に敵情を分析し、その場に即した的確な魔法が使えるはずがない。手数で押しなさい。そのためのマルチタスクによる多数の魔法展開』
確かに戦闘中に相手の情報を分析することなど、並大抵ではできない。
それよりもあらゆる敵に対応できる魔法をあらかじめ保有し、それを使って反応を見てから考えた方が有効なのかも。
この最強と謳われる神ならば、傲慢な態度も至極自然に感じられる。
更に身を硬くしながら、細心の注意を払って話の続きを確かめる。
『そして魔道具』
大仰に声を張り、謳うように明らかにした。
彼女の指摘は厳しいが、信じられない程に有用で。
だからこそ一字一句逃さぬように、脳裏に刻む。
『魔道具は魔法陣を形成し、詠唱することなしに、一定量の魔力を流すだけで発動できる』
その通りだ。持ち運びに不便、値段が張る、などの欠点はある。
だが魔道具の利点としては、まさに一定の魔力を込めるだけで発動できるという事。
あらかじめ物質に刻まれた魔法陣として、この世に存在し続けているのが魔道具なのだ。
それに自ら作成して魔力を込めるだけでいいのだから、展開速度も魔法より早い。
また俺ならばアイテムボックスで手軽に持ち運ぶことができ、戦闘前に出せばいいだけの話だ。
『昔は……お前たち人間にとっては太古の昔は、良質な魔道具の量をどれだけ用意するか。そしてどれだけ強い個人戦力を用意するかで、戦いの趨勢が決まった』
至極妥当な論理である。
贅沢な戦であるが、そうなるだろう。
魔法という火力があれば、戦争は火力戦となる。
人数差でなく、火力量の差で戦いが決まるのだ。
魔法の才覚に依存する魔法社会では、個人能力こそが尊ばれる資質なのだ。
『その人間にしては多い魔力があるのだから、有効活用しない手はないわ。数多の魔法と魔道具による、飽和攻撃。それがおまえの基本戦闘理論となると思え』
「…………!」
助言を聞けば、合点がいく。
俺のチートの真骨頂である、無限に等しい魔力供給力。
それは残弾を気にせずに、そして圧倒的火力をいついかなる場合でも引き出せるという事。
つまり俺がとるべきスキルは、大きく3つ。
マルチタスク。高速思考。そして魔道具作成魔法だ。
これらが俺の戦力を、飛躍的に上昇させてくれることだろうと確信する。
思わず感嘆の息は漏れる。
彼女は口は悪いが、最高峰の魔法の師であるのかもしれない。
そして思わぬ申し出が。
『――――――――だが1回だけなら、魔将すら意表をつける。恐らくは世界で現状お前だけが、できる技術がある。他の神々が要らないことさえ、誰にも吹き込んでいなければね』




