第195話 「家族の石像」
「――――――――あ…………あぁ……ス……テラ…………ステラがぁぁぁぁぁー――――!?!?!?!?!?」
「全力でバジリスクを止めろぉぉぉっっっっっ!!!!!」
滅茶苦茶に思考が掻き乱される。
もうたまらなくなって泣き声をあげながら、家族のように過ごした少女へと這うように駆けだそうとする。
彼女は雑木林の中に、数十mは吹き飛ばされていった。
あの大怪我と石化の状態異常も放置すれば、再生魔法がどこまで効くかわからない。
かかったら即死級の逸話があるのだ。
早く治療しに行かねば、きっと命が危うい……
しかし万力のような力で、襟首を掴まれた。
力なく振り返ると、鬼のような形相で兵たちに呼びかける父の腕が伸びている。
俺の弱音をかき消すように、父上は戦場に響き渡る声で叫んだ。
途端に兵たちは行動に移す。
その目には覚悟が宿っていた。
「『fortis』!!! 『fortis』!!! 『fortis』!!!」
決死の強化魔法の多重発動。
人体が爆裂するような激痛に苛まれながらも、魔力も尽きかけて朦朧としているだろう意識の中でも。
男たちは矜持を捨てず、己の職分を果たそうとした。
「男としてガキに負けていられるかぁぁぁぁぁ!!!!!」
「アルコル領バンザーーーーーイ!!!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー――――!!!!!」
そして名も知らないような兵士たちが、次々に捨て身の覚悟で猛攻を加える。
雄叫びを上げながら、巨大なる敵へと突撃していった。
バジリスクはうるさい羽虫を追い払うように、それらを薙ぎ払う。
その中には死ぬ奴もいる。
赤黒い何かが吹き飛び、血の染みが幾つも地面に付着しても、立ち向かい続けていった。
その中には前世の俺より少しくらい年上。
つまり前世と今世を合わせたアルタイル・アルコルの実年齢より、年下の奴も。
俺は泣きながらそれを見つめる。
「……みんなぁ……うっ……グスッ……」
.
「アルタイル!!! 壁を作れ!!! 作らねば、皆死ぬぞ!!! 後悔したくないなら、ここで作れ!!!!!」
世界で一番一緒に過ごした女の子が生存不明であることに、心が千々に乱れる。
かつてないほどの焦燥感と絶望に、涙が止まらない。
心臓は激しく動悸して、悲観的想像が思考を妨げる。
俺が守るって誓ったはずのに。
なのに俺が守られて、あいつは命を懸けて……
皆もどうやって、あんな化け物に対抗するというのだ。
度重なるストレスと絶望、数々の仲間の死に押しつぶされそうになる。
父の檄が、俺の頭上に降りかかる。
取り乱していたところを、怒声の衝撃で冷静さを取り戻させられた。
感情的になっていた心を思考停止させられ、冷却していく頭は戦闘態勢へと切り替わる。
きっと今までもこうやって、兵士たちを落ち着かせていたのだなと。
そんなとりとめもない思考ができるくらいには、クールダウン出来た。
「みんなの死を無駄にするな!!! お前しかできないんだ!!! お前がやるんだ!!!」
「ぁ……あぁ……『scopulus』……」
「……ルッコラ。荷台にこの荷物とアルタイルを乗せて、この子が建設していた橋の地点まで、退避せよ」
「かしこまりました」
力なく呪文を唱えるも、もはや体に刻まれた戦闘動作は堅牢なる防壁を出現させた。
数人の兵士たちとバジリスクの間に、辛うじて岩壁が形成され何とか一命をとりとめる。
それをアルコル家当主は見据えると、小型の荷車に何かの詰まった袋を敷き詰め、その上に俺を静かに抱えて乗せた。
命じられたルッコラは人力車を引いて、勢いよく後方へと駆け出す。
父上と若い兵士たち数人もその後ろを走り、後退する。
それらに目を覚まされ、俺は次々と高位土魔法を唱え続ける。
半ば無心に、淡々と作業を繰り返す。
何かしていないと絶望に押しつぶされ、動けなくなってしまいそうだった。
「早くアルフェッカ様たちは後方へ!!! さらに後方へとお逃げください!!!」
