第188話 「生命のオブジェ」
ついに目視できた倒壊する木の音の手前付近へと、視線を向けると。
一区画に異様なものが見えた。
微風が吹いて、木の葉は絶えず揺れている。
大小さまざまな種類の虫が地に落ち、まるで石のように停止していた。
羽も足も一つも動かさない。
「…………え……?」
明白な異常。
まるで時が止まったかのようだ。
そして……色を変えていった。
灰色。
石のような色だ。
自然現象では大凡ありえない現象。
だがどうすればいいのか、まるでわからない。
隣にいる父へと、判断を仰ぐ。
「偵察兵も帰ってこないし……父上……? 俺たち、どうすれば」
「総員傾注!!! 石化の魔眼だ! 絶対に敵の視線の中に入るな!!! 土魔法で防護壁を作れ!!!」
急に焦ったような大声が、俺の質問を阻む。
焦燥と後悔、そして怒りに染まった眼孔。
表情が一変した。その威圧感に思わずのけぞる。
大声で思考が揺さぶられ、意識がリアルへと引き戻されてゆく。
石化の魔眼? 視線?
すぐには現実に追いつけず周りを見渡したが、みんな同じように困惑しているようだ。
再度、異常が起こった方向を見ると、地面にある物が落ちているのが見えた。
フクロウの石像だ。
今にも必死に空へと羽ばたこうとしている、精巧なオブジェ。
生命力など微塵も感じられない、しかし躍動感あふれる精緻な造り。
あれを岩石から削りだした者は、大陸に名を馳せる名工となるだろう。
いや違う。
あれは―――――――――
「…………石化の……魔眼……?」
「敵方向は先ほどに判明した! 牽制でもいい! アルタイル! あそこに攻撃魔法発射! 何をしている!? 早くしろ!!! 石化の魔眼だ!!! 総員、敵の魔法陣反応を探るな!!! なるべく一か所に固まるな!!! 一網打尽となる可能性がある!!! 魔眼は魔法陣なしで、予備動作なしで行使可能な魔法類似現象!!!」
「は、はい! 『Torrent cataracta』!」
――――――――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッ!!!!!!!!!!
ドォォォォォォォォォォォォンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
あれは偵察に向かわせた、使い魔のフクロウ。
その答えに行きつくと同時に指示された方角へと魔法を発射し、高圧水流が木々を薙ぎ倒していった。
葉と幹が爆裂する音が奏でられ、粉砕された破片が軽々吹き飛ばされてゆく。
しかし距離が遠すぎたせいか、相手はすんでのところで躱したようだ。
一直線に薙ぎ倒された倒木の先に、横向きに倒れた木々の形跡がある。
恐らくは横合いに飛びのいて、回避したのだろう。
しかし相手はすさまじい巨体と予想される。
怪訝そうに呟かれたステラの声。
それは石化の魔眼という単語が、初耳だったからであろうか。
だが俺はそんなはずがないと理解できた。
勇者伝説で目にした、その存在。
子どもの頃におとぎ話で聞かなかった者は、そうはいない。
「「「「「『『『『『terra』』』』』!!!」」」」」
そして再度発せられた父上の怒鳴り声で、再起動する兵たち。
彼らは怖々と魔法を発動していく。
俺たちの前方を、土壁が覆い隠してゆく。
よかった。石化する者が出る前に、遮蔽物を作り出すことができた。
木々が石になっていないという事は、石化の魔眼は生物にだけ作用するものと理解できる。
その性能は未だ知れないが、この陣地である程度は防げるはずだ。
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………
その瞬間、紫の霧が漂ってきた。
それは風に乗って、徐々に広がりゆく。
風下ではないが、こちらにも向かって一直線に向かってくる。
風魔法の感知魔法に巻き込まれてきたのだ。
そしてそれが魔法兵に降りかかる直前、断ち切ったようだ。
「……………あ゛ぁ゛っ゛!?!?!?」
しかしもう遅かった。
それを吸い込んだのか、最前列に位置していた感知魔法を使っていた魔法兵に異変が。
胸を押さえて膝をつき、もがき苦しみ始めたのだ。
何事かと彼に近づいた兵たちも、ものの数秒で同じような行為を繰り返す。
彼らを紫の霧が覆うと、ぱたりと倒れた。
あれは……毒?
あるいはそれに類する、人体に害を為すものだろう。
そう思い至った瞬間には、父上は既に言葉を宣言していた。
「この霧……毒か!? 風魔法使いは、風で霧を吹き飛ばせ! アルタイルは兵たちを回復させよ!!! 兵たちは完了次第、土魔法で防護壁の作成、敵の拘束に努めよ!」
「は………はいっ!」
「「「「「『『『『『ventus』』』』』!!!『『『『『terra』』』』』!!!」」」」」
ステータスで毒耐性があるといっても、油断するわけにはいかない。
風魔法で吹き飛ばされてゆく、紫の霧。
続いてそれに接触した兵たちは、迅速に回収されていく。
荒い息をして運び込まれた、倒れた傷痍兵たち。
彼らは息をする度に苦しみながら、血を吐き続ける。
恐らく肺がやられている……!
「万物を石のごとく変化させ停止させる、石化の魔眼。大気中に自然と充満してゆく、猛毒の霧。これは一つしかない。神話のバケモノ。人類国家を滅ぼしかねないとまで称された、古の魔将―――――」
兵たちの回復が終わると、土魔法を発動する。
形成されてゆく防護壁の隙間から、蠢く巨大なる鱗の数々が目視できた。
地響きをたてつつ蛇行しながら、紫の霧を口腔から噴出させてやってきた。
姿を現したのは、大きな大きな蛇。
波状運動しながら鎌首ををもたげて、こちらへと狙いを定めたようだ。
それは俺に盛られた毒の、元凶ともいえる存在。
『――――――』
数十m先で、だが目が合った。
爬虫類特有の瞼のない双眼を見ると、心臓が止まったような錯覚を覚えた。
発光する眼孔を俺へと向けて、まっすぐ見つめながら此方へと向かってくる。
多くの神話において神聖視される存在は、細長い舌を出した。
威嚇行動であったのかもしれない。
あるいはそれとも、獲物を見つけたからか。
「――――――――バジリスク!!!!!」