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第171話 「曖昧模糊たる敵」




 安堵を得た父親は、段々と修羅の如き顔となる。

 冷静になるにつれ、この状況を齎した犯人への怒りが首をもたげたのだろう。

 そんな彼の居る部屋に、ある変化が訪れた。


 隆々とした体躯を持つ、厳めしい表情の老人が杖を突いて部屋に入って来る。

 そして強烈な視線にて、医者たちに報告を促した。




「…………」



 情報を得ると淡々と頷き、息子たちの元に向かう。

 孫であるはずの子どもを一瞥するも、アルファルドは無感動であるかのように無言である。

 そして少しの間をおいて彼の実子へと、その意識を向けた。


 沸々と怒りがこみ上げているアルフェッカより、そこにいる人々の心肝を寒からしむる空気が立ち昇る。

 心の奥底に泥のようにこびりついた感情を、言葉にて発露させた。






「安く踏まれたものだ。アルコル家を土足にかけるような真似をして、命脈を保てると思いあがっていたのか」



 激怒が、彼の涙を奪った。

 煮えたぎる感情が、ついに外界へと放たれた。


 激情にその身を委ねるこの男は、容赦がない。

 非情に心を沈め、殺伐とした語句を並べる。




「殺す。敵は皆殺しだ。敵にかける慈悲などなく、命を懸けた闘争においては、殺意のみがすべてを解決する。そんなことも失念していた」



 恨み骨髄とばかりに、憎悪を滾らせて殺害予告をする。

 彼は思い出したのだ。

 アルコル家に敵対した存在への対応に関する、彼らのやり方を。






「下手人は必ず報いを受けさせる。凄惨なる死をもって」



 アルファルドは唸るように、淡々と血も涙もない言葉を述べた。

 この男なら顔色一つ変えず、それを遂げるという凄味と貫禄がある。

 それを見た医者や聖職者たちは顔を青ざめさせ硬直しながら、嵐が過ぎ去るのを待った。


 続いて入室してきたアルビレオは彼らを見て足を止め、無言でメガネの位置を整える。

 そして医師たちを退出させ、アルコル家最上層部だけがこの場に残った。

 禍々しいオーラを放つ両者へと、この青年は物怖じせずに報告をした。




「―――――――――報告を。毒を盛った容疑者を拷問して吐かせた情報ですが、複数の貴族が関わっている模様。それらについて、すでにヤンへ調査させています。中間報告ですが、精度が高い情報で、真実である可能性が濃厚だとのこと」

 


 アルタイル暗殺の糸を引いていた者たちが、ついに正体を暴かれた。

 獣人たちを焚き付けていた犯人。

 アルコル家の足を引っ張ろうと目論む、下劣な貴族たち。


 それに対して、アルフェッカは冷静に詳細を尋ねた。

 思考と感情を切り離せる、戦争で研ぎ澄まされた思考形態をもって。




「引き続き調査を続けよ。加えてシファーはなんと申し開きを?」


「間者の仕業であると、責任逃れに終始しております。しかし捜査にはアルコルの兵を、シファー領へと無条件で立ち入らせる、との確約も取り付けました。すでに捜査に移っており、新種の皮を被った曲者を多数発見。それらは殺害、または拘束されました」


 続けざまに、調査内容を伝える。

 語気は平淡だが、アルビレオの碧眼は鷹の目のように鋭い。


 可愛がっている甥が、殺されそうになった。

 彼にとっても、腹に据えかねるものがあるのだろう。

 他にも複雑な想いを、抱えていたのではあろうが。




 アルフェッカの弟は日頃の激務にも増して、精力的に真相の究明にあたっていた。

 この事件について彼自身も、何か思う事があったのかもしれない。






「シファー家の家人はもはや家中の者を誰も信用できず、料理はアルコルの提供したものを口にするとまで願い出ております。アルコル家嫡男暗殺未遂という汚名から逃れるべく、あらゆる利権を差し出してもいます」


「…………」


 その報告には興味なさげに、アルフェッカは無言である。

 しばらく黙考した彼は、彼の癖である顎に手を添える仕草のままに、思考に没頭した。


 そこに彼らの父が口を開き、此度の問題点を提起する。

 同じことを二度繰り返さないように、対策案を講じて命令した。




「毒殺は貴族として、最大限に警戒すべきこと。魔道具にて毒を感知することも絶対ではないが……それに対する過信が仇となったな。公爵家において毒を盛られるなど、想定していなかった。盲点であったが、二度目は許されぬ。アルコル家の使用人一人一人に至るまで、その背後関係を洗い出せ。魔物との戦争中で背中から刺されるなど、ありえてはならぬ。ヤン。これは厳命である」