「ここは我らが食い止めます!!! ……お達者で!!!」
酷く動揺していた俺を見つめると、サラリと笑顔を作った壮年の兵士。
必死に俺たちを守り抜くべく声を張らせて前線に赴く、普段は堅物で寡黙なはずの騎士。
ルッコラは俺の護衛で精いっぱい。
走るのが遅い主人の乗る人力車を押して、急ぎ安全地帯へと向かう。
車輪が動き始めた瞬間、先ほど話していた者たちの体は爆散した。
そしてバジリスクの攻撃の勢いは殺されず、土石が銃弾のように俺たちまで降り注ぐ。
しかし俺と共に逃げていた父上たちは、俺たちの壁となった。
最後尾にいた老兵たちに逃がされた、同行していた青年兵たちは無残な肉塊へと瞬時に変貌する。
「―――――父上!? ぁぁ……ぁぁぁ……」
「…………っ。血を止めるだけでいい。回復魔法を」
俺の乗る荷台を庇うように位置していた、父上も負傷する。
彼の背中が剥き出しになるほど、損傷を受けていた。
背部の鎧を全損させるほどの被害は、人体にも惨たらしい傷跡を残す。
膝をついてもおかしくない激痛を抱えながら、背中の肉が抉れたまま進み続ける父。
応急処置をしても、気絶するほど苦しいはずだ。
脂汗を滝のように流しても、よろめきつつも駆けることを止めようともしない。
まだ勝利を信じているのだろうか。
もう俺たちを取り巻く護衛兵たちも死に尽くした。
次第に俺の思考に、諦念が埋め尽くそうとしていた。
「一刻も早くあそこまで逃げるんだ! あそこまで行けば……!」
父上は渓谷のように自然が形成されている、隘路へと指さす。
ギリギリだがバジリスクが通れるくらいの広さ。
俺が橋を架けた場所。
アルコル軍総大将は、あの場所を通ることで何か策があるのかもしれない。
単純に魔法で崖を崩せば、それなりの障害物となるだろうし。
あそこに行けば、きっとバジリスクの追跡を撒ける。
しかし心身ともに疲弊が極まった俺には、それ以上考えることはできなかった。
鈍い思考のまま、同行者たちのされるがままに移動を続けてゆく。
ついに目的地の谷底へと差し掛かったが、同時に恐ろしい存在も到着していた。
ズドドドドドドドドドド!!!!!
「アルタイル! 崖の入り口を通り過ぎた後、バジリスクが入ってこれないように大岩で塞いでくれ!」
「……『scopulus』」
背後には岩を粉砕しながら突き進んでくる轟音が。
バジリスクの溶解液と、巨体による破壊で、ドンドン崩れ去ってゆく。
頼む……保ってくれ……
そんな願いも虚しく、バジリスクの体が覗いた。
大穴を開けて、そこから頭部を侵入させて来る。
ドォォォォォンッッッッッ!!!!!
『シュルルルルルルル……!!!』
背後には自身とアルコル軍兵士の血に濡れた、バジリスクが間近に迫りきていた。
俺たちの鎧は飛んできた瓦礫で、所々が剥げてしまった。
つまり魔眼の餌食となるという事。
部下たちの命を賭した献身をもってしても、俺の右腕は石と化してゆく。
露出した右手首より、恐怖と共に徐々に這い登る。
神経そのものを握り潰されるような激痛。
俺と父上というアルコル軍の主力、首脳部を探していたのだ。
雑兵になど脇目もくれず、ただひたすら俺のことを殺すために。
そこを目ざとく見つけたバジリスクは、果敢に追撃をする。
隙を見逃さない、
「ひっ……」
獣人の少女の声色には、恐怖に怯えたものが。
勇猛なる戦士である彼女ですら差し迫った戦線の崩壊と、命の危機に足を取られてしまったのか。
荷車は止まり、俺は地面へと投げ出される。
先ほど間の悪いことに、父上の治療に魔法を使ってしまった。
バジリスクを倒せるような、吹き飛ばせるような高位魔法は使用できない。
つまり詰み。
これで戦いは終わるのだ。
俺たちの敗北という形で。
脳裏に家族と仲間たちの像が浮かんでは、それが段々と石像に変わってゆく。
まただ。
前世の最後、あの最悪の感覚。
それが俺をついに再び襲い破壊するのだと、俺は泣きじゃくりながら地に蹲った。
死――――――――――
「――――――――――それでいい」




