第198話 「3つの罠」
父の命令の概要。
それはどうやって退却あるいは反撃行動をとるバジリスクに、とどめを刺すのかという事。
確実にとどめを刺すなら、王手の前に詰めとなるワンクッションが必要となるのだ。
『理解次第すぐさま命令に従い、戦闘行動に移れ。倒し方だが、もちろん最終的にはアルタイルの魔法を必殺の時機に使いたい。しかしバジリスクの風魔法で飛ばれて回避されたら、こちらの重大なる隙になる。恐らくは…………あの巨体で風魔法を何回か使われた時点で、兵たちへの被害も甚大になってしまう。一方で敵も決定打を避けたいのだから、アルタイルの魔法に特に警戒し、その時のみ魔法を使うのだろう。だから攻撃を当てるためにも、バジリスクを完全に拘束せねばならない』
そうだ。攻撃は確実に当てなければならない。
クールタイムを要する俺の高位魔法攻撃を避けられて、反撃に転じられたら目も当てられない。
そのため不利な体勢へと、敵を誘導することが必須となる。
バジリスクの回避行動を防止するための策が、俺のゴーレムを用いる事。
土魔法という防御力に長けた技によって、そしてその中でも精密動作に長けた魔法。
『そこでアルタイルのゴーレム魔法で拘束する。アルタイルが最大出力であの魔法を使えば、バジリスクを取り抑え圧死させることも可能だろう。だが鈍重なゴーレムの速度より、バジリスクの方が速いので取り押さえることは困難だ」
そう。土魔法の欠点として、発動スピードを含めた素早さが最も劣るということが挙げられる。
バジリスクを束縛するまでにも、的確なワンステップを踏まないとならないだろう。
『よってピット器官を騙す。まず顔面付近を、砂魔法と魔道具罠である程度塞ぐ、そうすると能力が減じた温度感知と振動に頼って、相手を見つけざるを得なくなる。その特有の生物特徴を逆手に取り、火魔法と土魔法で振動などを作り、包囲網の中にバジリスクを誘導する…………そことバジリスクを挟んだ延長線上の地点から魔法を撃ち、その方角へとバジリスクを進ませるのだ。その攻撃部隊は射撃後に転進し、私とアルビレオの下に合流せよ。それでは部隊を編成したのち、直ちにバジリスクの視界を防げ』
「「「「「ハッッッッッ!!!!!」」」」」
『了解いたしました兄上。』
今もバジリスクは視界などの感覚器官を制限されている。
頼りにならない視覚よりも、他の感覚器官を頼ることになるであろう。
現に粘着魔道具の付着した目の部分は、先ほど必死に暴れ狂って落とそうとしていたのに、あまり取れていない。
戦闘中に脆弱なる眼球部分から、粘着物を削ぎ落とすのは困難だからだろう。
『準備完了いたしました! 攻撃準備!!! 撃て!!!!!』
「「「「「『『『『『arena』』』』』!!!!!」」」」」」
『シャアッッッッッ!!!!! 邪魔をするな人間どもがぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!』
叔父上の報告と共に、砂魔法と魔道具罠が射出される。
先程の攻撃で塞がれていた眼球に砂が付着し、痛みからか一瞬たじろいだ。
着弾した先のバジリスクは憤怒を露わにして、反撃に転じた。
父上の予測通りにバジリスクは、一時掘削を中断。
俺たちが位置していると思い込んでいる方角へと、鎌首をもたげる。
その瞬間に父上は、魔法を放ち終わった部隊へと指令を下す。
『バジリスク攻撃部隊は、直ちに後退せよ。次に誘導部隊は最低限の出力で、あの地点へと火魔法と土魔法を撃て。大凡でいいので人間大の熱源、そして騒音を偽装形成せよ』
「「『『『『『ignis』』』』』『『『『『terra』』』』』」」」」」」
『敵たちがいると誤認したバジリスクは魔法攻撃を止めるため、反撃も兼ねてそこに飛び込むが……そこには兵など元より存在せず、がら空きなのだ。実際には火力包囲網の中心である、その場所に追い込む。もし我らの意図通りにバジリスクが動かなかったとしても、警戒している粘着魔道具を囮として射出し、我らの狙う場所へと誘い込む。それが第一の罠』
縛り付けられて、身動きが鈍重となることを警戒する怪物は、ある方向へと突き進む。
特殊能力を保持する魔物なりに、俺たちの行動を予測したのだろう。
しかしそこは父上が指示して、構築させたトラップ地帯。
人間大の熱源が浮かび上がり、そして人の足音程度の音が次々と鳴らされる。
囮として、かなり目立つことだろう。
その焦りが命取りになったか、碌に確認もせずバジリスクは攻撃を加える。
見事に誘導地点へと赴き、我武者羅に尻尾を振るう。
しかし人間を潰す感触がないからか、虚を突かれている様子だ。
ドォォォォォンッッッッッ!!!!!
