第178話 「義母の見舞い」
「御義母上! これはお忙しいところ、見舞いに来て頂きありがとうございま……すっっっ!!!」
「当然のことよ。愛する息子のためなのだから……あぁ。まだ起き上がらないでくださいね。気持ちは嬉しいけど、あなたの体が一番なのよ」
「申し訳ございません。お言葉に甘えてそのように」
ボディラインを強調させる煽情的なタイトドレスに包まれた、豊満な肢体。
経産婦か疑うほどに、均整の取れたスタイル。
それ以上に華やかな、俺の妹であるカレンデュラに似た目鼻立ち。
俺の義理の母であるギーゼラだ。
サルビアがドアを開けて応対し、彼女は入室してきた。
魅惑的な笑みを浮かべ、実の娘など目にも入らないかのように俺の方へとやって来る。
ステラが主人の前であるのにベッドに中にいるから、蹴りだして応対する。
このメイド見習いは床に手をついて、抗議の視線を送る。
おい。これはお前を想ってのことでも、あるんだからなガチで?
「…………ふぎゃ!?」
「おおおおお御義母上!?!?!? せっかくお会いできたのですから、お話をお聞きしたいですハハハハハ!!!!!」
「…………………そうですね。愛しい息子との触れ合いは、一番大切なこと……」
いそいそと乱れた衣服を直すステラだが、慌てたからか間抜けな悲鳴と共にずっこける。
…………マジで……こいつさぁ……
いや俺のせいでもあるけど、ドジにも程がありすぎんだろうが……
てか何よりも、変に目立つような喚き声をあげるな。
御義母上は冷ややかな目で、それを見やる。
だがすぐに目元を柔らかくして、猫撫で声で俺の傍元に寄る。
……癇癪に触れなくてよかったぁ~~~~!?
余り深く接したことないから、この人の勘気に触れる尺度がわかんねーんだよ!!!
「奥様……私とこのステラが使用人を代表して坊ちゃまを看病するように、旦那様より申し付けられております。万が一の危険があります故、突然の来訪はお控え頂ければ……」
「私の息子の看病です。これ以上優先することがありますか。アルフェッカ様へは、すでに私から申し伝えています。今すぐに下がりなさい」
「…………かしこまりました。失礼いたします」
そんなこんなで俺は、ギーゼラ御義母上に看病される。
不承不承といった様子だが、控えて雑事をこなしていたサルビアたちが退出する。
夜も寝ずに看病してくれていた、サルビアを送り返すには忍びない。
俺の身の回りの雑務をほぼすべて、独力でこなしてくれている。
だが家長の妻であるギーゼラ御義母上に、こう言われてはどうしようもない。
夜を徹して俺の面相を診ていたサルビアは、疲れの色が出ているが整然と礼をする。
そして素早く仕事道具やステラをひっつかんで、流麗なる振る舞いで退室した。
心苦しいが、それを黙って見送る。
「…………………」
うわぁ……カレンデュラが無の表情で御義母上のことを見てる……
こえぇ……そんな感情をしているのやら……
つーかこいつらも、一体どういった関係なんだよ……
なんか最近、親子でも距離感ない……? 気のせいかな……
ドアが閉まるや否や、もの悲しそうな表情に切り替わり俺へと縋りついてきた。
女の豹変おっかねぇ……
壊れモノを扱うかのような手で俺の髪を梳き、本当に愛おしそうに傍元にて寄り添う。
カレンデュラと同じ色の、明るい茶髪が顔に触れてくすぐったい。
甘ったるい香水の香りが、鼻へと刺激をもたらす。
「可哀そうに。私の子……愛しい息子……このような事になって母は、とても悲しく思います」
「御義母上。お手数おかけしまして、申し訳ございません」
「いいえ。可愛い息子のためなら、何でもして差し上げますのよ」
「お気持ちだけで、誠にありがたく」
俺の額を、そのひんやりした細長い指で撫でる。
いやでも警戒心バリバリのバリだから。
何を言われるか、分かったもんじゃないし。
君子危うきに近寄らずだ。
昔の人はいいこと言うよ。
昔の偉い人の言うこと聞いとけば、それなりの人生を歩めるはずだよ。
「体に痛むところはないの?」
「いいえ。体が怠いだけです」
「強がらなくてもいいのよ。強い子ね。そしてかわいそうな子。痛かったでしょうに」
片手で目頭を押さえるギーゼラ。
実に悲しげに、ほろりと落涙する。
泣きの演技かと思うが、女の涙を前にしてはそのようなことを口に出すわけにもいかない。
聞くだけ野暮にも程があるって、流石にわかるぞ。
やけに迫真過ぎて、当惑を隠せないが……
そんなことを思うが、表に出すわけにもいかない。
強がりも男の義務だと、雄々しく返答した。
「戦場に比べれば、このようなことは大したことではありません。いい男に箔がついたってもんです」
「あら。やっぱり男の子ね。かっこいいわ…………やっぱり男の子の体ね。こんなに可愛らしいのに。私はあなたみたいな素敵な子が、とても好みなのよ……?」
「んっ!? 御義母上! くすぐったいです」
ギーゼラ御義母上は俺の胸板に、妖艶に手を這わせた。
妙に手つきが艶めかしく、擽るように撫で上げてくる。
口紅で彩られた、艶やかな厚めの唇。
劣情を煽るような、淫らな仕草。
わざと俺の欲望をつつきまわそうとしているかのような、意図的なものにも感じてしまう。
……先ほどまで泣いてたのに、違和感が生じざるを得ない。
「あなたが回復して家族一同、家人に至るまで大変な喜びようでございます。もちろん私もとても嬉しいわ。愛しい坊や。私のことは本当の母と思って、辛いときは甘えてくれていいのですよ」
「ンヒョホォッッッ!?!?!? ヌヒヒヒヒヒ♪」
俺の頭に頬ずりする御義母上。
その豊かな胸部は、俺の口元にダイレクトアタックする。
途端に雑念は、どこか遥か彼方へと消えていった。
ポヨンポヨン♪ムニムニ♪とした感触を俺は顔面全体で確かめ、思わぬ好機を愉しむことしか考えさせなくする。
ワタシハ、オスデース。
コンナコトサレルト、サカラエナーイ。
「あら……気になるの? この胸はアルタイルさんだけのものですよ。母の胸は子どものためにあるのですから。好きにしていいのよ」
「ほ、ほわぁー―――――ッッッッッ!?!?!?」
「あんな小娘の貧相な胸よりも、大人の女の熟した体の方がいいでしょう? …………ふふ……夢中で聞こえないみたいね」
「じゅるるるるるるるー―――――っっっっっ!!!!!」
「誰があなたを狙っていても、私だけはあなたの味方ですからね……私だけがあなたを守ってあげられるのですよ……」
その谷間の間に埋もれて、天井の心地にある俺。
それを固く抱き留めながら、淫靡な笑みを浮かべていたギーゼラ。
喘ぎ声交じりの吐息を、大きく奏でる。
その肉感に満ちたリップは、艶やかに歪んで。
男の意識を吸い尽くすための、蠱惑的なものへと変化して。
ゆっくりと舌舐めずりをしていた。
旨そうな獲物を前にした、猛獣のように。
息子に向ける視線としては、ありえないようなものを。




