第173話 「主君の奉迎」
草原に土煙を立てて、進軍する軍団。
先頭に立つのは、アルコル家武官長であるダーヴィト。
アルコル家最精鋭を伴い、主たちを奉迎するための部隊だ。
それは戦闘を見越したもの。
人間との殺し合いのための。
「―――――――――」
「―――――――――!」
物々しい雰囲気。
全身武装の、鍛え抜かれた戦士たち。
王都の守衛と話をつけて、彼らは堂々と王都に入台する。
誰もが戦を前にしたような殺気を秘めて、王都に到来した。
一朝時あると知らせを受け、夜を徹して行軍してきた兵たち。
彼らは一様に押し黙り、整列して歩き進む。
数多の旅塵に身を包んでいたが、疲れなどおくびにも出さない。
主家の御曹司が暗殺未遂。このような凶報に郎党として駆け付けたのだ。
「「「「「…………………」」」」」
だがその憤怒は漏れ出ており、見るも恐ろしい集団と化していた。
王都の住民は何が起きているのかと、騒然とし。
屈強な完全武装の兵士たちの睨みで、恐怖し逃げていく。
ドアや窓は締め切られ、普段は活気がある大通りも閑散としている。
子供の声など一つも聞こえず、使い魔たちも空を飛んでいない。
それでも魔法兵たちは探知魔法を起動させ、あちこち見まわしている。
斥候すら放ち、アルコル侯爵家王都別邸までの道をクリアすることを望む。
王家すら敵かもしれないという環境から脱するための、この方策である。
「――――――ご苦労だなダーヴィト」
「ヤン。曲者は?」
「ない。俺が本気で潰した。」
アルコル家の別邸に近づくと、屋敷の門が開く。
だが誰の影も見当たらない。
兵団は足を止めて、それを見入る。
すると空間が朧に霞み、仮面をつけた白髪の男が現れた。
老練なる武官長はその存在に気づいていたようで、さして驚いた様子もない。
厳粛な態度で、次の声をかけた。
「そうか。当主様の元へと通せ」
「わかった。ついてこい」
「お前たち!!! アリ一匹通すなよ!!! 命に代えてもアルタイル様たちへの、忠義を全うせよ!!!!!」
「はっっっ!!! 命に代えても!!! 我ら一同!!! アルタイル様に救われた時より、この身命をアルコル家へと捧げております!!!!!」
ダーヴィトが吠えると、それに騎士が答礼した。
続く兵士たちも、それに倣っている。
ここにいるのは、アルコル家への忠誠心が一際高い者だけ。
つまりアルタイルに命を救われ、障害を負った体を治療された者たちばかりだ。
その中でもアルコル領出身の者だけを、選抜している。
他の領地の者も多いが、万が一の可能性から排除された。
その彼らもアルコルに忠義は向かなくとも、アルタイルへは恩義を感じている。
英雄への救援には、軍のすべてが志願したほどだ。
怯懦とは無縁の、勇者たちである。
幾度もの戦争を英雄と共に乗り越えた、戦友としての絆もあるからこそ、彼らはここにいる。
アルタイルの命を、最優先に守るために。
武官長は重々しく頷き、奥へと進む。
足取り早く進むものの警戒は深く、屋敷内のあらゆる地点を注視している。
たどり着いた先で、ダーヴィトは片膝をつく。
入室を許可された騎士たちも、それに追随する。
「お迎えに上がりました。アルタイル様の容態は?」
「安定している。何も問題なく行動できるまでに、そろそろ回復するようだ」
「仔細、承知」
言葉少なに返答し、口元を緩めた兵士たち。
安堵の様子を見せたが、その緊張感は依然として高いままである。
アルコル領にいた彼らにはどうしようもなかったが、痛惜に堪えなかったはずだ。
宰相家での饗宴において、曲者に寝首をかかれようとしたという衝撃的事実。
歯痒そうに悲痛に顔を染め、怒りを呈する。
「このような狼藉……断固、許してはおけぬ!」
「人類の裏切り者!!! 魔王に利する、愚昧なる大罪人に断罪を!!!」
「粛清だ!!! 凶賊を誅すべきときは来たのだ!!! アルタイル様の屈辱を晴らし、傷つけられた心身をお慰みするのだ!!!」
我慢できないとばかりに、激昂する騎士たち。
主人の前で無礼な行いであるが、ダーヴィトはそれを制止しない。
彼も腸が煮えくり返っているのであろう。
「静まれ」
その刹那、ぴたりと静止画の様に、騎士たちは言葉を噤む。
アルコル家当主の言葉に、瞬時に身を正して拝聴する。
アルフェッカは無表情で、辺りを見回す。
空虚な眼孔を向け、結果報告であるかのようにその意を伝えた。
「王国は忘れている。我らが何者であるのかを」
自分たちの存在意義を、彼は滔々と説く。
呆れと失望が見え隠れした語調には、憤怒と激情が潜んでいる。
重々しく立ち並んだ軍人たちは、血気盛んな望みを秘めて。
今か今かと、欲する命令を待ち望んでいた。
「魔の勢力を悉く鏖殺し、大陸全ての心肝を寒からしむる力を掲げ、我らは人類を守護してきた。だがそれを拒む者たちは、信じ難いことにも存在したのだ。アルコル家の庇護を離れるばかりか、剰え剣を向けさえする。ならば…………」
世界最強とまで、称されるようになった軍隊。
そして英雄の父もまた、偉大なる軍人として大陸諸国に名を馳せている。
将兵から絶対的信頼を受ける、名将であるこの美形の男。
戦史に燦然と名が刻まれることが確定している、恐ろしい面差しをした金髪碧眼の偉丈夫。
「容赦はしない。加減なく、恩情なく、一切の呵責を捨て。敵を撃滅せよ―――――――――」
発令したのは、アルコル家の敵の殲滅。
主語はないが、それが意味するところはただ一つ。
つまり革命軍だけではない、この事件に加担したすべての勢力の撲滅である。
放置しておけば、後に尾を引く禍根となりえる。
よってそのすべてを王国から存在ごと排除する運びとなったのは、必然であった。
その後は暫しの時を要したがアルタイルたちを無事アルコル領に連れ戻し、安全を確保することができた。
時を置かずして、兵たちはシファー公爵領へと向かう。
動員された兵が行う事は、無論軍事行動である。
当然の帰結として世界屈指の強兵に、組織的訓練を受けていない反乱獣人たちが敵うはずもなく。
尽くが鏖殺されていったのであった。