『…………!? ……なぜ人間たちがいない!?!?!? 何を企んで……!』
ここまでは順調。
筋書き通りに罠に嵌った敵に対しても、恐ろしいほどに淡々とした父の語り口。
その冷たいまでに端麗なる顔立ちを、横目で見やる。
髪も目の色も俺と同じなのに、こんなにも違う。
機械的なまでに敵を処理する、理想的な軍人の視線がそこにあった。
『若干位置がずれているな。魔道具罠を発射。包囲網予定地の中心まで導いてやれ』
「「「「「ハッッッ!!! 魔道具罠準備!!! 撃て!!!!!」」」」」
ズダダダダダンッッッッッ!!!!!
バジリスクの位置は若干だが、先ほどまで破壊し続けていた側の崖に寄っている。
撤退を見込める立ち位置から、あまり離れたくないのだろう。
しかし誘導部隊は大蛇の魔将の背面に、粘着物質を射かける。
『チッ……小癪なっ……!』
ついにバジリスクは自ら、崖に挟まれた中央へと誘い出された。
そして作戦は次の段階へと移行する。
叔父上は手短に実兄に呼びかけ、兄は弟に簡潔な言葉をもって発令した。
『兄上』
『頃合いだ』
アルビレオ叔父上たちの魔道具も使い、躱せそうにない全周からの飽和攻撃。
バジリスクは躱さなければならない。
既に皮下脂肪は剥き出しで、体内への直撃は防がなければならないのだから。
必然、上空にしか逃げられない。
風魔法で天高く飛翔しようとした、大蛇の魔将。
そここそが俺たちが誘き出した、バジリスクの死地なのであった。
『相手の望む行動がわかるなら、撤退したいのだと把握しているのなら、向かう方向の予測は容易い。総員、全火力集中。バジリスクを総攻撃せよ。第二の罠、発動。奴を空へと追い込め』
ズダダダダダンッッッッッ!!!!!
ドドドドドドドドドッッッッッ!!!!!
『なっ……!?!?!? 人間どもがぁぁぁぁぁあああああっっっっっ!?!?!?!?!?』
父上の言葉は俺たちの部隊、そしてアルビレオ叔父上に向けて鳴り響く。
バジリスクの優れた聴覚でなら、聞こえているのかもしれない。
しかし人間の言語を解さない魔物に、理解できるはずもなく。
哀れにも俺たちの意図に、まんまと引っかかるしかなかった。
空中では動けない。連続ではあの巨体を移動できるだけの風魔法を使えない。
これが第二の罠。
魔法がなければ万物は、自然法則には逆らえない
わかっていても、避けなければ致命傷になりうる。
わかっているのに俺の攻撃の前に、温存していた手札を切らなければならない。
嫌すぎる戦術を駆使して、稀代の智謀を要する策をアルフェッカ・アルコルは完遂させる。
『―――――――――「ventus』!!!!! シャアッッッッッ!!!!!!!!!!!』
ゴォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!
バジリスクは上空へと逃げざるを得ない。
必死に崖の上へと向かって、飛び上がる。
しかしその重量は絶大なるもので、爆風のような風魔法をもってしても聳え立つ絶壁の頂には届かない。
俺たちを苦しめたその巨体が、この場合は仇となった。
粘着物質にまみれたバジリスクの巨大な双眼は、虚しく空を見つめる。
蛇は空を飛べない。
重力に従い、落下していった。
今までの俺たちの攻撃は、無駄ではなかった。
ここに今まで積み上げてきた全てが、冷酷なる結果として収束するのだ。
「―――――――――『figura』!!!!!」
『これが本命だ。アルタイル。バジリスクを拘束せよ』




