第208話 「父による絶望の将来予測」
衝撃の予測は、俺をまともに反応することを許さなかった。
呆然と父の姿を見つめ続ける。
「しかしなぜ、今なんだ……何か理屈があるはずだ。ここまでの策を弄する魔王が、この時期に決めた要因……」
そうだ。
なぜ今になって。
いつだって、よかったのではないか。
俺が生まれていない頃でも、いや父上が生まれていない頃でも。
あるいは出会った魔物たち全てが危険視していた俺が、死んだ後の遠き未来でも。
「原因はアルタイルではない可能性が高い。そうでなければトロルの侵攻の説明がつかない。初めから知っていたなら、何が何でもアルタイルを殺しにかかるはずだ。なんらかの方法でアルタイルを察知したとも考えられるが、ならば初手で完璧に潰すはず…………嫌味な程に賢明な魔王たちが、戦力の逐次投入の愚を犯すはずがない。『透明の新種の魔物』もバジリスクも、あるいはそれ以外の戦力も同時投入すればいい話だ。『透明の新種の魔物』も各国で確認されていない以上、今は数が揃っていないと判断していいだろう。希望的観測に過ぎないが……」
その通りだ。
俺が魔王を倒せる戦力として認められ、脅威であると判断すれば。
魔将を総動員してでも、俺を殺しに来るだろう。
成長する前に殺す。
それをしないことは、まだ魔王は俺を認識していないのではないかという推測が成り立つ。
「途中でアルタイルを見つけ、作戦目標の優先度を変えたともとれるが……その場合はトロルはある程度の指揮権を保持していた……? アルタイルの高い魔力を狙っていたが、それはそれまでに認知していなかったという事。しかし……だとすれば一体トロルは何のために、あの時に先遣隊としてあの場へ居た……」
そうだ。俺が目的でないならば、トロルはいったい何のためにアルコル領に派遣されたのだ。
奴は魔将になりたいような口ぶりだった。
それでもアルコル領に送り込まれたことは偶然ではなく、何かしらの意図があるとみていいはずだ。
ここまで姑息で卑劣な策謀を弄す魔王なのだから、とても安易になど考えられない。
『透明の新種の魔物』も今は数が足りていないのかもしれないが、今後はわからない。
俺たちを襲いに来る魔物が、すべたあの魔物となったら。
バジリスク戦のように世界的に戦線が崩壊していくことを想像して、身震いした。
「ピースが足りない……何が狙いなんだ……魔王の作戦目標……戦略の全容は……」
トロルから始まる、魔王たちの行動の変化。
長くの間戦乱は続いていた。
しかし王国に魔将の侵攻などという、国家存亡の危機は皆無だった。
絶対に意図がある。
父上ですらまだ把握できない、深いところにある何かが。
「バジリスクでも『透明の新種の魔物』でもない。最初にトロルを、アルコル領に単独進出させた意味……」
魔王が人類を滅ぼしたいという命題に沿って、論理的に推論を重ね続ける。
その大前提に従って正答を演繹しようとするも、叶わない。
父上は首を振って、現時点で魔王たちの思惑を見通すことを諦めた。
「だめだ。情報が足りない。仮定はいくつも思い浮かぶが、断定するに足りる証拠がない」
「そうですか……」
父上ならばと思ったが、ダメだったか。
流石に落胆を隠せない。
それでも父は方策を練り続ける。
多くの命を預かる彼は、絶望に心が折れている時間などないのだから。
「そうなれば次は、次善の対策を練らねばならない。革命軍が魔王勢力と繋がっていることを知ったとは、アルコル家は現時点では言えない。魔物と話して聞いたなんて言えないからだ。その証拠を全力で探し出し、王国へ早く伝えなければならない」
そう。魔物と話せるなど、前代未聞の異常事態だろう
この期に及んで、仲間割れを自ら誘発するなど悪手に過ぎる。
迂遠にも程があるが、父上の筋書き通りにせざるを得ない。
確実に王国全体で情報共有しなければ、取り返しのつかない事態になるのだから。
「だから時機を見て伝える。伝えなくては収拾がつかなくなる可能性が高い。だが魔王の侵攻が近いという件については。バジリスク戦からの私個人の予測として提出し、王国上層部で検討をしてもらわねば」
「確かに。よろしいかと存じます」
手遅れとなる前に、何が何でも対策をしてもらわないと。
人類すべての命運がかかっているといっても、過言ではないのだから。
ここからは少し未来の話であるが。
王国首脳部は直ちにそれを討議、認可し、王国の総軍をもって、魔王領域への調査に乗り出すことを取り決めた。
至極論理的な未来予測だったからだ。もちろん悲鳴のように紛糾したらしい。
揉めに揉めたが、父上と叔父上、お爺様の政治能力によって、シファー家の残党を確保できたことが大きい。
もちろん湯水のごとく、俺が稼いだ金をばらまいた。
それでもその分経済が回るだけで、たちまち我が家の蔵には収まりきらない程の金が積み上げられている。
余談ではあるがアルコル家の特産品として、とうとう俺の英雄グッズが生まれたらしい。
それらの要因により東部軍管区、そしてその縁戚から伝って、多くの貴族家が賛同した。
多くの命、そして人脈と、利権がかかわっているのだ。
それを失うことなど看過できない。
アルコル家への反感より、実利が彼らをそう判断させた。
「バジリスクの躯は、教会が保管している。もう既にあまり残っていないが、魔道具にするためにも厳重に保管されている。だから教会の中に漏洩させたスパイがいると、そう教会上層部は確信していたようだ。それについて大捜索をしているらしいが、結果は芳しくないらしい。それよりも魔王侵攻に際して音頭を取ってもらうように、政治工作をしないとならないな」
やるべきことは多い。
それでも優先順位をつけなければならない。
教会内部にいるかもしれない内通者は気になる。
しかし今は目先に迫ったリスクへの対処を行って欲しいのが、人類最前線を担う者としての願いだ。
「ここにあるバジリスクの別個体という証拠を見せれば、確実に腰の重い法衣貴族たちも、現実を直視せざるを得ないだろう……王国に潜む裏切者も邪魔するだろうが、確固たる証拠さえあれば、悪いことにはならないと思いたいが……」
「…………」
説得材料はあるが、革命軍の危機に揺らいでいる今。
こちらから打って出てくれるだろうか。
この時の俺はそんな思っていたが、杞憂に終わってよかった。
弱者と愚者は淘汰され続けた、この世界の人類を甘く見てはいけないらしい。
「だが確定したことはある。これはまだ始まりにすぎない事。そして――――――――」
俺の尋ねに、しばらく言い淀んだ。
しかし自らの義務とばかりに、発言を決行した。
父上は血を吐くように、重々しく語った。
俺は更なる絶望に陥る。
「人類は、魔王にいつ絶滅させられてもおかしくない」




