第182話 「人類の命運を握りかねない作戦」
革命軍が出現したことにより遅れは見られたが、キララウス山脈攻略は決行することに変更はない。
武官たちが武功を必要としたため、強硬に出兵を主張したのである。
彼らは武功そのものもそうだが、何よりも領地が欲しいのだ。
革命軍を殺しても、勲功はさして貰えない。
奴隷出身が多い獣人反乱者を討伐しても自慢にもならないし、土地が手に入るわけでもないので評価は低くならざるを得ない。
割の合わない行動はしたがらないのが、知的生命体における普遍の論理である。
先程の会話の通りに、魔物情勢の調査は行われたのであった。
そこで魔物に返り討ちにあったというのが、この場にて作戦失敗の深刻性を議論している理由である。
そこにある指摘が、此度の先遣隊の指揮官を務めた者へと向けられた。
それを言葉にしたのは、アルコル家家宰であるザームエル。
「貴様、武官長としての責務を忘れたのか。早期に作戦失敗から撤退判断し、アルタイル様に治療してさえもらえれば、騎士たちも死なずに済んだものを」
「言い訳はせん。だが予想より大幅に、戦力が足りなかったことは事実だ。そして土地勘もない地で撤退行動をとることの困難性は、貴様とて知っているだろう」
家宰による現場指揮への批判を、落ち着いた口調で答えを返す武官長。
珍しいまでに声を出して失策を糾弾するザームエルは、亡者のように陰気な顔で唸る。
「それをどうにかするのが貴様の仕事だ。現場の判断で、撤退を早くに決めていればよかっただけのこと。だからこそ貴様に、その権限が与えられているのであろう」
「人類の命運を左右しかねない、これがそのような調査だと理解しての言か? 犠牲を伴ってでも、あの場にてそれをするべきだと判断したのだ。調査自体、何度も行えるものではない。人命だけではない、時間も金も貴重に過ぎるものだ」
「その判断とやらで、これだけの収穫を得ることができたのだな。本気でそう考えているなら、武官長としての資質は深刻であると見えるが」
武官長は自責の念から怒りを押し込めながらも、額に青筋をたてて言葉の棘を隠せていない。
家宰は相変わらずの仏頂面で、不愛想かつ冷血に責任を追及する。
ダーヴィトとザームエル。
つまり武官と文官のトップ同士は、多分の例に漏れず犬猿の仲だ。
アルフェッカは気が重い。
どちらかの肩を持てば、角が立ちかねない。
また彼自身の判断が誤っていたという事も、それを躊躇う要因である。
家臣それぞれの立場のバランスを考えて、統制を計るのも貴族家当主の責務である。
だが双方の言い分は理解できること。
結果論には過ぎないが、だからこそ判断を困難にさせる。
「結果論だがよぉ。今は亡きシファー宰相のキララウス山脈の早期調査という戦略は、正しかったってことか……」
「「「「「……………」」」」」
「あの宰相さんも、どこまで考えていたのやら。死んだやつには聞けねぇけどな? 侵攻してきた魔物とお話しできたところで、平和的にお帰り頂く事は不可能だしな。ククク……」
間延びした暢気な声でアルコル家密偵長ヤンが、痛烈な皮肉を浴びせかける。
誰もが身に覚えがある悔い改めるべき視点だったが故、さらに空気は凍る。
ザームエルは変わらず陰々たる顔つきで見据えるが、アルファルドすら目つきは鋭さを増した。
自らの判断を恥じての、ヤン以外5人の男たちの沈黙であった。
もう少し早く王国騎士団と共同で、調査を行っていれば。
そして魔物たちが少ない間に、有利に実行できていたのかもしれないと。
そして責を向けられた武官長からヘイトを逸らそうとする、ヤンの魂胆もあったのかもしれない。
嫌われ役をしてもしれっと冷笑しているような、この白髪仮面姿の身元も年齢も不詳な男。
このマイペースな密偵長がどこまで考えているのかは、誰一人として伺い知れない。
無礼な発言に対しても無言を貫くアルファルドは、射抜くような視線を飄々としている彼に向ける。
「先の政治犯収容所への襲撃により、王国騎士団は手を取られている。我々だけで更なる情報を得なければならない」
「加えて王国上層部も政権交代からか、人事争いで揉めに揉めごたついている始末。ツア・ミューレン伯爵からの情報によると、次の宰相はヴォーヴェライト公爵が務めるとの動きで間違いないとある」
ヴォーヴェライトという言葉が出ると、一斉にほとんどの者が露骨に嫌悪感を滲ませる。
それを言ったアルフェッカすら、王国を取り巻く政情変化に困り果てた様子だ。
当家の外交を担うアルビレオは、感情を覆い隠すことに慣れているのか。
いち早く表情を取り繕い、厳かに頷いて兄の伝達を認める。
性根の腐った彼の公爵と対するのは、この中で一番は彼なのだから哀れの一言である。
「当然の推移ですね。現状から鑑みて我らに対抗できるのは、彼しかいないでしょう。厄介極まりない御仁ですが」
「だがまだ政権構築すらできていないのだから、我々にとっては好都合だ。外交においても攻勢に出る。シファー閥にいた者たちを、傘下に引き込む。少しでも多くの戦力、資金調達をせねばならない」
弟の同意に兄は現状の改善を狙い、貴族たちの取り込みを図る。
貴族たちの数が揃わなければ、物資調達の名目などに王国は難色を示す。
大諸侯の動きには、常に警戒を払う必要のある王家。
この政情でも、いやだからこそ政治の安定を望むのだ。
彼らの父も無言で同調し、キララウス山脈攻略を最優先課題として位置付ける。
この屈強な老人の息子であるアルコル家現当主は頷き、その意思を表明した。
「可及的速やかに、本格的な調査を今後とも行う。独力で全てを対応するつもりはないが、敵の全容は把握しなければならない」
「我らで処理できるなら、それでいいのですが。最短で軍を編成し、私自ら出陣いたします」
今後のアルコル家としての戦略方針が、大体のまとまりを見せる。
そして余裕戦力のすべてを注ぎ込み、アルフェッカ自ら参戦することを取り決めることとなった。
後日判明することであるが、キララウス山脈調査の遅れにより、強力な魔物たちが集結していた。
それにより王国軍全体は、劣勢に陥ることになる。
奇しくもシファー宰相の推測が当たっていたことが、悪い形で証明されてしまうのであった。
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