第191話 「勝利への筋道」
父上の語り口は簡潔かつ、説得力があるもの。
この短時間で怯えが生じていた弱卒たちすら全てを人心掌握し、勝利を希求する強兵へと転換させていた。
そこに更なる分析結果をもたらした。
きつい状況に変わりはないが、朗報である。
石化の魔眼は無条件に俺たちを、石像へと変える代物ではないらしい。
「接敵当初の距離では、視線を合わせても我々は石化しなかった。何か条件があるはずだ。距離。魔力の高さ。毒。遮蔽物。何らかの条件をすべて満たして、はじめて石化させる。それを解き明かして有効な対策を得るか。それとも何かしてくる前に、最速で倒すか…………私としては、どちらも行うつもりだがね」
父の言い分は正しいが、命を懸けた戦闘を行いながら敵対生物の分析をするなど尋常なことではない。
対して後者の策だが、魔法を当てられるならばいい。言うだけなら簡単だ。
だがバジリスクはそれをさせてくれない。
木々を粉砕しながら巧みな位置取りで、剥き出しの山肌の上を這いあがる。
小回りが利き、威力の高いという都合の良い魔法など存在しない。
下位魔法では、有効なダメージをとても負わせられない。
「またバジリスクは行動を阻害されるからか、粘着型の魔道具罠に警戒している……その生体構造上、関節部がないことから効果は薄いが。アルタイルの攻撃を警戒し、少しでも移動が阻害されることを嫌がっている。ここに勝機があるはずだ」
バジリスクがこちらの攻撃を警戒している要因は、俺の高位水魔法のほかに粘着魔道具にもある。
明らかにこれに当たらないように、全力で躱している。
父上の洞察力は、それを容易く看破した。
バジリスクより更に身体能力で優越していたトロルに魔法を当てた例があるが、その時は油断を誘えた。
前衛として非常に頼りになるダーヴィトが目覚ましく活躍し機能していたことも、優位に働いていた。
それまでに片方の眼球を潰していたことも、注意力の散漫を誘えたはずだ。
何よりも俺が水の高位魔法という手札を突然に現していなかったら、勝敗の行方はトロルに傾いていただろう。
『フシュゥゥゥゥゥ…………!』
だが俺の繰り出した魔法の数々に、手の内の底の深さをバジリスクには悟られているようだ。
初撃で殺しきれなかったことが、今更ながら悔やまれる。
完全に俺の攻撃を警戒させてしまった。
縦横無尽の機動で、俺に狙いを定めさせてくれない。
遮二無二に魔法を撃てば、爆風で視界が悪くなるだけ。
この至近距離では爆裂した地面の破片で、味方を巻き込む可能性がある。
味方の前衛が行動を拘束することも、敵の毒と石化の魔眼の要因からできない。
何より高位魔法を撃つ余裕もなく、躱された後に致命的な隙を生んでしまい、そこを逆撃されかねない。
『フュルルルルルルル…………!!!』
遠くから恐ろしく低い唸り声が、巨大なる蛇の口内から漏れ出る。
それらはその口腔内部で反響し、くぐもった音として外界に出でた。
敵も苛立ちを募らせているようだ。
攻めあぐねているのだから、当然のことである。
奴も俺の隙を突こうと、虎視眈々と狙っているのだろう。
俺のチートで大陸中から搔き集めた資金により、膨大な魔道具をアルコル軍は所持している。
まだまだ魔道具罠は尽きる気配はない。
再度『新種の透明の魔物』の大軍と、数度にわたって戦争することを見越していたのだから当然だ。
だが敵も長期戦を目論んでいるのかもしれない。
毒の霧が充満しきって、対抗するための俺たちの魔力が尽きれば、それはバジリスクの勝ちとなる。
蛇らしい狡猾な狩りをしてくるものだ。
「視界が不明瞭な地かつ敵情の判明を期待できない事態では、つまり敵情不明な遭遇戦になることは必然だった。状況解明を待ち続け、先制の利を喪失する愚挙を犯すなど有り得ない。私の予測では『新種の透明の魔物』の新型という可能性が一番高かったが、よもやバジリスクとは」
父の言い分は全くその通りで、敵の情報が掴もうと待ち続け手をこまねいていては、敵に有利になる一方。
『新種の透明の魔物』が集結し、敵の戦力が強化される危険性もあったのだ。
山脈地帯は移動困難であるが故に、進行ルートを想定しやすい。
つまり以前からここを拠点にしていただろうバジリスクが詳しく優位な地形において、『新種の透明の魔物』を用いて奇襲を仕掛けるかもしれなかった。
あるいは他の魔物たちとの交戦中などに、好機と見て沈黙を破ったバジリスクに襲い掛かられるリスクなども指摘できる。
手に入りようもない情報を待つことは、敵が万全の態勢で攻撃することを待つようなもので、愚かな選択としか言いようがない。
ならば現在のように先制攻撃を加え、各個撃破することが次善の策であった。。
それにより我が軍が全滅する事態となったとしても、その時はすでに何がどうあれ勝利の可能性は最初から閉ざされているのだから。
少しでも敵戦力を効率的に削り、生き残りに情報を持ち帰らせるしかない。
撤退を判断したとしてバジリスクが背後から撃たない保証はなく、『新種の透明の魔物』がいないとも限らない。
よって撤退戦よりも、正面戦闘という選択をした方が賢明である。
殿を置いても敵の戦力分布が判然としない関係上、各個撃破の愚を犯すことになりかねない。
その判断が今この状況という結果になった。
これでもまだマシという事が忌々しいが。
「誘い込まれた形になったが、特殊な敵だという事は既に予測している。機先を制されたが炙り出せたのは、総合的には私たちが戦闘開始判断のイニシアチブをとっていたからだ。もしも奇襲されていたら、確実に軍は崩壊していた。これでも尚、戦況は有利な方だ。だからこそ優位性を生かして、この場で勝利せねばならない」
父上の指揮による兵員の配置調整は、理想的なものであった。
ただしそれは『新種の透明の魔物』に対してのもの。
斥候たちが帰ってこなかったのも頷ける。
断末魔もなかったのは、奇想天外なる特殊攻撃に晒されたからだ。
戦力を小出しにしては、一瞬で石像にされて終わりだったのだろう。
まさか見られただけで、石にされるとは思わない。
凄腕の偵察だからこそ情報収集のため、きっとギリギリまで近づいてしまったのだ。
だからこそバジリスクは俺たちがそうせざるを得ない、視界の悪いここを拠点にしていたのだ。
『シャアァァァァァ…………!』
「牽制射撃を続けながら、採集を指示していた虫や小動物、木石などの非生物物質を、時間と方向をずらしながら投げ込め。それで石化の魔眼の、大体の効果範囲が算定できるはずだ」




