第192話 「好機 異変」
ここはコイツのテリトリー。
威嚇音のような鳴き声を発しながら、激しく蛇行する。
石化の魔眼からか、ぼんやりとした二筋の光。
薄暗い視界の中で、魔力光が不気味に発光している。
尻尾に重心を置き、頭を伸ばして地面に固定し、頭部へと尾を引き寄せる。
人間がやれば鈍重であろうが、この大蛇は目にもとまらぬ速さでそれを行う。
『シュルルルルルッッッ!!!』
ドガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!
バジリスクが舞うたび、爆風が飛び散る。
それで凄まじい速度で飛んできた地面の破片で、ダメージを負うほどに激烈であった。
俺の皮鎧は高品質の魔道具であるが、砂粒が当たる度に中々の衝撃が体に貫通してくる。
だがそれだけで済んでいる。
俺の魔法による攻撃力を警戒しているのか、未だ俺への対策がないのか攻めあぐねているようだ。
まだ俺たちの部隊の兵士たちは、数名しか石化していない。
それも部分的なもので、治療可能だ。
そしてここまでの戦闘展開で父上の頭脳は、バジリスクの魔眼の解析を完了させた。
父アルコル侯爵の指示のもとに投げ込まれた動物たちの一部分が、物言わぬ石と化してゆく。
対照的に他の存在は、何ら変化はない。
ということは……!
「石化の魔眼の有効射程は恐らく、バジリスクの体と同程度……! 生物だけがそれを浴びると石化する……! 死骸であってもだ! ある程度の厚さの非生物の障害物が間にあれば、それを阻める! 石化する時間は、数秒視線に入ればだろう! 発動していない時は、一時もないのかもしれない……! もちろんバジリスク自身の体が視界に入っても、石化しない……!」
衣服に包んでいた虫の数々が、バジリスクが通り過ぎた個所から飛び立つ。
その周りには石化した虫の数々が、横たわっている。
つまり石化の魔眼は遮蔽物があれば、凌げるという事。
得体のしれない魔眼という存在のメカニズムを、ある程度でもアルフェッカ・アルコルは解き明かす。
万物を石化させると謳われる敵の特殊攻撃は、問答無用で生物を殺すものではない。
少しずつ未知なる恐怖を解明していったことに、俺たちの恐怖も当初よりは和らぐ。
だが分析していくが、依然として勝機が見えない。
知略を絞るも、刻一刻と出血を強いられる。
早く援軍はこないのか……!?
「総員、至急に全身を遮蔽物で覆い隠せ!!! そして行動パターンも、身体能力、地形特性、移動方法。今までの行動すべてを観測し、手に取るように理解できた。総員傾注!!! あの地点に魔道具罠全弾発射!!!!!」
それでも巧みな指揮と連携で、バジリスクからの被害を着々と減少させ、逆に追い込んでいく。
着々と追い込み漁のように、殺し間に誘い込む。
兵たちは全身余すところなく、何らかの遮蔽物となる衣服や鎧兜を身に纏う。
同様に俺たち年少組も、必須となる装備を着用した。
そして……ついに好機が訪れる。
魔道具罠が射出され、それも大蛇の顔面に当たろうかとしたその時―――――
『―――――――――『ventus』』
今までにない異変。
凄まじい風が吹いた。
バジリスクを中心に、とんでもない魔力が集まったのだ。
その直前に、ある言葉が聞こえた。
しわがれ声のような、くぐもった重低音。
バジリスクの喉から発された。
それを遅れて理解した瞬間、トロル戦と同じ展開となることが怖気と共に想起された。
何かが起こる―――――
「「「「「『『『『『ventus』』』』』!!!」」」」」
「――――――え?」
身構えていたが、想定していた奇怪な現象は何も起こらない。
思わず間の抜けた、戸惑いの声を漏らした。
いや眼前に広がる爆風と共に、ある変化が訪れた。
吹き飛ばされてきた毒の霧を、風魔法で迎撃した後。
兵たちの戸惑いの声が、それを証明する。
ありえない事象へと恐慌し、慌てふためきながら彼らは周囲を見回す。
「――――――バジリスクはどこだ!?」
「バカな!? あの巨体が消えただと!?」
「まさか逃げたのか!?」
「そんなはずがあるものか!? 探せ!!!」
バジリスクの姿が消えた。
どこにも見当たらない。
なんだ?
まさか……いきなり透明になった?
だがそのような痕跡すらなく、バジリスクは俺たちに近づいているわけではない。
俺の気配察知スキルや、『新種の透明の魔物』の奇襲に備えて、探知魔法を使っていた魔法兵が気づくはず。
様々な憶測が浮かんでは消え、思考がこんがらがる。
気味の悪い雰囲気が、どんよりと漂う。
「――――――あ」
長く長く感じられた数秒間。
そして気配察知スキルがようやく作動した。
それまでにバジリスクが通り過ぎた荒れた残痕へと、俺は視線を這わせていたが、やっと別方向へと向けた。
視界に見えないという事。
それはすなわち――――――
「――――――――上だっっっっっ!!!!! 空に向かって総員、全力で迎撃せよ!!! 『ventus』!!!」
当たり前だ。
それに気づいた時、なぜ意識になかったか悔やまれた。
浅慮なる己への怒りと悔恨と共に、空を見上げる。
それと同時に兵たちの動揺の声を搔き消して、父上の怒号が響き渡る。
周りの意識を自らの行動で叩き起こそうとしたのか、父は自ら上空へと風魔法を発動した。
俺の思考速度よりも遥かに早く、その位置を予測演算したという事。
狡知に長けた、人を惑わし破滅へと導く悪魔の象徴。
神出鬼没、掴みどころがなく弱みに付け込む、人の意識の外に潜む存在。
人に永遠の試練をもたらした動物。
敵は蛇の王。
「―――――――――空だっっっ!?!?!? まずいっっっ!?!?!?」




