第193話 「空を舞う龍の如く」
重力加速度を増していきながら、降りかかる大きな蛇。
強風を伴いながら、ついに目前へと至る。
だが俺は何か起きると見越していたので、魔力を練っていた。
後はそれを魔法陣を起動して、魔法現象を起こすだけ。
「『aqua』!!!!! お前ら寝ぼけてんじゃねぇぞ!?!?!?」
「「『『『『『ignis』』』』』!!!『『『『『ventus』』』』』!!!『『『『『terra』』』』』!!!『『『『『aqua』』』』』!!!『『『『『electrum』』』』』!!!」
いち早く察知していた俺は最も速射でき、スキルレベルの高さから威力がある水魔法で迎え撃つ。
そして行動を促すために、軍人たちへ発破をかける。
火力による衝撃で足を止めることにはなるから、早く再起動してくれないと困る。
アルコル兵たちは、歴戦の猛者。
手遅れとなる前にその場すべての者たちが、五色の下位魔法を乱れ打ちした。
上空では身動きが取れない。
全弾が命中しバジリスクはのけぞりながら、ギリギリで最前線の防護壁の手前へと墜落した。
『シュルルルルル……フシャアッッッッッ!!!!!』
「「『『『『『ignis』』』』』!!!『『『『『ventus』』』』』!!!」
ドガァァァァァァァァァァンッッッッッ!!!!!
ズドドドドドォォォォォンッッッッッ!!!!!
仇敵は置き土産とばかりに、怒り任せに尻尾を振って防護壁を粉砕する。
そこに兵たちは追撃を仕掛け、数々の魔法を浴びせかけた。
溜まらないと見たかバジリスクは、一目散に退散していく。
再び硬直状態へと回帰したが、だが防護壁の損傷や敵の攻撃手段の強力化など。
不利な要素が浮上してきた。
「うりゃっっっ!!! とりゃあっっっ!!!」
「ハァッッッッッ!!!!!」
バキッッッッッ!!!!!
ドゴォッッッッッ!!!!!
俺たちの屯す地点まで、被害は及ぶ。
ステラとルッコラが吹き飛ばされてきた岩石や木々を受け流し、あるいは破壊する。
こうした物理攻撃にも、気を払わねばならない。
だが最も警戒せねばならない懸念事項は、バジリスクが空中に飛び回られること。
多用しないことから、多大なる魔力消費を要するのだろう。
しかし三次元での機動は非常に不利な要素であり、上空という死角から突然に石化なんてことにもなり得る。
現に先ほどの痛撃で、石と化した兵士たちが散見される。
明らかに手遅れな者もいた。
直ちに俺は救命救急を指示し、またもや手を治療行為に取られる。
「そうだ……! バジリスクの能力の真骨頂は、毒を乱れ打ちして敵の対処能力を飽和させ、石化の魔眼で止めを刺すこと! それがすべて風魔法で超強化されるという事か。また石化の魔眼に気を取られ過ぎていても、毒の対応が手薄となり体を蝕まれてしまう……!」
部隊を統率しながらも一連の攻防を観察していた父上は、敵能力の真髄を見抜いた。
奴が今まで持久戦をしていたのは、俺たちの戦力の観察だけではなかった。
この場に毒を充満させ、それに手を取られ疲弊した俺たちを狩るためでもあったのだ。
風魔法を敵が使うならば、この毒をあちらから吹き飛ばしてくることも可能であることが推測できる。
また先程のように飛び上がることも。
おそらく必殺の手札として、今の今まで伏せていたのだ。
ヒューマンエラーでありがちな、慣れてきたことへの対処の誤り。
そういった人間心理を突く、巧みな揺さぶりである。
そして蛇らしく絡めとり、石化の魔眼という毒牙でトドメを刺すのだ。
「魔力を敵も温存していた……! 魔眼の使用にも魔力を必要とする。毒は生態から分泌されるのかもしれないが、それにも魔力を必要とするかもしれない。だが敵の魔力限界は、未だ見えてこない……! 短期決戦も持久戦にも長けているとは、なんという敵だ……!?」
父アルフェッカは額に汗を滲ませながらも、思索を深め続ける。
バジリスク戦で肝となるのが、石化の魔眼と毒への対処。
その対抗策として、敵の魔力枯渇を計るというものがある。
俺の魔力量はチートで世界最高。
魔力における消耗戦であれば、確実に勝てる。
それができないのは、その前にバジリスクに戦力が刈り取られ、俺が守られなくなってしまう方が早いと容易に予想できるから。
必然的に作戦案としては、長期継続的に損害の量を競い合うチキンレースは選択できない。
俺たちが援軍を待つように、相手にも推測が及ばない数の援軍があるかもしれないのだから。
よって実力で打倒するしかないのだ。
「だが多用はできないはずだ!!! あれだけの巨体を浮かせる魔力は非常に膨大なもの!!! 今まで使わなかったのが、その証拠だ!!! それだけ追い詰めたという事だ!!! 臆せずに今まで通り私の指揮の下、的確に対処せよ!!!」
「「「「「ハッッッッッ!!!!!」」」」」
そう。そんな強力な攻撃があるならば、今も連打していればよい事。
しかし敵は機を伺っている。
それができない理由は、連発出来ないかつ俺を恐れているからとも推論できる。
先ほどの飛翔攻撃が対処されたことから、また距離を取り何か方策を練っている様子だ。
慎重で狡猾。
知恵のある魔物とは、こんなにも恐ろしい脅威である。
『「fortis」』
ォォォォォォォォォォ…………!
