第20話 「トロル」
『なんだ……お前…………?』
『ふむ……? 何だと聞くか…………その言葉。なぜ人間の幼体がわれらの言語を話せる?』
トロルは醜悪な顔を歪め訝し気に、だが興味深そうに思案する。
待てよ……?
このトロルの言葉をなんで俺が理解できる……?
俺のチートが発動した……?
魔物も言語を使うのか……?
『まぁいい。貴様のようなとんでもない魔力を持つ幼体は、殺すに限る。後々我らを殺しに来るとわかっているのだからな』
『……ッ!』
『貴様の子など生まれては始末に負えぬ。故に、ここで死ね」
俺はこの怪物の本気の殺意を浴び、身がすくむ。
トロルの背後にいたのは、引き連れている魔物たちであろう。
灰色や茶色の体色をした凶悪な面を持つ、人型に近い大小の魔物。
ゴブリンとかオークとかといった魔物であろうか?
チャチな棍棒や錆びた剣を身に着け。
それだけしか持っていないのにも関わらず、それらの武器にはあちこち赤黒い血が付着している。
こいつらはこんな装備しかしていないのに、完全武装の熟練兵たちを倒したという事だ。
ゴブリンたちは俺が怯えていることがわかるのか、嘲るように粘着質で厭らしい声で嗤う。
『それにしても貴様らは、揃って怪我の一つもないようだが……当てが外れたか……?』
『何わけわかんねーこと言ってんだ……?』
何かを予想していたような口ぶり。
トロルは凶悪に口を歪める。
『貴様を殺しに行くついでに、俺たちが狩り損ねた傷病兵や回復術師共の首をぶら下げてから、貴様たちの主力を反転挟撃すれば。士気が崩壊して、皆殺しにできると踏んだのだがな』
『てっめぇ…………!』
こいつは高い知性がある。
ガチ戦法にも程があるだろう。
俺たち人間の習性というものを、よく理解しているようだ。
これは非常にまずい。
こいつらは俺たちより基本的な能力値で勝っているのに。
知性をもってそれらを統率されれば、人間に勝利することなどできないのではないか?
俺の内心には絶望や焦燥が生まれ始めていた。
「――――――アルタイル……? このトロルと話しているのか……?」
「叔父上……! こ……これは……!」
やっべぇ!? 叔父上たちのこと忘れてた!?!?!?
多分ぺらぺらと俺はわけわからん言語で話しちゃってたじゃん!?
まさかの人類の裏切り者として吊らされるコース?
叔父上とダーヴィトのこんな驚いた顔見たことないよぉ……
英雄は人間に殺されるってやつだぁ……
こんな実感したくなかった……
「いやひとまず置いておこう……アルタイル。トロルを殺しうる魔法は持っているかい?」
「はっ………はいぃ……水魔法でならいけるかもしれません。火魔法も使えます」
ひぃぃ……危ねぇ……
ここは乗り切ったけど、俺の価値をここで示さないとヤバいかも……
絶対勝たないとヤバい……
負けそうなら、あわよくば逃げようと思ってたけど……
そんなことを思っているとダーヴィトが、作戦を考え出した。
「アルタイル様は魔法の曲射ができます。戦法に組み込めるかと」
「ほう……それは……ここぞという時に使うんだ。合図は私がする」
「わかりました!」
「トロルも生物だ。弱点はある。急所を狙うんだ。目などがいいだろう」
「なるほど……!やってみます!!!」
そうだ。とりあえずこのトロルを何とかしなければ!
叔父上の的確な戦術分析により、うまくいきそうだという希望が生まれる。
ダーヴィトが抜剣すると、戦闘態勢に入る。
作戦案を告げ、前傾姿勢になった。
「儂ら前衛が攪乱します。その隙を突いてくだせぇ」
「あぁ。頼んだよ。それじゃあ行こうか……!」
トロルは俺のことを観察していたが、邪悪な笑い声をあげると。
背負っていた棍棒を振りかざした。
『さて……そろそろ殺すか』
巨大な魔が動き出す。
でっぷりと分厚い脂肪に覆われた巨体だが、思いのほか機敏だ。
あっという間に俺に向かってくる。
近くで見ると本当に大きい。
俺はあまりの威圧感に戦慄する。
こいつはまるで俺が前世で死んだ時の、10トントラックみたいだ。
だがダーヴィトが俺の前に立ちはだかり、その大きな背中で守ってくれた。
「『fortis』!!!!!」
『ほう……?』
ドォォォォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!
バキバキバキバキバキバキバキッッッッッ!!!!!!!!!!
