第204話 「本当に守りたいもの」
戦いが終わり、戦後処理をまとめてから。
意識回復してから半ば無理やりに意気揚々と、戦勝宣言をした父上。
士気が高揚したのか兵士たちも誇り高い様子で、それに倣って腕や剣を掲げた。
そしてバジリスクの躯から、頭部を切り離してアルコル領まで持ち運ぶ。
鱗なども切り取って、持てるだけ持った。
魔道具の触媒となるからだ。
残ったもう片方の石化の魔眼も、素晴らしい性能の魔道具となることだろう。
厳重に土魔法で密閉した。
また俺も以前と同じく、少しばかり……
それらを戦利品として、帰還する。
そして戦死者の遺体は、それぞれ燃やした。
持ち運ぶには重すぎるからだ。
帰りの道中にも戦いが待ち受けているかもしれない中で、余計な荷物は持てない。
兵たちは疲労困憊していたし、魔力量に長けた俺が火葬を行った。
やんわりと父上は止めてくれたが、俺は責任感から自らそれを執り行った。
轟々と燃え盛る炎から出でた煙は天まで上り、死にそうな気持で彼らを見送った。
もはや涙など枯れ果てて、泣く気力すら湧かなかった。
遺髪など軽い遺品は、なんとか持ち帰れた。
それらを遺族に渡すと思うと、気が滅入る。
家族が死んだ報告など、絶対にしたくないもの。
その時点で部隊は半壊していたのだから、強行軍で家までたどり着き、泥のように眠った。
幸いにも『新種の透明の魔物』は、帰りの道中に現れなかった。
死が確定した兵たちが介錯された時の光景を、もう一度悪夢として見て脂汗を搔きながら飛び起きた。
それが昨日までの話であった。
「…………………」
女の子らしいファンシーなぬいぐるみや、かわいい小物が置いてある部屋。
その中に立て掛けられた大剣などの装備が、異彩を放っている。
そこにある寝具に、体を横たえた少女。
微かな寝息を立て、一向に目覚めない。
この場所は今だに昏睡状態にある、ステラの自室。
バジリスクの石化の視線を受けて、この少女は運び込まれた。
俺が治療したにもかかわらず、依然として瞼を開けることはない。
……そうして永遠の眠りについた者も数名いる。
嫌な予感を振り払い、先ほどまで想起していた嫌な記憶も吹き飛ばす。
あんな攻撃が直撃して生きているのだから、彼女は尋常でない生命力だ。
だが俺は気が気でない。
小さなころから、常に一緒だった少女。
もう家族同然なのだ。
コイツのいない生活なんて考えられない。
夜を徹して回復魔法をかけ続ける。
そうしていないと、気がおかしくなりそうだった。
「…………『Redi ad……」
目の前で眠り続ける彼女。
自分の弱さの象徴。
もっと強ければこんな事にならなかったのにと、悔しくなる。
もし死んでしまったら、どうしよう。
その先を想像すると心が痛いくらいに掻き乱され、魔法が止まった。
「『Redi ad originale』」
再度魔法を発動する。
声が震えている。
まるでこいつが死ぬみたいじゃないか。
死ぬ訳ない。
俺が治すんだ。
それはつまり自己暗示―――――
脳裏に掠める自分の、頭を振って押しのける。
思い込みでなく、合理的思考である。
病んでいた俺の体を治すことができたチートなら、絶対に救える。
震え出した俺の小さな体に、努めて意識を向けないようにした。
「治すから。また会えるよ。また話せる。だから大丈夫だ。大丈夫。お前は大丈夫だよステラ」
俺はすり替えた。
自分に向かって放った言葉を、彼女に語り掛けるという事に途中から。
わかっていた。自分でも本当は。
でもそうしないと、心が砕け散りそうなくらい罅割れていた。
涙が出てきそうになる。
なんで早く起きないんだ。
「―――――――――うぅん」
「ステラ!?」
小さな声。
まだ声変わりのしていない、高いソプラノボイス。
身じろぎすると、可愛らしい寝ぼけ眼を瞬かせる。
飛び込むように彼女の顔を覗き込む。
目が合った。
焦点があった黄緑の双眼が、俺を捉えたようだ。
「起きてよかった………よかった……!」
俺が頬を撫でると、彼女は身体を起き上がらせる。
その勢いで俺の手はベッドに堕ちる。
普段なら無体な仕打ちだと怒っているが、それでもいい。
望んでいた反応が、やっと帰ってきたのだから。
ふと、俺の頭が撫でられる。
彼女は苦笑しながら、こちらを見つめている。
その時にやっと自分の頬が濡れていることに気づいた。
「なに泣いてるのアル様。すごく顔色も悪いよ?」
「だって……お前……どれだけ人が……心配したと思って……! ……馬鹿野郎が………」
暢気な声で、呆れた態度を醸し出す。
人の気も知らないで、どれだけ心配したのかわかってるのかよ。
ステラの肩を掴んで、まとまりのない言葉で抗議する俺。
彼女はされるがままにしながら、しばらくすると柔らかい声で言葉を投げかけてきた。
怪訝な表情でそれに答える。
「前とは反対だけど、同じだね」
「…………?」
「アル様が毒で倒れてから、ステラも泣いちゃった。だけど今は反対で、なんかおかしいね。フフッ!」
一人コロコロと笑うステラ。
その言葉にハッと気づく。
そうだった。
俺も前にバジリスクの毒で斃れ、多大なる心配をかけていたのだった。
その時には彼女が付きっきりで、甲斐甲斐しく俺を看病してくれたのだ。
こいつも同じような思いをしていたのか。
先ほどとは違った意味で、胸がちくりと痛んだ。
「アル様はこんな世界で、ずっと戦ってたんだね。怖かったね。頑張って偉い偉い」




