第206話 「暴かれし人類を蝕む策謀の真実」
凱旋してから数日が経過し、父に重要な報告があると時間を取ってもらい。
彼の執務室において報告事項を連絡するために、俺はここにいた。
石化の呪いを受けていた彼も、疲れが溜まっているのだろう。
本来は絶対安静のはず。
手術後のようなもので、体力を著しく消耗しているから。
しかし彼の責任感は、責務を放棄することを許さず。
アルビレオ叔父上たちの補助を受けつつも、精力的に戦争処理を行っていた。
戦死者の処理や、王国への報告、失われた軍需物資の補充など問題は山積みだ。
それでも己の子どもを安心させるように、疲労など感じさせないかのように父上は柔らかく微笑む。
目の下に隈は散見されるも、威風堂々とした佇まい。
真の貴族とは、この人のことを言うのだろう。
「ステラが起きました」
「そうか。よかった。本当に」
何と話し始めたものかと、前置きとして俺の乳姉弟の安否を報告した。
ホッとしたように胸を撫で下ろした父上。
ステラが小さい頃は、俺と同じように父上に構ってもらう事も稀にあった。
彼が愛した俺の実母ナターリエの侍女であったヘンリーケの、実の娘でもあるから心を配っていたのかもしれない。
昔はステラも父上の強面に怯えていたが、今では慣れたようだ。
意味わからんが直属の上司であるはずの俺とは違って、身分を弁えた対応をしているが。
閑話休題。ここにいる理由は、口外できないことを話すため。
つまり他言無用の極秘事項である、俺が魔物と話せるという特性に関わる事案。
「さて。例の一件について、話が聞きたい。バジリスクと意思疎通をしたように見えたと、私が気絶している間にアルビレオたちが確認した件について」
「はい。報告いたします」
バジリスクが最後に漏らした、衝撃の事実の数々。
人類の裏切り者について、父と話さなければならない。
アルコル家の外交政策を差配する彼が、重要情報を知らなければ。
致命的な一手を打たれかねないのだ。
俺は襟を正して、乾いた喉から報告の言葉を述べる。
「順を追って話します。まずバジリスクは革命軍とつながっている模様。革命軍に毒を流したのはバジリスクでした」
「…………恐れていたことが……」
ゆっくりと目を閉じて、苦悶の声を上げる父上。
しかし想定していたことなのだろう。
事前に予想していたほど、驚いた様子は見られない。
しかし考えれば、その可能性に行きつくに違いない。
俺がバジリスクの毒に倒れて、そう時を置かずして出現したバジリスク。
毒は教会内部のスパイでなく、魔王軍から流されたものだった。
そのような最悪の想像をして然るべきことである。
信じたくない事実であるのが、悩ましすぎるところであるが。
「バジリスクは接触した地点に、長らく留まっているように思えた。あの複雑多岐に渡る軌道は、周辺地理に詳しくなければ中々難しいものであるだろう。恐らくはあそこを拠点として、しばらくの間に革命軍と接触していたのかもしれない……しかしそうすると、キララウス山脈に接する領地の中に、革命軍が潜り込んでいる可能性が……」
父上の言う通り周辺地域に詳しくなければ、俺たちに優位な位置取りで戦うことは難しい。
そしてバジリスクは高所などの有利地形の争奪戦に、一度もミスを犯したことはなかった。
あの場所を確保して俺たちを待ち構えていたこと自体が、戦術眼があり革命軍と繋がっている補強材料になる。
一方で拠点そのものが、俺たちの有力な情報源となる。
あらかじめ革命軍と魔王勢力が繋がっていることが把握できれば、その行動も少しは推論ができる。
そして革命軍が根を張っている領地も、大凡ではあるが推測できた。
革命軍が国境付近に集結していることも、頷ける。
戦乱が続く、混乱地帯であるからだ。
魔物たちに破壊された廃村なんかを、根城にしていてもおかしくはない。
盲点であった。
敵は俺たちの足元にもいたんだ。
