第199話 「巨大ゴーレム 狂気の蛇王」
バジリスクの巨体が天にうち上がった瞬間。
俺はゴーレム魔法を発動した。
土中から盛り上がる土は、ビルより高く飛んだバジリスクに届くまで。
土塊で形成された巨人が創造される。
アニメや漫画で見るスタイリッシュなロボットとは比べるべくもない、飾り気のない無骨な体貌。
その威容はシンプルなだけに凄まじい。
見上げても頭部が見えないほどの巨躯が、存在感で圧倒する。
素朴なデザインながらも、機能性だけに特化した重厚感のある風格。
『人間――――――――――っっっっっ!?!?!?!?!?』
落下地点はゴーレムへと。もはや避ける術もなく。
ようやく自らが策に嵌ったことを、理解したのだろう。
凄まじい怨嗟の籠った絶叫が、空中から聞こえてくる。
慈悲などかけるはずもない。
俺は無情にゴーレムを駆動させ、大蛇を捕獲する。
仲間たちの仇の、残酷な末路を願って。
ゴォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!
ズガガガガガッッッッッ!!!!!!!!!!
身動きできないところを、大魔導士アルタイルの形成した巨大ゴーレムで抑え込む。
もちろん一番危険な頭部から胴体中程までに覆い隠し、その危険性を減じるため。
それが本命の第三の罠。
ゴーレムは動く壁になるので、それで抑え込み。
しかる後に総攻撃をする。
作戦は単純だが、その方法を考え出すことこそが至難を極める。
しかし父はまたしてもやってのけた。
適切な手札さえ揃っていれば、彼ならばやってくれる。
そんな絶対的信頼感が、どんな不利な状況においても俺たちを諦めさせないのだ。
「第3の罠。お前が嵌ってくれてよかったよ」
『シャァァァァァッッッッッ!?!?!?!?!?』
ズガガガガガッッッッッ!!!!!
バジリスクは横倒しになって、何とか拘束から逃れようともがく。
その体にある無数の怪我からは血液が噴出し、見るに堪えない。
俺はそれを暗い優越感をもって、束縛し続ける。
しかしバジリスクは非常に大きく、ゴーレムで圧死させるよりも破壊される方が早いだろう。
ゴーレムに向かって、我武者羅に攻撃し続けている。
暴れ狂う尻尾を見て、父上は冷静に即時作戦に修正を加えた。
『アルタイルのゴーレムでも、固定は保てないか。兵士たちに決め手を指してもらうしかないな』
今までの戦いで、どれだけの尊い命が失われたのか。
この場にいるバジリスク以外の存在全てが、その大蛇の死を願っていた。
生命力が弱ったからか、魔力あるいは生命力が枯渇したのか毒の霧もない。
総大将たる父は無機質な瞳で、難敵へと無情で残酷な宣告をしていた。
そして遂に待ちに待った、終末へと至る号令が下される。
『だが、ようやく捕まえた。後は……狩れ』
『総員、魔法準備!!! 斉射!!! 強化魔法使いは、最後にとどめを刺せ!!!』
「「『『『『『ignis』』』』』!!! 『『『『『ventus』』』』』!!! 『『『『『terra』』』』』!!!『『『『『aqua』』』』』!!! 『『『『『electrum』』』』』!!!」
無慈悲なる父上の指令により、幾重もの魔法陣が浮かび上がる。
それに従い叔父上は戦場の女神たる火力を投射し、一方的に蹂躙する。
バジリスクの体は次々と破壊され、けたたましい悲鳴を上げ悶え苦しんだ。
強化魔法で斬り込んでもらった方が、効率が良い。
攻撃魔法は遠距離から攻撃できるが、与えられる一撃でのダメージだけなのだ。
しかし強化魔法の効果時間が続いている間なら、何回でも攻撃が可能。
まだ『透明の新種の魔物』との戦いが控えているかもしれない中で、魔力は温存しなければならない。
よってこのように近接攻撃で、トドメを刺すという帰結となる。
「「「「「『fortis』!!! 『fortis』!!! 『fortis』!!!」」」」」
更にダメ押しとばかりに、ダーヴィト以下の突撃部隊が強化魔法三重起動を起動。
確実に彼も疲労が溜まっている。
ここで老齢の彼がその禁忌技術を行使すれば、重篤なる後遺症が残るだろう。
それでも俺が後で治療すればいい話。
再生魔法は脳以外のすべての臓器を、完璧なまでに再生し。
加齢などで損傷した部分すら、その年齢で本来健康なる姿へと取り戻させる。
『ギャァァァァァッッッッッ!?!?!? ガァァァァァッッッッッ!?!?!?』
「「「「「おぉぉぉぉぉーーーーーっっっっっ!!!!!」」」」」
「推して参る―――――――」
雄叫びを上げながら兵士たちは、バジリスクの胴体へと向かって斬り込む。
すでに強固なる鱗は、ほとんど無残に剥がれ落ちていた。
つまり皮下組織は剥き出しで、防御能力など皆無に等しい。
躱す術もなく、切り刻まれる定めとなっていた。
そしてダーヴィトも突貫した。
一歩踏みしめるたびに、豪風が吹き荒れ地面が割れる。
人の背よりも大きい分厚い大剣を携え、それでなお重心はブレず疾風の如き素早さ。
アルコル軍で最強の近接戦闘能力を持つ彼が、もちろんラストアタックを受け持つ。
ここまでやっても、あの魔将は生きているのだ。
魔王直属の大幹部に相応しい、尋常ではない生命力。
その息の根を止めるため、あらゆる生命体の弱点を突こうと最高戦力が向かった。
「―――――――――っ!?」
しかしそこに新たなる異変が。
ダーヴィトの進撃の速度は若干緩まり、それを捉えたようだ。
「首元から紫の液体が……!? まさかあれも毒!?!?!?」
バジリスクの首元から、紫の霧を伴った悍ましい色の流体が。
あまりの衝撃に、俺は取り乱しながら叫んだ。
この期に及んで、まだ隠し技を……!?
