第207話 「なぜ今までの事件が起きたのか?」
「え?」
父上の無機質な声が響き渡った。
攪乱?
何に対してのことだ?
意表を突かれた俺は、間抜けな声を漏らした。
アルコル侯爵は不意に未来予測を口にし、その話に心を奪われてしまう。
「話は過去の異常事態、全てに遡る。なぜ『透明の新種の魔物』を、アルコル領にあれだけの数を送ったか。恐らくは私たちの注意を引くためだ。『透明の新種の魔物』が王国を蹂躙すればそれでいい。それこそが魔王に利することなのだから当然だ…………しかし別に私たちが勝っても、それでいい。あの残った躯を巡り有効活用するべく、人類同士で揉めることになると予想したんだ」
父はペンを取り、凄まじい勢いで何かを記す。
紙が引っ掻かれる音が木霊し、それらは次々と俺の心を無残に貫く。
あの『透明の新種の魔物』は王国に送り込んだ時点で、目的は達成されていたのか?
ただただ言葉を失う。
「王国内でごたつくことは既にわかっていたんだ。なぜなら革命軍は恐らく、いや確実に以前から魔王勢力と接触してたのだから。そして革命軍が王国上層部に浸透していたのだから、王国が荒れることはわかっていたんだ」
悍ましいほどの陰惨な策謀。
しかし、これから更に恐ろしいことを聞いてしまうのではないか。
不意にそんな予感がして、耳を塞ぎたくなった。
「恐らくあの時に『新種の透明の魔物』がいなかったのは、革命軍と魔王勢力が取引をするときに、革命軍が背中から討たれることを防ぐため。革命軍と魔王勢力は利害の一致であのような目論見を用いたのであり、本来は味方同士ではないのだから」
俺は絶句しながら、彼の推理に聞き入る。
思考が追い付かない。
唖然とする。
奴らは結託し、俺たちを追いつめようとしていたのか。
下劣かつ巧妙な陰謀に、背筋が凍る。
「そしてトドメが次の一手。バジリスクの毒だ。これと新種の透明の魔物の組み合わせは最悪だ。対処がほぼ不可能と見ていい」
確かに透明になった人物に、気づかないうちに毒を仕込まれたら。
対策は皆無に思える。
そんな危険物を併用されれば当然、被害者たちには恐ろしい結末が待っていよう。
誰よりも俺が痛烈に体感したはずだ。
「恐らくは革命軍と新種の透明の魔物を用いた陰謀は、同時多発的に行おうとしたのだろう。我らの対処能力を飽和させ、より確実かつ早急に、人類を滅亡させるために。そして万が一に新種の透明の魔物が失敗すれば、バジリスクは毒を革命軍へ提供する…………そんな契約が交わされていたのだろう。それで王国内の要人を暗殺する。そうして王国を弱らせる。人類は内部から疑心暗鬼で腐っていく」
愕然とした。
そうだ。王国上層部の命を革命軍が狙おうとすることは、俺でもわかった。
しかしその裏には、より深い闇から魔の手が延ばされていたのだ。
人類を何が何でも滅ぼす。
そんな極大の悪意が、今までの事件の裏には潜んでいたのだ。
「思えば、あのトロルは先遣隊に過ぎなかったんだ。あれが私たちへの威力偵察部隊だった」
最初に俺が戦闘に参加し、最初に魔将とされる魔物と戦闘した時のことを思い出す。
魔将と誤認する程に、強力だった魔物。
魔将に迫る実力であったとは言うが、あまりにも強大で絶望した敵。
それが小間使いのような役割の域を出ない可能性。
眩暈がした。
「恐らくはトロルが敗れたからこそ、このタイミングで、こうした搦め手を打ってきたんだ。私たちを警戒して。だから内部から弱らせた。狡猾な手だ。今気づいてよかった。今気づかなければ……」
父上の世界屈指の頭脳は、俺を置いてきぼりにして回転する。
類稀なる戦略眼は、一つの解を弾き出す。
世界地図そのものを、その脳に収めたように、そして演算を続ける。
「そうなれば、次の相手の一手は恐らく――――――」
目の前の人物の脳内で高速で繰り返される、予測の数々。
何十、何百、何千もの推論がはじき出されては、棄却されていく。
そしていくつかの仮説が残り、最も可能性が高い結果が導き出された。
結論を述べる。
父上は書き終えると、固くペンを握り締めた。
筆の折れる音が、俺の鼓膜と脳を揺らがせた。
「――――――――私たちを本格的に潰しに来る」
彼の脳内に映し出されたグローブ。
アルフェッカ・アルコルの脳内にあるもう一つの世界は回転し続け、ついに回答が下された。
彼の雰囲気は、目線は、言葉は。
俺の心を抉り抜いた。
「魔王の本格侵攻が近い」