ダーヴィトとトロルの武器が接触すると、衝撃波で周りの地面が剥がれ落ちる。
俺の顔にピリピリとした振動が来ている。
こんな近くでの攻防だ。俺の体はその脅威から肌が粟立つ。
武官長は歯を食いしばって、トロルの攻撃を受けている。
だが防御だけで精一杯のようだ。
この魔将と目される存在は、一瞬感嘆の息を漏らす。
それも当然だ。
稀に見る偉丈夫であるダーヴィトと比べても、トロルは数倍大きいのだから。
横幅はそれ以上だ。
体格は絶対的なアドバンテージ。
トロルの膂力を人類が受け止めること自体が偉業なのだ。
「ぐっ……………お前たち! このデカブツの攻撃は絶対にまともに受けるなよ!!!」
「みんな!!! 散開して死角から遠距離攻撃して、トロルの気を散らせ!!!」
「「「「「「「「「「ハッッッ!!!!! 『『『『『ignis』』』』』!!! 『『『『『ventus』』』』』!!!『『『『『terra』』』』』!!! 『『『『『aqua』』』』』!!! 『『『『『electrum』』』』』!!!」」」」」」」」」」
息も絶え絶えに命令するダーヴィトと、弓で射撃しながら指揮をする叔父上に兵士たちが応答する。
兵士たちは的確に動き、攻撃を加える。
火魔法の赤、土魔法の茶色、雷魔法の黄色など。
各魔法が瞬きを繰り返し、多くの彩りある光を生む。
それは流星のごとく幾重にも飛来し、魔物たちへと衝突していく。
しかしトロルにはまるで効き目がない。
この魔物は鬱陶しそうに腕を振るうだけで、兵士が紙のように吹き飛ばされていく。
『塵共がわらわらと……お前たちっ!やれぃっ!!!』
『ギギギィッ!!!』
「なっ!? うわぁぁぁぁぁあああああ!?!?!?」
「ぐぅぅぅぅぅうううっっっ!!! …………がっ……は……」
キンキンキンキンキンッッッッッ!!!!!!!!!!!
グチャグチャグチャグチャグチャッッッッッ!!!!!!!!!!
仲間たちの断末魔が耳をつんざく。
トロルだけに警戒していると、兵士たちはゴブリンたちの餌食となる。
ダーヴィトとトロルの武器が何度も交差するが、明らかにトロルは余裕があり。
羽虫を払うように兵士たちを薙ぎ払っていく。
なんという速さだ。
あんな大質量の棍棒を、あの速さで振るわれたら避けようがないじゃないか。
それに加えてあのゴブリンたち。
兵士たちはトロルとゴブリンたちの、どちらか一方だけでも対応が難しい。
勝利条件として、どちらかだけでも殲滅しないとならないのでは。
そう考えると、叔父上から指令が下る。
「アルタイル! まずは雑魚を散らすんだ!!! トロルの隙を作れない!!!」
「はっ……! はい!!! 『aqua』!!!」」
俺はゴブリンたちに、何度も何度も水魔法を撃つ。
だが数が多すぎる。
確かに効果はある。
がトロルを何とか出来るほど、戦況に変化は俺たちに傾かない。
結局敵の要である、トロルを何とかしなければ。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
ズガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
「ぐぅぅぅっっっ!?!?!?」
『ハハハハハハッッッッッ!!! どうしたどうしたッッッ? 剣が鈍くなっているぞッッッ!!!!!』
まずい。ダーヴィトの消耗が激しい。
俺の目で見てもわかるほどダーヴィトの動きが鈍くなっている。
トロルの攻撃を受け流し切れていない。
あの攻撃を受け流すだけでも、相当な体力を必要とするはずだ。
もう限界が近い。
「『aqua』『aqua』『aqua』叔父上ぇっ!? 『aqua』『aqua』ダーヴィトがっ!?!?!?『aqua』『aqua』『aqua』」
「わかってるっ!!!!! アルタイルっ!!! そろそろ準備をしろっ!!!!!」
叔父上は怒鳴りながら返答する。
彼は隣にいる兵士に合図して、何か箱のようなものを取り出させた。
中には鈍く輝く球体のようなものが入っている。
「今だっ!!! 魔導具罠発射っ!!!!!」
「ハッ!!! 死ねぇぇぇぇぇ魔物共っっっ!!!!!」
叔父上の指示で兵士の一団が、トロルの死角へ移動して魔導具罠を起動させる。
すると瞬時にトロルに向かって、粘液でできた網のようなものが飛んでいく。
撒菱や鉄網のようなものも一緒に飛んでいる。
それはトロルに絡みつき、数秒であるが動きを止めた。
ここにきて大きな隙を生むことができた。
『ぬぅっっっっっ!?!?!?!?!?』
「ガハハハハハッッッ!!! 最後の魔導具罠だっっっ!!! お前にくれてやるわいっ!!!!!」
ダーヴィトが魔物たちに負けず劣らずといった悪鬼のような形相で、呵々大笑する。
この好機を見逃さず、叔父上は俺に指令を叫んだ。
「アルタイル!!! 今だッッッ!!! 左から曲げろーーーーーッッッ!!!!!」
「はい!!!!! 『aqua』!!!!!」
俺は水魔法を最大出力で放つ。
それはトロルの横合いから軌道を変え、顔に向けて魔法を曲げた。
この魔将は棍棒を右手に持っている。
今までの動きから見て、死角である左側から曲げれば確実に反応できないだろう。
「届けぇぇぇぇぇえええええッッッッッ!!!!!!!!!!」