その攻撃全てが致命傷を与えることができる。
存在そのものがリーサルウェポン。
全身凶器といっても過言ではないからだから、また新たなる奥の手
「ヤマカガシの仲間は、上顎の牙と首筋の皮膚より毒を分泌する! 迂闊だった! バジリスクも同じだったんだ!?」
「ダーヴィト!? 避けろぉぉぉぉぉっっっっっ!?!?!?!?!?」
毒液の噴射孔は、首元に三つ目が存在したのだ。
あれを食らえば、ひとたまりもなく瞬時に死に絶える。
父上は見通しが甘かったことを心底後悔しているような口調で、動揺を露わにした。
しかし、わからなくても無理はない。
部下の命の全てを預かる、彼であっても罪はない。
こんなにも圧倒的な能力をいくつも持つ生物など、予想もつくはずがない。
蛇はその構造上、頭頂部から首筋にかけた死角への攻撃が最も弱い。
弱点に対する攻撃に対抗するため。
進化を遂げていたのだ。
「―――――――――」
どんな財宝より貴重と評しても過言ではない、人類最強クラスの戦士へと襲い掛かる。
ゴーレム魔法と魔力操作スキルは相性がいい。
人体よりも確実に動かせるゴーレムを高速で精密に操り、直ちに毒腺を封じた。
だがすでに噴射された毒攻撃は、どうにもできない。
もう見ていられない。
俺は厳しすぎる現実から目を逸らすべく、瞼を閉じようとした。
「―――――――――甘く見るではないわ」
ダーヴィトは歴戦の兵士。
その動体視力で意図しなかった反撃を捉え対応策を練り、反射行動と見紛うばかりの速度で咄嗟の出来事にも反応した。
瞬く間もない時間に。
地面を大剣で抉り飛ばし、瓦礫をぶつける
そしてその側面を激しくステップを踏んで横回転しながらすり抜け、バジリスクへと迫る。
ついに対峙した魔将と武官長。
至近距離に至り。
交差した。
『――――――――――!?!?!?!?!?』
「切り捨て御免――――――」
一撃必殺。
ダーヴィトが強化魔法三重起動による疾風迅雷の一太刀をもって、蛇の首を伐採した。
両断された首と胴体は泣き別れし、夥しい血糊を地面に染みこませてゆく。
声にならない絶叫。
いや断末魔。
暴れ狂っていた胴体は沈黙した。
その意味するところは一つ。
生命活動を停止したのだ。
「ついに…………やったのか!?」
「バジリスクを倒したんだ!!! あんなに強い敵に!!!」
「これで俺たちも英雄だぁぁぁぁぁ!!!!!」
感極まって、歓声を上げる兵たち。
無理もない。
あれだけの強敵に勝利してストレスから解放されたのだから、舞い上がっても仕方ないだろう。
「待てお前たち! まだ戦いは終わっていない!」
「各員、警戒体制に移れ! 死に際に毒を撒き散らす可能性もある! 風魔法と土魔法の準備! 手の空いている者は傷痍兵を運び、周辺に潜んでいるかもしれない新手の敵を――――――」
壮絶なる死闘は、終結したかに見えた。
しかしアルビレオ叔父上は慎重さをもって、即座に兵たちの抑止をする。
あれだけの特殊能力を秘めた敵。
どれだけ気を付けても足りないくらいだ。
冷や水を浴びせかけられた兵たちは命令に従い、警戒していた。
しかし……それはあまりにも突然だった。
父上の命令の声は、途中で途切れる。
『――――――――――「fortis』「fortis』「fortis』…………シャアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!』
「―――――――――え」
とどめを刺されたはずのバジリスクは、死に物狂いで最大の障害たる目的の人物を殺そうとする。
無理やり胴体を引きちぎり、頭部と少しだけで特攻を仕掛ける。
目標はアルタイル・アルコル。
未だ成長性を大きく残す、幼き英雄。
魔物たちの天敵になり得る、忌まわしき少年。
強化魔法の三重発動。
あのダメージ状態でやれば、間違いなく即死する。
万全でも確実に後遺症が残るとまで言われ、禁忌として指定されているのだ。
それでも強行したのだ。
少しでも多くの怨敵を滅ぼすべく。
死を覚悟しての特攻。
英雄だけでも道連れにするという、狂気的信念をもって―――――――――




