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第179話 「ヴォーヴェライト内務大臣の提案」




 格式高い調度品が並べられた、庶民感覚とは遠い部屋。

 それに応じた尊き身分の者たちは、公的に招集され意見を交わす。


 王国上層部が集まる空間。

 一流の品格も求められるこの場で、やけに似つかわしくない音が反響する。




「誰だ!?!?!? 誰が暗殺など仕掛けた!?!?!?」




 憤怒の表情で、重鎮が憤怒に震えている。

 下位貴族や、若年貴族は青ざめて視線を彷徨わせている。


 彼の譴責が及ぶことを恐れて、誰も何も口にしない。

 それは口うるさい事への疎ましさから。

 何より高い地位と経験豊かな彼に、口を差し挟むのは気後れするからだろう。


 声をかけることの無意味さも、それを助長する。

 すでに起きてしまった事象への愚痴は、解決しようもない事柄なのだから。




「なぜ今の情勢でアルタイル・アルコルを殺そうなどと、バカげたことを!?!?!? それも『新種の魔物の皮』を横流ししただと!? 王国が疑われるだけではないか!!! これではアルコルに、大義名分を与えただけではないか!!! アルコルにみすみすシファーをくれてやったようなもの!!! このままではアルコルの力がほとんど温存されたままで、決定的な亀裂に至るかもしれんのだぞ!?!?!?」



 怒りをどれだけ大声で発しても、発散しきれない模様だ。

 腹立ち紛れに罵詈雑言、あるいは目の前の円卓へと過激な八つ当たりを繰り返す。

 

 彼の言う通り、革命軍の所業はアルコル家を勢いづかせることとなってしまった。

 逆効果に加え、次々と舞い込む懸念事項。

 昂った感情が、このような形で発露されるのも自然な推移なのかもしれない。




「だいたい!!! あんなものがあれば我々の命とて、危ういであろうが!? 栄光ある王国を裏切るばかりか、そんなこともわからない、頭の巡りの悪い××が!!! ×してくれる!!! ×××が!!! ――――――――――!!!!!」




 聞くに堪えない罵声を大声で叫びながら、血の滲んだ拳でテーブルを殴りつけている。

 下手人をその手で八つ裂きにしてやりたいとばかりに、怒り心頭の様子。


 恨み骨髄のこの貴族は、ようやく荒い息を吐いて黙りこくる。

 場が静まり返ると、居心地が悪い窮屈な感覚は膨張する一方となる。






「なんともはや……ですねえ。何をどう考えても、一笑に伏せないものがある。しかしこのままでは議論は平行線ですね。そろそろ実りのあるお話と、参ろうではありませんか」



 先述の状況であるにもかかわらず、涼し気な笑みを微塵も崩さずに、ある男の声が木霊した。

 内務大臣を担う彼は、ヴォーヴェライト公爵。


 彼は何を思ってのことか、突然の問題提起をする。

 貴族諸氏に突き付けたのは、真相の究明という事態の打開策である。




「まずはこうなった首謀者を突き止める事。これについては皆さん、お考えが一致しているかと存じます。アルコルに弁明をするにしろ、手土産は必要不可欠です。王国の威信を保つためにも、これだけは確実に果たさねばならないと、共通理解が得られるかと」



 宰相がいないこの場では、だれがこの場を取りまとめるのか。

 それすら決まっていない中で、存在感を確かにするこの大貴族。


 彼の言説に対して、不承不承に頷く貴族たち。

 尊き身分の者たちを見渡して満足げに頷く、ヴォーヴェライト公爵は弁舌を続ける。






「問題はそこからですが。こうなると、教会から干渉を受けざるを得ないでしょうねぇ……シファー宰相も亡くなり、革命軍を僭称する叛徒共の暴動にかかずらっている中で。王国が魔物たちと戦争できると、誰が思う事やら…………残念ですが他国もこれ幸いと、我々に都合の悪い流れを促進させるため、アルコルに甘言を囁いていることでしょう」



 プラチナブロンドを撫でつけた美青年のもったいぶった言葉に、周囲の貴族たちは明らかに鼻白んだ様子で静聴する。

 彼の派閥の者たちすら、口を全く出さない。


 この男に言葉を挟むことすら、大抵の人物にとっては荷が重いのだろう。

 その意識が向くことを恐れ、発言を躊躇う者がいても無理はない。




「シファー公爵領に潜り込んだ叛徒共は、怒り狂ったアルコル侯爵軍により、早期に瓦解しましたが…………まさかあれだけで終わりではないでしょう。この王国のどこに、危険人物が潜んでいるのかわからない。私たち貴族の中からも、裏切者が何人いることやら」



 痛烈の極みともいえる皮肉により、冷えきった空気がさらに冷え込んだ。

 絶凍の世界で場違いなほどに、にこやかな男の声から誰もが押し黙る。

 苦い顔ばかりが立ち並ぶ会議室で、さらに笑みを濃くするヴォーヴェライト公爵。


 穏やかでない、どこか不穏な何かが匂わされる言振り。

 それはこの貴族特有の、他者を攻撃する際に行われる口前の前兆であった。

 この男の鮮やかな演説を前にすると、彼らは途端に精神が意図通りに飲み込まれてしまう。






「アルコル家はこれでシファーを傘下に収め、その勢力は手を付けられないものとなった。シファー連枝の貴族たち、そして次期公爵後継者となる男児を救ったなど、頭が上がらないも同然。実質的な領地支配権も、必然的にアルコルが握る。王家ですら、それを干渉することはできない」