強化魔法の文言。
禍々しいオーラが、大蛇の全身に漂う。
バジリスクがそれを静かに詠唱した途端、地面が爆裂して更に視界不良となる。
それを認識するや否や、巨大なる物体が向かう延長線上に位置する味方が、土壁ごと薙ぎ払われる。
アルコル軍は魔法を乱射して応戦するも、先程までよりも突破力が段違いだ。
奴の粗暴行為を阻止することが敵わない。
砂塵の中から蛇の王は勢いよく跳躍し、次々と陣地を粉砕して迫りくる。
急加速、急制動、急転換を繰り返し、まったく軌道が読めない。
手足のない体の各部分全てが、足の代わりとなるのだから。
人間とは全く身体構造が異なり、予測不可能な高速機動。
急旋回しながら長大なる胴体をくねらせ、俺たちへと鞭のように殺傷力甚だしくはたきつける。
その進路は俺たち本隊のいる方向ではなく、その周囲を取り囲む雑兵たちへ。
「強化魔法まで使うのかよっ!? 速すぎて全然動きが読めねぇっ!!! 魔法なんて当てられねぇぞ!?!?!?」
「やはり兵士たちを削りに来たか……! アルタイル! 一旦治療を中断し、防壁を形成せよ! お前たちも迎撃より、防御に徹せ! むやみに魔法を打っても当たらず、大して効かない!!!」
目算を誤った。
俺たちは初動を無為にしてしまい、バジリスクの期待通りに自由に破壊行動をさせてしまった。
狙い打つには、あまりにも素早すぎる。
初撃は防いだ。だが長蛇は攻撃の手を緩めず、二の手三の手を次々と繰り出す。
俺たちの処理能力を飽和させようとしているのだ。
それが致命的な隙を産むことを知って。
「『scopulus』!!!」
「「「「「『『『『『terra』』』』』!!!」」」」」
ゴォォォォォォォォォォ!!!!!
ドォォォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!
父上の命に従い唱えた土の高位魔法で、ようやく進撃を阻む。
轟音を立ててバジリスクは巨岩に激突し、ようやく停止した。
だが横滑りするように蛇行し、また距離を取る。
追撃するも変幻自在の高速移動方法で、中々焦点を定めさせてくれない。
また負傷した兵たちは運び込まれ、俺は救命処置に追われる。
早く叔父上たちは助けに来ないのか……!?
『シャァァァァァ』
毒蛇はこちらへと大口を開けて寄こした。
毒牙の内部構造がよく見える。
何の意図があって、そのような行動を……?
上顎にある二本の巨大なる牙の先、そして牙前方中ほどに毒液が滴り落ち。
その周りから、霧のように紫の煙が噴出している。
恐らくは、あの各2部分が毒腺だ。
『――――――――「ventus』』
ズダァァァァァァァァァァンッッッッッ!!!!!
ドォォォォォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!
「ガァァァァァー――――ッッッ!?!?!?」
「グァッ!?!?!?」
牙前方より噴出した毒液を、毒蛇が唱えた風魔法で送り込んだ。
推進力を増して弾丸のように射出された害悪なる一撃は、防壁を突きぶり標的の人体を正確に抉りだした。
放射状に飛び散った毒液が、周囲の兵たちに付着すると鎧が溶け落ちた。
ついに有害物質が体内まで浸透すると、彼らは絶叫する。
そして瞬時に悲鳴は収まり、彼らは事切れた。
防壁を挟みながらも、正確に兵士のいる地点へと猛威が振るわれる。
立て続けに毒の突風が防護壁を飲み込み、その奥の兵たちに追突する。
外部と内部の双方向からの致命的な衝撃に、無情に即死する。
回避不能と言わんばかりの即死コンボが、絶命する兵士たちを量産し続ける。
「………………っ!」
それは俺たちの下へと差し迫った。
獣人の優れた動体視力でそれを察知したルッコラは、俺と父上を両脇に抱えて飛び上がる。
間一髪ステラたちもルッコラの反応を見て、横合いに飛びのいた。
すんでのところで躱した俺たちは、溶けゆく地面を見て慄いた。
「毒は高い命中力で噴射攻撃でき、溶解液の効果まであるのか!? それで敵が生きていたとしても破壊された装備や防壁の隙間から、石化の魔眼で相手を絶命させる! なんという殺戮性能だ……! 遠距離攻撃までこなすか。とうとう短期決戦に臨むつもりだな」
石化の魔眼が効かない相手に対する、貫通させることができる毒。
相乗効果で計り知れない惨禍を、生命へと与える事だろう。
父上の言葉を半分聞き流しながら、ある憶測。
いや確信に俺は戦慄した。
「『scopulus』!……こいつ……まさか俺を狙って…………!?」
見る影もなく破壊された陣地の補修を続けながら、トロル戦のことを思い出す。
俺の魔力を感じ取り、真っ先に仕留めようとしてきた。
魔物は魔力を精密に感じ取れるようだ。
その習性は、史書にて書き記されている。
騎士レベルの知識があれば、常識だ。
だが解せない。
なぜ俺だけでなく、魔力に劣っている一般兵の位置までわかる?
俺たちの姿は遮蔽物で見えなかったはずなのに、あそこまで的確に狙い打てるものか?
最重要人物である俺たちの周りは、多くの兵たちが警護していた。
つまりそこを狙ったという事。
「兵士たちも壁で隠れていたのに……的確に攻撃を命中させられていたような気もする……なんで……」
俺の疑問を聞いたのだろう。
思考を巡らせていたのか、少しの間をおいてから父上が叫ぶ。
「ローズマリー嬢の研究結果の一つにあった!!! おそらくはピット器官だ!!!」




