第174話 「聖なる者の来訪」
「お二人とも。本日はお忙しい中、見舞って頂きまして、誠にありがとうございました」
俺が目を覚まして、その体調が安定の兆しを見せてから。
ダーヴィトたちが到着してから少し時が経ち、ようやくアルコル領へ帰投する目途が立ってからのことだ。
容態を確認するためか、教会から特使が来た。
アルコル家は薬を贈られたという恩義から、それを受け入れ俺との面会を許した。
その経緯から教会から来た、二人の人物に見舞われることとなった。
目の前にいる彼。
セギヌス殿がその政治力を生かして、教会に貴重な回復薬の使用を掛け合ってくれたらしい。
つまり俺の命の恩人ということになる。
「アルタイル殿。元気なお姿を見ることができて、安心いたしました」
「その節はお世話になりました。教会より薬を融通して頂いた、おかげ様と聞いております。貴重な品を都合するために、手段を尽くして動いて下さったセギヌス殿には、厚く御礼を申し上げます」
「いえ。当然のことを行ったまでです。あなたがご無事で、本当によかった」
俺の前にいるのは、車椅子に乗った聖職者。
問題なく受け答えが出来ている状態を確認したからか、安堵を得たようである。
しばし雑談に興じ、ゆったりとした時間が流れた。
そして本題へと入る。
これからの政治的動きについてだ。
「教会はアルコル家に、全面的に協力いたします。犯人をすべて探り出し、それらに極めて重い処罰をすること。それに連携して当たる宣言を、謹んで申し上げます」
表情を改めて言葉を選びながら、聖職者たちの総意を代表して彼は申し出た。
神々を信仰し人類を取りまとめる聖なる組織は、叛徒たちの勢力にお怒りのようである。
隣にいる父上は、思考に没頭している。
今の言葉を受けて、何か考えることが生じたのだろう。
「人類の英雄を、人類が殺すなどあってはならない。絶対に……!」
抑えきれない怒気を露わにする、この長髪の美しい青年。
普段感情を露わにしないこの人が、それを表面に出すほどに心を乱されているのだ。
セギヌス殿のお付きである、シスターのベラさんも怒りを隠せない様子だ。
かわいらしい顔立ちに似合わない皴を乗せて、膝に置いた手を握り締めている。
「教皇猊下より、親書を預かっております。アルコル侯爵。どうぞご一読ください」
「ありがとうございます。失礼ですが、早速に拝見させて頂きます」
あの胡散臭い教皇から、手紙があるという知らせ。
その内容は、教会は全面的に情報提供などの協力をするという旨のものであった。
今は教会内でのスパイがいないか、炙り出すために動けないとのことだ。
よってキララウス山脈侵攻が遅れること。
俺たちにすぐ協力できないという事への、謝罪の旨が記載されていた。
件の凶報により、教皇ですら椅子から動揺して転げ落ちる程に、驚愕したらしい。
普段は荒げない声は、絶叫として口から漏れ出たとのことだ。
ホントかよ……
俺はまだ起き上がるのがキツイので、それを父上から口頭にて伝えられた。
目の前の客人たちに、体勢の非礼を謝罪する。
「寝たきりだったからか、まだ満足に体が動かないのです。満足に応対できず、申し訳ございません。話すのは全く問題ないのですが……」
「いえ。病み上がりなのですから、どうかご安静になさってくださいませ。アルタイル殿のご心中は察することはできませんが、私も足が動かないのでお気になさらず」
悲痛な表情と共に、かしこまった応対を固辞する緑髪の司教。
隣のベラさんもペコペコと頭を下げて、恐縮しきっていた。
話題に出たことが気になり、俺は視線を彼の足元に寄せた。
それに気を取られて、ひとりでに口が動き出す。
「……………その足は」
「あぁ……申し訳ございません。気を揉ませてしまいましたね。我が身の不幸を、強調する意図はなかったのです。今もなお苦痛に喘ぐ、アルタイル殿に謝罪を」
「いえ。とても大変でしょう。そのお体でそこまでの地位に上り詰めた努力、敬服いたします」
「それは褒めすぎというものですよ。それでも、ありがとうございます」
これ言わない方がよかったかも?
セギヌス殿は照れて微笑んでいるようだが、空気を読むために顔色を取り繕っているのかもしれない。
今更感あるが、マジ後悔。
あまり過去に詮索するような発言や、障害に言及することは避けた方がよかったのかも。
沈黙が降りる。
俺としては、めっちゃ気まずい。
コミュ障は一生治らないものなのかなぁ?
父上もハラハラしている。
その口をもごもごさせているが、何も言葉が出ないようだ。
口が達者なら、この場をイイ感じに凌げるはずよね?
助けて父上。
かわいい息子の危機だよ。
こんな時こそ、カッコいい親の姿を見たいよ。
そんなことを思っていると、セギヌス殿自身から、沈黙が破られた。
その発言は意図しないものであり、俺を違う意味で絶句させた。
「この足は、先の獣人の大反乱の時にあったものです。私はその犠牲者の一人でした」
「…………セギヌス殿。あなたは……」
きっと獣人を、恨んでいるのではありませんか。
その言葉は続かなかった。
言うべき言葉でないと、良心がブレーキをかけたから。