「わかった。そちらの面からも、引き続き捜索を続けよう。現時点でわかってよかった。確信できたのは、お前のおかげだ。あれだけの激闘と治療の後にも関わらず、よくやってくれた。ありがとうアルタイル」
「いえ……続きまして、『新種の透明の魔物』が魔王の目論見で派遣されたのかについて聞きました」
「妥当なところだ。魔王については謎しかない。少しでも手掛かりが欲しい。行動原理一つでもわかれば、値千金だ」
俺はそこまでは考えていなかったが、魔王が何を企んでいるのかを知りたかった。
アルコル家の最大の敵であるのは、どうあっても魔物たち。
奴らを排除しなければ、安息は訪れることはない。
しかし続く報告をすることへの、気が重い。
大した収穫は得られなかったからだ。
「申し訳ございません。それについては無言を貫かれ、有意な反応は引き出せず……」
「いやいい。この会話の中で、それは想定していた。無反応も反応の内。間違いなくバジリスクは、高い知能がある証拠だ。それが魔王に忠誠を誓っている。魔王の何かしらの計画に沿って、単独で動いていたという可能性が高い。何か思惑があったと見て、間違いない」
「なるほど」
そういう事もわかるのだな。
違った視点だ。
さすがは父上としか、言い様がない。
頭脳を駆使して、人類に向けて策謀を弄している魔王たち。
次々と陰謀を暴けたのは、彼がいたからだ。
いよいよと言ったところか、最後に本題。
気が重い。
「そして、最後の報告となります」
気が滅入る。
どうやって告げればよいのか。
こんなことを。
残酷過ぎる事実を。
「魔王が本格侵攻をしようとしているか、という事についてです。それについても聞いたところ、それ自体については不明でしたが……わかったことが、一つ」
言い淀む俺に対して、真剣に聞き入る父上。
非情な現実であっても、言わなければならない。
言いたくないが、早く俺も吐き出したい。
楽になりたい。
そんな矛盾した思考のまま、ようやく重い口を開く。
「バジリスクは魔将でない」
「………………っ」
父は衝撃に目を見開く。
短くも、恐ろしく長いように思える無音の静寂。
時計が時刻を刻む音が、いやに部屋に鳴り響いた。
しばしの沈黙を彼自身が破ると、震える小声で返答した。
彼ですら動揺する程の衝撃であったのだ。
そうだろう。トロルは魔将という確証はなかった。
しかし史書にはバジリスクという存在は、魔将であると歴然と記されていた証拠が残されているのだから。
「太古の昔、バジリスクは魔将とされていたはず…………」
「バジリスク自身がそう言っておりました。嘲笑うように……」
嘘をついて何か得があったのかもしれない。
だがあそこまで愉快そうに、大笑いするものだろうか。
自らを殺した者たちへの、嫌がらせであったとしても。
あの死に瀕しても理知的な大蛇が、そんなくだらない発言をするものだろうか。
「…………まさか当時の英雄とされた者たちも……過去の私たちのように、人類に希望を持たせるため……?」
父上が崩れ落ちるように机に手をついて、体重を預けた。
その目は見開かれ、しきりに揺れている。
とても郎党に見せられる姿ではない。
しかし仕方もないこと。
ひどく動揺しているのだ。
文献が嘘を記しているかもしれないことを。
人類の数少ない偉大なる栄光の一つである、魔将討伐などできていなかったのだという事を。
「だが、もしもバジリスクの言っていたことが本当なら……」
そのようなインパクトを受けても、父上は思考を止めない。
その発言の意図を、探ろうと脳をフル回転させる。
「何故それをバジリスクが、何が目的で」
そして狼狽しながらも、彼は考え続ける。
虚空へと視線を彷徨わせながらも、アルコル家を背負う彼の頭脳は思考停止することを許さない。
そして遂にアルフェッカはバジリスクの言葉に、あることに気づいたのだ。
彼が何を考えているのかわからなかったが、無機質な瞳に何かが垣間見えた。
「そうか。攪乱だ」