「了解」


 アルコル家の密偵を統括する、ヤンという仮面の男。

 空間が歪曲し、無造作に片手をあげて現れる。

 この白髪を無造作に伸ばした男は、畏まって老人の命令を了承した。


 戦争においても態度が適当な彼ですら、この事件には真剣に当たっているのだ。

 それこそがこの異常事態の深刻さを、如実に表していると言えるだろう。




 貴族の家。それも侯爵家以上の大貴族は、間違いなく毒感知の魔道具を持っている。

 当然それをすり抜けたのは、透明な新種の魔物の皮のせい。


 魔道具の管理は家中においても最上級に信頼がおける側近が、その任を与えられるもの。

 許されることではないが、その者が裏切るか、その目を掻い潜る形で。

 新種の皮を用いて、アルタイルを毒殺しようとしたということになる。






「シファーから差し出させられるだけの利権を、すべて剝ぎ取れ。そして連中を、事態の究明の矢面に立たせる。有無は言わせない」



 思い出したようにアルコル家家長は、シファー家の処遇を確定事項として決定した。

 さも当然というように、財産の徴収という意を口にする。

 それはシファー公爵家における、自立の死を意味する言葉。


 領地経営とは、多大なる支出を要するもの。

 そして差し出された利権とは、領主直営地における租税徴収権も含まれていた。

 王国最強を自他ともに認めるアルコル家に助けられておきながら、顔に泥を塗るどころか殺しにかかってきた。


 前代未聞の不祥事に許しを請うには、自らの首を差し出すところから始まるしかない。

 租税収入の大部分を占める地代収入権すらなくなったシファー家は、借金の担保すら覚束なくなる。

 結論として、アルコルへと金の無心をするしかなくなった。




 当主や重鎮たちのほとんどを失い半壊状態のシファー公爵家は、アルコルの軍門に下ることを選択するしかなかった。

 領地経営において進退窮まった弱小貴族が、商人たちに財政基盤を売り渡すことと同様の行いをもって。


 そうしてアルコルは実質的に2つ。

 いやアルコル男爵領を合わせて3つの大領地を、合法的に手に入れることとなった。






「毒感知の魔道具の管理者までもが、この事件に関わっているかは定かではない。しかし刺客を拷問したところ、貴族と反乱軍は繋がっていると見える。バジリスクの毒など、どこから入手したのかも気になる。敵対貴族に反乱軍をぶつけるという、策謀。それ自体はわかるが、腑に落ちない点が多すぎる」



 真相を解明する途中である中で、この事件の裏潜む何者かの存在を示唆した。

 犯人とされる貴族たちは、掴むことができた。


 しかしその裏に更に、何者かの陰謀が隠されているのではないか。

 それを疑っているのであろう。

 そうでないと都合のいいことが、あまりにも多すぎるのだ。




「下手人はシファー家を裏切った、郎党の一人。その動機はうだつの上がらない自分が成り上がるために、金を積まれて行ったとのこと。獣人組織より『透明の新種の魔物』の皮などの、物資援助を受けて」



 淡々と事件の概要を述べるも、その表情は険しさを増す。

 原因としては、筋は通っている。

 しかしそれだけで、ここまでうまく事が運ぶであろうか。


 それについて考えているアルフェッカは、苛ただし気に思考を打ち切り吐き捨てた。

 議論をもって思考を整理しようとしているのだろうか、その場にいる男たちに疑問を呈した。






「くだらない。心底くだらない。だが理解はできる。屑の考えそうなことだ。その報いを受けるのも当然だ…………だがこの国の上層部が、よりにもよって革命軍と繋がっているとは。度し難い連中にも限度がある。戦争に少し余裕ができたからと、浮かれているのか?」



「王国の怠慢、そして疑義も懸案事項であるが……教会も信用できん。報告を受けた王国魔道院長の言葉が真実ならば、何を企んでいてもおかしくはない。元より人類の勝利より、己の栄達を優先するような連中よ。この事態に至るまで有効な手立てをうたなかった、王家ですら信用できんのだ。だからこそ黒幕の特定が難しい」



「『透明の新種の魔物』の皮を漏らした王家は言うに及ばず。教会も怪しい動きばかりをしている。自作自演でアルコル家に恩を売るため、こんな行動をしていてもおかしくはない。そこまであの教皇が愚かなはずはないが、何か企みがあって、それをしたのかも……彼らが繋がって、我らを潰しにかかっている……? だが迂遠に過ぎる行動だ」



「そして王都に根を張っていた、獣人組織。それがここまで肥大化するまで、なぜ気づかなかった? 普段から迫害染みた扱いを、平和ボケした愚か者たちがしていたのにもかかわらず……ここまでの統率力がある組織の運営、宰相暗殺を可能とするまでの武力などの準備……短期間でできるはずがない。長きに渡って、綿密に仕組まれた計画だろう」



 この事件に至るまで、原因の筋は通っている。

 しかし何か見落としが、あるのではないか。


 状況証拠から考えて、あまりにも革命軍に都合がよすぎることが多い。

 あるいは策謀を巡らす、あらゆる勢力も疑わないことなどできない。




 何者かが王国の陰に潜み、陰謀を弄している。

 そう思い至るのも当然である。


 それを座視すれば、アルタイルのように意図しないところから凶刃が襲い来るという危険性。

 それをここにいる4人は理解している。




 だが考え込んでも、推論すら出ない。

 それほどまでに巧妙かつ、突然の出来事であったのだ。


 圧倒的に情報戦にて、後塵を拝している。

 推測のための判断データが、とにかく足りなさ過ぎた。




 しかし現時点で、既に決していることは存在する。

 アルファルドは結論付けた。

 彼らが次に為す行動を。


 杖の音が鈍く重く、部屋に響き渡る。

 冷徹な視線が8つ。

 闘争を厭わない言葉が、声低く発される。






「アルコル家の威は、流血によって齎される。諸侯には思い出させねばなるまい。我らが何故、貴族なのかを―――――――」







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[良い点] あの冷徹なお爺様がアルタイルのために怒りを爆発! シファー家が一瞬で全てを失いアルコル家に下る展開には驚きました。 というかお爺様、あれでも丸くなってたんですね(゜o゜;; 本気で怒ったら…
[良い点]  パパ激怒………  王国なくならないですかね? それほどの怒りを感じます………
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