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第190話 「英雄の価値」




 傷痍兵たちは再生魔法を施しても、まだ毒が残留しているのか。

 身じろぎすることすら困難な様子だ。


 それはそうだ。

 多様な耐性スキルを取得した俺ですら、復活までに多大なる日数を要した。

 今すぐの戦闘への復帰は不可能だ。自力での行動も難しい。




 最前衛に位置している兵たちは今も、石化や毒に苦しみながら俺の下へと運ばれてくる。

 父上の巧みな指揮により最小限度に抑えられてはいるが、それでも俺は手一杯だ。


 彼らを見捨てていくというのは、なしだ。

 とにかく人手が必要なのだから、動けるなら動いてもらわないとならない。


 まだ他に敵がいるかもしれないし、軽傷なら戦線に復帰してもらわないと困る。

 何より傷病兵を見捨てることは、士気崩壊の最短ルートである。






「「「「「『『『『『ventus』』』』』!!!『『『『『terra』』』』』!!! ハァハァ……」」」」」




 兵たちも疲労が嵩んでいる。

 短時間でも、これだけ神経を摩耗させれば当然だ。

 全方向に注意を払い、間断なく魔法を使い続けているのだ。

 魔力は急速に失われ、魔力欠乏に陥りそうな兵も出始めた。


 魔法兵でない者たちも死に物狂いで木々を切り倒し、穴を掘って陣地建設に勤しんでいる。

 涙ぐましい努力の数々。

 それをものともせずにバジリスクは無残に破壊しては、兵たちは地道なる苦行を再開してい行くことを繰り返す。






「陣地作成中断!!! 作業に従事していた兵員は全て、毒の霧を吹き飛ばせ!!!」



「父上! 俺が早く攻撃して倒さないと……!?」



「ダメだ。石化の魔眼の有効射程がわからない。ある程度の情報が出揃うまでは、お前は後方支援に徹せ」



 父の決断は迅速で、勝利への道筋を一時放棄し、目前に迫った脅威に措置を講じた。

 兵たちは命令に従い死力を尽くして、死を含んだ空気を追い出そうと懸命に魔法を唱えてゆく。


 先程までに行っていた陣地作成は、防御だけでなく遅滞行為のため。

 全軍が集まるまで、戦力の温存の機能。

 あるいは単純に敵から距離を置くための戦術行動でもある。


 そして少数の兵力・極限状態の元で、ここまで恐怖から混乱せず。

 統率力を維持できるのは、父アルフェッカの手腕によるもの。




「でもこのままじゃ……! 危険かもしれませんが、俺たちだけでも倒そうとした方がいいのでは!?」


 

 砂埃が突風と共に吹き荒れる中、父に問いかける。

 だが出たのは冷酷な一言。


 なぜだ。

 このままではジリ貧のはず。

 リスクは承知で、被害の元凶であるバジリスクを討ち果たせれば……






「お前が万が一にも死ねば、人類は魔王に勝つ術がなくなりかねない。そうなれば人類の反攻の牙は折れかねない」




「……っ!」




 口を噤む。

 その通りだ。


 回復役たる俺が死ねば、兵たちを回復させる者は存在しない。

 そうなれば軍の全てが怖気づくこと必定。

 俺の治療に慣れた兵たちは回復魔法なしで怪我することへ、より忌避感を抱くようになってしまったのだから。




「『新種の透明の魔物』がいないとも限らない。私がバジリスクなら、最悪のタイミングでアルコル軍に攻撃させる。それに対抗するアルタイルという予備戦力は、保持しなければならない」



「…………くっ」



 またしても正論である。

 感情で兵を用いてはならない。戦争は理論であるのだ。

 反論の余地もなく、ただ悔し気に俯くことしかできなかった。


 そしてバジリスクの防御力を貫通させることができる、決定打となる攻撃役も俺くらいだろう。

 相手の弱点などがわかればその限りではないかもしれないが、それまでに費やされる犠牲は膨大なものとなろう。


 俺を前面に押し出して戦闘をするリスクは、計り知れないのだ。

 もどかしさに歯噛みし、拳を固くした。






「お前の命は、私達とは価値が違う。理解しなさい」




 それは眼前の恐怖から、己だけが遠ざけられることを意味する言葉。

 あれだけ恐ろしい死から離れられるなら、嬉しいはずだ。

 だがこのもどかしさはなんだ。それを受け入れることへの羞恥心はなんだ。


 引き続き傷痍兵に向けて再生魔法を使用しながら、顔を地面に俯かせた。

 そんな時に耳に、勇ましい言葉の数々が舞い込んできた。




「アルタイル様! バジリスクは俺たちが足止めしますよ! だから安心してください!」


「英雄様がいれば、私たちはどこまでも戦えます! そうすれば敵に勝利できるのだから!」


「それでしか勝てないってんなら、やるしかねぇ!!! 気合入れてくぜ!!!」


「お前たち……」


 兵たちによる激励。

 そして英雄への信頼。

 

 彼らも発奮している。

 勝利への一筋の光明が差して、彼らはそれに照らし出されたが故に。

 胸が熱くなり、魂が昂る。






「作戦の要諦を示す。以上の要因から万全の態勢でアルタイルを守護・温存し、然るべきタイミングで必殺の火力としてトドメを刺す。その隙を作るため、ここにすべての戦力を集結させ、バジリスクの行動を妨害する。アルビレオとダーヴィトたちが集まるまで、総員、遅滞戦闘に徹せ」



「「「「「ハッッッッッ!!!!!」」」」」



 現在までの戦闘経過から、戦術目標は定められた。

 敵を包囲するために展開していた兵たちを呼び戻すには、時間がかかる。

 この不整地なのだし、バジリスクの素早い速度に追いつける者などそうはいないから。


 父上の計略へと、俺は大声を返す。

 それは自分への誓いのためでもあったが、自然と兵たちの鼓舞にもなったようだ。

 

 彼らの信頼に応えねばならない。

 同じ釜の飯を食った彼ら。バカ話に興じた彼ら。苦楽を共にしてきた彼ら。

 絶対に家族のもとに返してやりたい。




 俺がやらなければならない。

 英雄として。






「勝つぞ!!! 俺たちが勝つ!!!!!」




「「「「「「「「「「おうっっっっっ!!!!!!!!!」」」」」」」」」







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― 新着の感想 ―
[良い点] 男女比が変わるほど男性が少ない世界なので、やはり兵隊たちを見捨てる選択はないですよね。リスクを承知でやっつけたいアル様の気持ちもわかりますが、アルフェッカさんの言うとおりなんでしょうね。 …
[良い点]  耐えろ、アルタイル! チャンスを待って爆発させるんだ……  といいたくなる回ですね! 素晴らしい!
感想一覧
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