「血を流して得た権益にそんなことをすれば、アルコルから、そして諸侯から。いや教会や他国からすら、見限られるでしょう。正当な道理と手続きを経て得た家臣の財産を、不当に徴収する悪の王国。そう思われてしまえば、これ幸いと叛徒共は民を扇動し、内外から王国は崩されることになりますね」


 捕捉するように、典礼大臣が苦々しく言葉を口にする。

 割り入ることで、彼のペースに乗せられることを、抑止することが狙いだろう。

 

 この紳士的な特徴の見た目が第一印象の老人は、王国の典礼全てを任された法衣貴族。

 宮中儀礼や魔道具などの御物管理をはじめとする王室事務は彼が一手に差配し、宮廷人事に関する権限は絶大である。

 よって彼が、王家の権威を守護しているも同然である。


 つまり国王の、最大の味方とも言える。

 歴史上には親兄弟で継承権争いをして、骨肉血肉の争いをする者たちもいたのだから。




 それを見て内務大臣は彼に同調しながらも、何を勘案したかは知れないが笑みを濃くした。

 何を意図しているのかは不明だが、碌なものではないことに間違いない。




「英雄を擁したあの家は、国家の中の国家と呼べるほどまでに、勢力を拡大した。王国東部は彼らの軍事力と資金力に、がんじがらめだ。王国東部軍管区内の諸貴族がアルコルを裏切れば、もう彼らを信用する者などいない。魔物たちに食われようが、誰も助けようとしないだろう。もはや国東部、いや王国の半分はアルコルの手に陥落した」



 典礼大臣は現在の王国を取り巻く政治状況を、忸怩たる思いで端的にまとめる。

 波乱に満ちた世情下で、穏やかでない事件が次々と起きている。


 この時系列では、まだアルコル家による経済戦争は仕掛けられていない。

 だがそれが起これば確実にまた、議論が紛糾するのが目に見えていた。




 それを知らないのは、現時点に限定するが幸せなことだったのかもしれない。

 まだ彼らは声を荒げないだけの、余裕があったからだ。


 ものものしい雰囲気ではある。

 だがまだ議論が紛糾し、誰かが怒りに任せて席を立つ程ではない。

 まかり間違えば取り返しのつかないことになる、先が思いやられることには変わりはないが。


 穏やかな性格の持ち主は、気を揉んでいるのか辛そうな面持ちである。

 そのような心ある貴族にとって現況を考えれば、さぞや胃が痛い事だろう。






「そんな状況になってしまった原因は、ただ一つ。『透明の魔物の皮』。あんなものを我らの中の何者かが、横流しするとは…………膿が溜まっているようですね? この国の中には」



 誰もが顔を、心底しかめた。

 わざわざそれを口にするとは、といった面持ちだ。


 ヴォーヴェライト公爵は平然たる素振りで、口述を続けた。

 誰もが言明を避けていた、だがいずれは探り探られながら話さなくてはならない件。




「病巣は切除せねばなりません。重大な疑義を明らかとして、あるべき形に戻さねばなりません。その力があるのは、果たして誰なのでしょうかね」



 沈黙。

 長きにわたる無音が、この場を満たした。

 それを切り裂いたのは、その静寂を作った本人。




「どのようにいたしましょうか? 皆さんのお考えを拝聴したく」



 今も勘案しているというように、素知らぬ振りで名案がないかと周囲に呼びかける。

 長く宮廷で陰謀を巡らせていた者たちも、こればかりは普段の舌鋒の鋭さを失う。




「次の宰相………」



 誰かが、ボソッと呟く。

 その瞬間、誰もが苦い顔をした。


 ヴォーヴェライト公爵は、我が意を得たりと更に笑みを深めた。

 その滑らかな舌へと、更に喜悦の油を差して回転させる。






「そう。宰相職です。宰相の重しが消え、確実に勢力を拡大するであろうローゼンシュティール。そして、アルコル。この両者を抑える実力者が必要です。まさか同じ轍を踏むわけにはいかないでしょう。弱い宰相を据えて、なんとしますか。王国貴族でも最高位の職務を果たす首を、また叛徒共にのうのうと差し出しますか?」



 挑発的なまでに並べられる、嫌になるほど正しい文句。

 この男に非難の目がこれ以上にないほど集められるが、意にも介せず発言を続けた。


 それを否定することは、誰も叶わない。

 宰相という重職なくして、この難事に立ち向かう事が出来ないと、本心では皆理解しているのだ。




「もし宰相が二度も暗殺で命を落とせば、王国の威信が揺らぎ、いや吹き飛びかねない。全ての条件を網羅する、そんな強い宰相を選ばねばならないと、我々の想いは同一であると確信します」







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― 新着の感想 ―
[良い点] シファー宰相の死とアル様の暗殺未遂で貴族たちが青ざめている様子がわかりました。 アルコル家が勢い付いて、王家も手が出せないみたいですね。 そんななかでも不敵な笑みのヴォーヴェライト公爵は宰…
[良い点]  強い宰相……一体誰が!?
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