第181話 「独自路線の調査報告」
先にアルコル侯爵家が仕掛けた、苛烈なる経済制裁。
宰相暗殺などから混乱の極地にあった王国上層部は主導権を失い、その中で増々台頭したのが栄光に満ちた英雄アルタイルの生家である。
彼らの陰謀により、裏切者の貴族たちは次々に炙り出され、粛清を迫られることとなった。
この年の穀物相場は荒れに荒れ、戦争準備から魔道具を購入するための資金どころか。
食うに困る家臣すら出てきたのだ。
あまりにも凄惨なる報復劇に、誰もが恐怖した。
アルコル家は資金的にも増々その勢力を拡大し、王国中の商人や魔道具職人にも影響力を拡大させた。
貴族たちに対しては言うまでもない。
味方になり得る貴族たちには安く資金を貸し付け、敵からは容赦なく財産を毟り取った。
鮮やかなまでの謀略を用いた、王国政治の支配権争いへの勝利。
アルタイルの無限とも思える魔力から生み出された魔道具による、無尽蔵ともなぞらえられる資金力。
王国最強と称される軍事力という単純な暴力と、英雄という絶大な権威。
王家から正式に許可を受けた、絶大な威力を秘める『透明の魔物の皮』の搬送・保持権限。
これらの要因により王国を舞台にする混迷を極めた政治闘争の趨勢も、いよいよ決しようとしていた。
諸外国は我らがカルトッフェルン王国の窮状に、これ幸いと胎動し。
国境地帯に戦力を集めて牽制、それに南北部の国境諸侯は対応に追われる。
フォイヒトヴァンガーやローゼンシュティールなどが、これの防衛に当たっている。
それが諸侯の余裕をなくし、皮肉にも革命軍への対応も真剣な取り組みとなっている。
よってカルトッフェルン王国は、ひとまずの安定を提供されることとなる。
アルコル侯爵家がその権力により、無理やり彼ら好みに落ち着けたという指摘は否定できないが。
無論、これで事態が鎮静化したという事は全くなく、革命勢力は一時的に潜伏することとなっただけである。
アルコル家が血眼になりながらも捜査を続けているが、どこに息を潜めているのか行方は判然とせず。
王国を中心に世界各地で奴隷解放などの散発的行動はしているが、不気味に粛々と勢力を伸ばしているばかり。
そしてアルコル侯爵家にとっての先述の吉報が届けられた一方で、凶報も存在したのだ。
この混乱の中で、頭の隅に追いやられていた懸念事項が、折悪くも顕在化したのである。
「「「「「「………………」」」」」」
重厚長大なる机上にて、人の身の丈の数倍は大きな地図が広げられている。
等高線が幾重にも引かれた、強固な材質の用紙に記載された図面。
つまりこれは山脈地帯、ここにおいてはキララウス山脈についての最高機密レベルの調査文書である。
しかしそれらの人と魔の領域を別つ地形分布を証明する描画に、幾らかの歯抜けが散見される。
未だ計測中という事なのであろう。
キララウス山脈反攻作戦での前哨戦となる、魔王領域の調査。
そこで手にいれた土地は、アルタイルが支配することとなる。
これはもちろんアルコル男爵である彼が、軍事的責任を持つという事。
よってアルコル侯爵家が対策をせざるを得ず、先日に先遣隊を派遣したのであった。
現在の調査状況が刻まれた紙を見つめる、厳しい顔が6つ。
アルコル家の最上層部が、その屋敷の一室にて一堂に会していた。
キララウス山脈防衛で多忙を極めるアルビレオも、アルコル軍騎士隊長であるシュルーダーへ任を一時的に任せ。
アルコル侯爵家当主アルフェッカの実弟である彼も、この場に急遽現れていた。
この眼鏡をかけた怜悧な容貌をもつ青年は、多忙を極めた労働環境下からか酷くやつれている。
だからこそその眼光は凄まじく、アルコル侯爵家男子に顕著な鬼気迫るものが見える。
「予想はしていたが、ここまで難航するとは」
「面目次第もございません。儂の責任でございます」
「軍の総力をこの調査に注ぎ込むことは、この情勢下ではできない。だがこの結果を鑑みると、放置できない事態だ」
アルコル軍の武官長ダーヴィトが畏まって、自らの主人に調査失敗を身を正して詫びる。
彼の主人であるアルフェッカはそれを手で制し、言外に責任が自身にあることを告げる。
武官長を拝命する老騎士は、悔し気に再度平身低頭した。
キララウス山脈反攻作戦は、王国と教会の合同作戦のはずであった。
なぜこのようなアルコル家の単独調査、そして調査失敗・遅延が起きているのか。
それはつい先日に起きた、誰もが知る非常事態に端を発する。
シファー宰相暗殺事件。
英雄アルタイル・アルコル暗殺未遂事件という激震を受けて、王国と教会はその対応に追われ、キララウス山脈調査は大幅に遅れが生じた。
その影響によりアルコル侯爵家は、単独作戦を余儀なくされてしまう。
かねてより彼らが独自計画していた調査計画と、奇しくも同じような時期に重なることとなる。
彼らは人員・物資の回復に努めることで、万全の態勢で調査に望むこととなった。
しかしこの場にいる男たちの表情を見る限り、意に沿わない結果となったという経緯であるのだろう。
「準備万端とは言えないが、それでも自信を持って軍を送り出すことを決定したのは、最終責任者である総司令官の私だ。私こそが認識を改めなくてはならない」
アルコル家現当主は類稀なる軍人であり、だからこそ自己の失敗を分析し重く受け止めていた。
それで生まれた一瞬の沈黙を気まずいものにしないべく、彼の弟は現状報告を挟む。
その場の視線が、アルフェッカの実弟であるアルビレオへと集まる。
「報告を。最近の要塞付近についてですが、魔物が多すぎます。後日資料をまとめますが、交戦記録は明らかに異常値を示している。軍の出動頻度からして、魔物たちの活動が活発化していると認識するのが自然です。それは今後とも増加傾向にあると予測され、このまま対策なしで見過ごすことは看過できません」
「財政に問題はないが、兵たちの疲労も積もれば、いずれ戦力低下が顕著になりかねない。王国騎士団はキララウス山脈攻略に、積極姿勢を示してはいる。だがこの情勢下で、彼らが派遣されると考えることは安易に過ぎる。暴力を持たない法衣貴族共が、悲鳴のように叛徒討伐を主張しているのだからな」
アルビレオがキララウス山脈に建設された要塞での、異例の事態を訴える。
彼の兄であるアルコル家当主は王国情勢を分析し、結果として革命軍に躍起になっている王国は動けないと見ていた。
だからこそ迅速なる戦力確保は、望めないという事だ。
それに対して彼らの父であるアルファルドは、忌々し気に法衣貴族たちへと軽蔑の言葉を述べる。
長年の経験から彼は、此度の攻略作戦は単独のものにならざるを得ないと判断する。
「宮廷雀共の肝の小ささには呆れ果てるばかりだが、内憂を抱えながら戦争など困難であることに違いはない。必然、我らがリスク回避のために、今後とも独自作戦を決行せざるを得ないだろう」
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